帰郷
リチャードが目を覚ましたのは橋を抜けた先にあるエドラ側の宿場町の診療所の一室だった。
気を失ったリチャードをシエラが通行人に頼んでロジナに乗せて診療所まで運んだのだ。
「あ、目覚めましたね。ここは診療所です。意識はしっかりしてますか?」
「気を失っていたのか。大丈夫です、意識はしっかりしてます」
「それは良かった。近接職の冒険者さんと見受けますが回復魔法を取得しているのですか? 応急処置は出来ていましたが、随分と無茶をしたようですね魔物と取っ組み合いでもしたのですか?」
「ええ。まあ」
リチャードが寝ていたベッドの横、リチャードに回復魔法を掛けていた医療士の質問に答えていると病室の扉が開いた。
話し声を聞きつけたシエラとロジナが入って来た訳だ。
「パパ大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だよ」
「そうですね、この感じだと入院の必要は無さそうです。まあでも、もう日も暮れますから、今日は泊まっていって下さい。幸い今ウチは暇なんで」
「ありがとうございます」
という訳でリチャード達は一晩診療所で過ごすと、明朝エドラへと向かってブレスバレーの宿場町を後にした。
ここまで来れば住み慣れたエドラまでは後少しの距離だ。
リチャードはこれまでの旅を思い出しながら街道をシエラと手を繋いで歩いて行く。
「パパ、橋では役に立てなくてごめんなさい」
「何を謝る事がある、シエラが生きてるんだ。それで十分さ」
「でも、買ってもらった剣も銃も無くしちゃった」
「はっはっは。武器や防具はいずれ破損し、戦闘の最中ともなれば無くしたりもする。なに、また買えば良いだけさ。それにシエラには聖剣もあるじゃないか」
歩みを進めながらリチャードはシエラが背中に担いでいる聖剣の柄に触れようとする。
しかし、聖剣はリチャードを拒みバチっと音を立てて軽い雷撃を放つ。
鞘が無いので布をぐるぐるに巻いて鞘代わりにしている聖剣はやはりシエラにしか扱えないようだった。
「あいたた。まるで寒冷期時の静電気だな」
「後ろでバチって音するのビックリする」
「おっとそれは済まなかった。さて、エドラまであと少しだ。久しぶりにアイリスに会えるな」
「ん。ママに会えるの楽しみ」
リチャードの言葉にシエラは満面の笑みを浮かべた。
二人の足取りは軽い。
暖かい風が吹いて二人の帰郷を歓迎しているようだ。
ただやはり、リチャードは先日のエドガーとの再会と戦いに納得はいっていないようだった。
それでも剣を通じて話せた事は嬉しかったのか、はたまた悲しかったのか。なんとも言えない感情がリチャードを包む。
「ねえパパ帰ったら何がしたい?」
「そうだなぁ。やる事は色々あるが、私は、まあしばらくはシエラやアイリス、ロジナとゆっくりしたいな」
「私はどうしようかな、一杯修行して一杯勉強しないと」
「ああそうだな。でもなシエラ。ん? 私?」
シエラに何か助言でもするべきかと口を開いたリチャードだったが、シエラが自分の事を俺では無く私と言ったのを聞いて、リチャードは娘が少しずつだが確実に成長している事を実感していた。
いつの間にか背も髪も伸びて、まだ全然子供だが、それでも出会った頃に比べると成長したんだなとしみじみ思ったのだ。
「パパのが移ったのかな。変?」
「いや、変なものか。ああ全く変じゃ無いとも」
「ん。なら良かった」
笑顔を向けるシエラに、リチャードも笑顔を向ける。
一度は冒険者を引退してセカンドライフをどう過ごすかと考えたリチャードだったが、今は育児に捧げるのも良いかも知れないと感じている。
それに、遅かれ早かれシエラには弟か妹が産まれるのだ。
まだまだ子育ての勉強もしなければならない。
「自分に出来る事をしながら頑張って見るよ、母さん、父さん、もう一人の親父」
今は亡き母、父、そして世話になった師匠、エドガーの事を思い出しながらリチャードは呟き、足を止めて後ろを振り返った。そして直ぐにまたリチャード達は歩き出した。
そしてその日。リチャード達は最後の野宿をすると、夜明けと共に再び街道を歩き出す。
途中、エドラへと向かう行商のキャラバンの馬車に相乗りさせてもらい。
リチャード達は遂にエドラの街へと帰還する事になった。
見慣れた外壁、見慣れた外門、見慣れた石畳の道、見慣れた石造りの家屋。
見慣れた筈、しかし懐かしくすら感じるその光景にリチャードはホッと一安心と胸を撫で下ろし、シエラに至っては泣き始めてしまった。
「帰って来たな」
「うん。帰ってこれた」
キャラバン隊に礼をして、別れたリチャードはシエラを抱っこして久しぶりのエドラの街をゆっくり歩いてギルドへと向かって行く。
待たせてしまった恋人に帰還を伝えるために。
「ママ怒るかなぁ?」
「ううむ。怒られるかもなあ」
まあそれでも良いさとリチャード達は住み慣れた街のギルドに足を踏み入れる。
途端にざわつくギルドの様子に、引退宣言をした直後にギルドを訪れた時の事を思い出してリチャードは苦笑した。
「リチャードさん! 今まで何処行ってたんですか⁉︎」
「リチャードさんが行方不明になった日、マスターが探しに行くって暴れたのを皆で止めるの大変だったんですよ⁉︎」
「ああ、すまかった心配掛けたね。しかしそうか、アイリス暴れたのか」
見知った冒険者達に囲まれるリチャード達、進めなくなる程に囲まれた身動きが取れなくなったが、騒ぎを聞きつけて階段から一人、エルフの女性が降りて来た。言うまでもなく、アイリスだった。
「あ、ああ」
リチャードと抱えられたシエラを見て、アイリスが口元に手を当て、目に涙を溜める。そして駆け出すとリチャード達を取り囲む人集りに突撃しては、まさに千切っては投げ千切っては投げで冒険者達を蹴散らしてリチャード達の前に立った。
「や、やあアイリス。元気そうで良かった」
「元気そうで良かった? こっちがどれだけ心配したと思ってるのよバカァ!」
泣きながらアイリスはリチャードに抱き付いた。
だが、その威力たるや猪すら可愛く見える程のタックルで、リチャード達は床に押し倒されてしまう。
「心配した。本当に心配したんだから」
「ああすまなかったアイリス。ただいま」
「ただいまママ。心配掛けてごめんなさい」
「ううん。良いの無事に帰って来たから許す、許すわ。二人とも、お帰りなさい」
こうしてリチャードとシエラの旅は終わった。
この後、シエラは魔王軍との戦いに身を投じていく事になるが、それはまた別の物語りだ。
「育成上手な冒険者、幼女を拾い、セカンドライフを育児に捧げる」をここまで読んで頂きありがとうございました。
今作は一応これにて完結です。
後日談は書きますが、自己満足の蛇足なので、悪しからず(;´Д`A
いやぁ、初めての完結作がこれになるとは思っていませんでした。色々あって軌道変更したり、心が折れたりしましたが、特に最後辺りは端折りすぎた感がありますが一応完結出来て良かったです。
続編であるシエラが主人公の話は要望があれば書くと思います。
もっと書きたい話はあったんですけどねえ。あんまりダラダラするのも良く無いのかなと思って完結の運びとなりました。
あとがき自体書くのが初めてなんで何を書いたら良いのやら(;´Д`A
とにかくリチャードとシエラの話は一旦これにて終わりです!ここまでご愛顧頂いた皆様には感謝しかありません!
本当にありがとうございました!
追記。
後日談であり続編「Sランク冒険者に育てられた少女は勇者を目指す」https://ncode.syosetu.com/n9952hz/公開中です。