リチャードとエドガー
魔法で身体能力を底上げし、感覚を鋭敏にしてリチャードはかつて師と仰いだ男に剣を振った。
エドガーはその剣を受け、捌き、反撃するが、かつての弟子は予想以上に成長をしていた。
お互い鏡か自分の影でも相手にしているかのように攻防を繰り返す。
リチャードは剣にも魔力を纏わせ、エドガーに迫るが体の一部を削ったところで致命傷にはならない。
エドガーにしてもリチャードが着ているエルフ族の鎧衣の頑丈さにかすり傷は与える事は出来たが、深傷を与えるには至らなかった。
戦いは泥沼の様相だ。
重ねた剣から火花が散り、リチャードとエドガーは同時に頭突きを繰り出す。
ぶつけた頭からリチャードは血を流し、エドガーの額からは黒いモヤが吹き出した。
「やるようになったな鼻垂れリック。グリムリーパーは意識の薄い奴でもSクラスの魔物。ことここに至ってはそのグリムリーパーの意識は俺のもんだ。嫌味でもなんでもねえ……本当に強くなったな、リチャード」
「黙れ、黙れ黙れ!」
リチャードにとって、エドガーの言葉はどんな打撃より、どんな斬撃よりも心を抉った。
生きている間は一度も自分を褒めなかった男が、死んでから、それも娘の命を狙う敵となった今、自分を褒めている。
その目の前の優しげな笑顔に、リチャードの涙腺を緩めた。
「強くはなったが、まだまだ青いなあ馬鹿弟子がぁ!」
リチャードの力が一瞬緩んだ隙を突き、エドガーはリチャードの剣を弾き、脇腹を蹴り飛ばす。
吹き飛ぶリチャードの耳に嫌な音が聞こえてきた。その一撃で肋骨を折ったのだ。
地面に転がり、激痛に身を縮める。
口に広がる血の味と、呼吸のしにくさ、肺に感じる激痛から折れた骨が肺に刺さっているとも判断出来た。
最悪の一撃を最悪なタイミングで喰らってしまったリチャードは吐血し、膝を地面についてしまう。
「パパ⁉︎」
そんな父を見て、シエラが心配しない訳もない。
シエラも剣と魔導銃を構えてリチャードの援護に向かおうとするが、それをエドガーが立ち塞がって阻んだ。
「に、逃げろシエラ」
声を出す事すら激痛を伴う状況で、それでもリチャードは立ち上がり、回復魔法を使いなんとか一命を取り留めるが、それは言ってみれば応急処置だ。重傷には変わり無い。
「しばらくは動けねえだろ、根性見せろよ。じゃないと勇者のお嬢ちゃんはここで死ぬぞ?」
言いながらエドガーは、シエラが構え振りかぶった剣を弾き飛ばし、銃口を向けた魔導銃も力任せに弾き飛ばして橋の欄干から谷底へとシエラの剣と魔導銃を落とした。
「いやはや、餓鬼にしては良い動きだ。リチャードが子供だった時よりも俄然キレが良いが、まあそれだけだな。すまんな嬢ちゃん親子共々俺の配下にしてもらうからよぉ。ここで1回死んでくれ」
初めて感じる遥か格上からの殺気に、シエラが一歩後退る。
これまでも魔物や盗賊、実の親からすら殺気を向けられて一歩も退かなかったシエラが恐怖から体を震わせる。
しかし、それでもシエラはエドガーを睨んだ。
「お、なんだあ? まだやるってか、ちびっ子がよぉ」
意地の悪そうな笑みを浮かべるエドガーをシエラが睨み、ロジナがそんな二人の間に割り込んでは「グルルル」と牙を剥いてエドガーを威嚇する。
「お? なんだぁ、犬っころお前さんもやるか?」
「アンタなんか、パパがやっつけるよ」
「んー? はっはっは! そいつは無理だ、手応えはあった。あいつの回復魔法なんざあ、本職の魔法使いに比べりゃあ大した事ねえ、直ぐには動けんさ」
「そう、なら自分の体で確かめたら良いよ」
「あ?」
シエラの言葉に振り返ろうとしたエドガーの脇に、リチャードの剣が刺さった。
重傷には違いないリチャードだったが、そんな事はお構いなしに、刃を向けられた娘を助けたい一心で、リチャードは跳ぶように駆けてエドガーに一撃与えたのだ。
「や、やるじゃねえかリック、まだ骨折れてんだろうに」
「シ、シエラ。今のうちだ、アイテムボックスの聖剣で師匠を斬れ」
「そうだ嬢ちゃん、今のうちだ。早くしな」
リチャードに言われた通り、戦いが始まる前にリチャードが置いた麻袋からアイテムボックスを取り出し、さらにその中から聖剣を取り出すと、シエラは碑文が刻まれた聖剣を振りかぶった。
「はあ、ったく。これじゃあ先が思いやられるな」
振り解こうと思えば簡単に振り解けた筈なのに、エドガーは甘んじてシエラの剣を受けた。
それをいち早く感じ取ったのはもちろん剣を刺している本人であるリチャードだった。
今にも剣で斬り裂かれそうだというのにエドガーは力を抜いたのだ。
シエラの聖剣にエドガーの体は易々と切り裂かれ、斬り傷から黒い炎が吹き出す。
その様子を、リチャードは剣をエドガーから抜いて離れ、シエラの横に立って見ていた。
「なんなんだ一体、アンタはなんで今わざと」
「いやぁ、俺だって別にこうなりたくてなったんじゃねえんだわ。魔王の精神支配ってのがキツくってなあ面倒だから言う事聞いてるフリしてずっと俺を倒せる奴を待ってたわけよ。 それがまあなんと弟子と弟子の娘が現れたとなっちゃなあ。動揺して魔王からの殺意の衝動が抑えられなくなっちまってお前さん達を襲っちまったわけよ」
やれやれとでも言いたげに肩を竦めるエドガーに、リチャードは眉間に皺を寄せ歯を食いしばって叫びたい衝動を抑えた。
「色々教えてやりてえが、時間がねえな。まあ一つ二つは言えるか。まず一つだが、魔王はまだ復活出来るような状態じゃ無い、来るべきその時に備えるよう国に報せろ。あとリチャードにこれだけ聞きたいんだけどよ」
「なんだ」
「お前にとって俺はどんな……ああいや、やっぱ良いや。じゃあ、俺はここまでだ、あばよ。向こうで会ったらまた話そうや」
エドガーはそんな事を言いながら、傷から溢れた炎に包まれ、灰すら残さず消え去った。
それに安心したのか気が抜けたのかリチャードはフラつき、倒れ、意識を失ってしまう。
その意識を失う瞬間の事、リチャードは最後のエドガーの言葉を思い出していた。
「私にとってのアンタは、私にとっての、もう一人のーー」
「パパ⁉︎ パパ⁉︎」
「主、大丈夫ですか主!」
遠のく意識にシエラとロジナの声だけが響く。
リチャードは娘と従魔の声を聞きながら、目を閉じた。