ギルドでの昼食
魔力を使いすぎ、体内から枯渇すると激しい倦怠感と疲労感に襲われる。
それはこの世界における常識の一つだ。
魔導銃で試し斬り人形を撃ち抜くのが楽しくなってきたシエラの額に、汗が滲んできているのを発見したリチャードはシエラの構える魔導銃から手を離して射撃を止めるように促した。
「親父?」
「魔力を随分使ったみたいだ。お腹が空いてきたんじゃないか?」
リチャードの言葉にシエラは銃を渡し、お腹を押さえる。
激しい運動をしたわけでもないのに、確かにシエラには空腹感があった。
「ん。ご飯食べたい」
「よし、なら中に戻ろう」
魔導銃をシエラから受け取ったリチャードがシエラと手を繋ぎ、ギルドに戻るために振り返ると、そこには手にタオルを握ったギルドマスターがいつの間にやら立っており、二人にゆっくり近付いてきた。
「良いものを見せて貰ったわ。流石、育成上手が選んだだけはある、という事かしら」
「アイリス、この子と出会ったのは偶然だ。私が選んだのでは無いよ」
「……そう。まあ良いわ、これ使いなさい。汗をかいたままだと風邪ひくわよ?」
タオルを渡そうとギルドマスター、アイリスはリチャードに近付こうとした、その瞬間シエラが2人の間に入ってアイリスを睨んだ。
またリチャードに喰ってかかると思ったのだろう。
「ふう、嫌われちゃったかしらね。ごめんなさいね、貴女のお父さんを虐めていたわけではないのよ?」
優しい笑顔だった。
アイリスはタオル片手にしゃがみ込むと、手を伸ばし、シエラの頬に伝う汗を拭う。
その行動にシエラは一瞬ビクッと体を震わせるも、害が無いと判断したのか、それともこういう時どう対応するか分からないのか、シエラは硬直してアイリスにされるがままに汗を拭いてもらっていた。
後ろに立つリチャードは大人しく汗を拭かせているシエラの頭にポンと手を置く。
リチャードに「それで良いんだよ」と言われた気がして、シエラの頬が緩んだ。
その様子を見ていたアイリスが「ねえリチャード」と呟き屈んだままリチャードを見上げる。
「なんだ、どうかしたか」
「この可愛らしいの私にくれない?」
「ぬかせ、シエラは私の大事な娘だ。大層立派なギルドマスターだからといって引き渡す訳無かろう馬鹿め。なあシエラ、嫌だよな?」
「そんな事無いわよねえシエラちゃん?」
自信を持って言ったリチャードだったが、内心はややどぎまぎしていた。
シエラは女の子だ、もしかしたら男の私と、父親と暮らすより綺麗な母親と暮らしたいと思うかもしれない。
もしシエラに「俺、アイリスの子供になる」なんて言われたなら――。
と、そんな事を考えていると。
「俺は親父の子供が良い、他の誰かの子供なんて絶対やだ!」
と、シエラはリチャードの後ろに回り込んでリチャードのズボンの裾を掴んで言った。
まさに杞憂であったのだ。
「あら、フラれちゃった。残念。まあ冗談だったんだけどねえ。
二人ともお昼食べに行くんでしょ、奢るわ」
「おや、それは気前が良いな。ほらシエラ、このおばあ、お姉さんがご馳走してくれるそうだ、お言葉に甘えようじゃないか」
「アンタ今お婆さんって言おうとした? 見た目まだ二十歳くらいの私に?」
「実年齢は200を越えてると聞いたが?」
「まあ事実ではある。事実ではあるけどもねえ」
シエラと再び手を繋ぎ、屋内へと向かうリチャードに続いてアイリスも歩き出す。
その日の昼食は、ギルド内の食事処の食事をアイリスの奢りで頂く事になり、シエラはデザートで頼んだ初めて食べる冷たいパフェに目を輝かせることになった。
「冷たくて甘くて美味しい」
「そうだろうそうだろう、ギルドの食事は街のレストランにも負けないクオリティだからな。
無理せず、お腹いっぱいになったら言うんだぞシエラ。
私が食べてあげるからな」
「ん。大丈夫。食べれる」
「そうか、なら私もパフェ食べたいからもう一つ頼もう」
「アンタ、ほんとに甘党よねえ」
奢ると言った手前、リチャードとシエラの座るテーブルに同席するアイリスは、リチャードが給仕に特製パフェを頼むのを見ながら呟き、ため息を吐きながら、それでも微笑ましい親子の様子にテーブルに頬杖を付きながら微笑んでいた。