師弟対決
ボサボサの長い赤茶髪、無精髭、吊り上がったキツそうな目。細身ながらにしっかりついた筋肉は鎧の隙間からでも良く分かる。
生前のままの師匠の姿に懐かしくなり、リチャードは近付いて話そうと一歩踏み出した。
しかし。
「パパ、ダメだよ」
シエラから出た怒ったような声と、引かれた腕にハッと我に返って足を止めたリチャードの前髪を何かが掠めた。
剣先だ。
目の前の幽霊、リチャードの師匠であるエドガーがいつの間にか剣を抜き、肩に担いでいた。
「師匠、何をーー」
「緩いなあリック、腑抜けたか? 何を当たり前みたいに敵の間合いに踏み込もうとした?」
「敵って、何を言ってるんだ師匠」
側から見れば、エドガーが剣を抜いただけだが、往来で剣を抜いて構えると言うのはそれだけで事件だ。
それが幽霊ともなれば巻き込まれる事を恐れて逃げ出す者や、野次馬根性に火が付いて様子を見に来る者が集まってくる。
しかし、その集まってきた群衆達も直ぐにそこに何も無いように関心を失って散り散りに去っていった。
見ればエドガーの足元を中心に菱形の魔法陣が描かれ、怪しい紫色の光を放っている。
「人払いの魔法だ、これで邪魔は入らねえ。自己紹介なんかお前にしても意味は無いんだがなあ。今の俺は魔王軍、グリムリーパーのエドガーだ。グリムリーパーって分かるか? レイス種の最上位だ。でな、ここで待ってりゃあ将来魔王に害をなす、水の女神の寵愛を受けた青い髪の勇者が通るから暗殺しろって言われてな。まあ身体を貰った手前、依頼を受けたつもりで待ってたんだが、それがなあ、まさか弟子と一緒に現れるなんてなあ」
「何を訳の分からない事を」
「いやお前さあ、そのお嬢ちゃんが勇者なのは見ればまあ分かるんだわ、くっそ眩しい光を放ってるからよ。で? そのお嬢ちゃんはお前のなんなんだ?」
「私の。私とアイリスの、娘だ」
「ん〜? へえ。なんだお前ら、ちゃんとくっついたんかよ。はあ、なんだかなあ」
剣を担いだままエドガーが苦笑して呆れたように首を振る。
勇者どうのという話はエルフの巫女からも聞いている、魔王というのが本当に存在するならば、警戒は厳にしなければならない。
師匠であるエドガーの姿をしたグリムリーパーの様子を見て、リチャードが今のうちにと剣を抜こうとするが、離れた位置で苦笑していたエドガーがいつの間にかリチャードの懐に潜り込んで剣の柄を抑えてリチャードが剣を抜くのを制した。
「まあ、そう慌てんなよ。ちょいと話そうや」
「何を、何を今更話せと」
苦虫を噛んだように顔を歪めるリチャードに対して、エドガーは余裕有りげにニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
その笑みが昔見たまんまの嫌いな笑い方だったのでリチャードは若干の苛立ちを覚える。
「聞かせろよ、お前のこれまでを」
「アンタが本当に敵なら、話す舌など持たない」
「っけ。テメェは相変わらず生意気で連れねえ奴だなぁ」
目の黒い強膜、足元に揺らめく紫色の炎。
かつての師匠、エドガーが人外となっているのは明らかだった。
「じゃあ仕方ねえ。剣で聞くか」
「退がれシエラ! ロジナ、シエラを守れ!」
例え目の前に立っている者が本当にかつて師と仰いだ人物だとしても、娘を殺す為にここにいるというのならと、リチャードは抑えられた剣の柄に力を込めて無理矢理剣を抜き、腕を振った。
「おお、やるじゃねえの。ちゃんと鍛錬してんだなぁ」
「黙れ、敵と話す舌は持たんと言った筈だ!」
軽い口調と身のこなしで後ろに跳びニヤニヤと笑みを浮かべるエドガーと、怒り心頭で眉間に皺を寄せるリチャード。
同じ様に肩に剣を担ぐように構える二人。
そんな二人を見守るシエラと、シエラの傍らに寄り添う大狼ロジナ。
リチャードとエドガーが少しずつ腰を落としてお互いに飛び掛かろうとする。
先に動いたのは、リチャードだった。