エドラへの旅
最果てとはいえ町に着いてしまえば後はどうにでもなった。
親子二人と従魔のロジナは宿で一泊した翌日、行商人がエドラの方向、西に向かうと言うので護衛がてらに同道しフラリクを発った。
道中魔物に襲われるだけでなく、盗賊などにも狙われてしまうがグレイハウンドの希少種であるシルバーハウンドのロジナとリチャードの共闘。時折シエラが援護してそれらを撃退。
特に問題など無く、時には行商人の馬車の荷台に揺られ、時にはロジナの背中に乗り、次に訪れたのは港町ポートルミナス。
初めて見る一面の海や巨大な船、新鮮な海鮮料理にシエラは目を輝かせ、味を堪能し、詰まる所感動していた。
「海って大きくてキラキラしてて綺麗だね」
「ああ、宝石を散りばめたようだな」
宿から見える夕日に照らされた海を見ながら、リチャードはシエラの頭を撫で、その様子をベッドの上で丸くなっていたロジナが片耳を立てながらチラリと覗き欠伸をすると眠りについた。
その翌日は雨だった。
さっさと帰りたいリチャードとシエラだったが、雨の中歩いてわざわざ風邪をひくのも馬鹿らしい。かと言って海路で進もうにも海が荒れている為に船も出ない。
なのでこの日はもう一泊宿に泊まり、更に翌日リチャード達は虹を見ながら街道を西へと向かった。
時折見える海を望みながら、リチャードはある日見た夢を思い出す「ああ確か、こんな風に歩いていたんだったか」今にして思えば予知夢のような物だったのかも知れないなあと、リチャードは旅立つ前に見た夢の残滓に思いを馳せる。
それから更に数日歩いた。
農家の方のロバが引く荷馬車と同道したり、時には草食で四つ脚の竜種が引く大人数が乗るための竜車に乗って西へ西へと向かっていく。
山を一つ越え、川を幾つも越え、立ち寄った町や村で休み、たまにシエラに剣の手解きをしながらリチャードとシエラ、ロジナは確実にエドラの街へと近づいていった。
途中王都に立ち寄ろうかと考えるリチャードだったが、王都に向かえばエドラに帰る旅程に遅れが出る。
直進するか横道に逸れるか。リチャードはシエラに王都に行ってみたいかい? と聞くが、シエラが首を縦に振る事は無かった。
「では帰ろうか」
「ん。帰る」
人の往来が多い王都の近くの街道を、リチャードはシエラを肩車して歩いていく。
日光を受けて輝く丘の頂上の王城の白い壁とその眼下に広がる城下町の赤煉瓦の家屋のコントラストが綺麗だとリチャードは数年ぶりに見る王都の遠景に懐かしさを覚えていた。
あと数日も歩けば恋しい我が家と恋人が待つエドラの街だ。
歩く足に力が漲り駆け出したくなるのを我慢して、リチャードはシエラを肩車しながら王都を指差して「あの辺りには鍛冶屋が、あの辺りには上手いパンケーキを出す店が」と話ながら街道を歩いた。
そして数日後、山に入り大渓谷を跨ぐ巨大な石橋の手前の街に入った時の事。
途中で狩った魔物の素材を売りにギルドに行った時の事、エドラに向かうための橋で問題が起きている事をリチャードは聞く事になる。
「またあの幽霊が出たらしい」
「ああ、橋の真ん中で仁王立ちしてる幽霊か。なんなんだろうなアレ。王国軍の兵隊ってわけでも無さそうだったが」
そんな話をリチャードはギルドにいる間中聞いていた。
「昔死んだ冒険者かもなあ」
ギルドから出る際にすれ違った冒険者の言葉に、リチャードは昔の事を思い出していた。
「ああ、確か師匠が死んだのは確かこの辺りだったか」
その日の宿に帰り、留守番していたシエラと宿の一階で食事をしている際に口をついた言葉に、リチャードは手に持っていたスプーンを皿の上に置いた。
「パパどうしたの?」
「ああいや。すまない何でもないよ」
師匠と同じパーティだったエドラの冒険者養成所の所長がその昔、自分がまだ少年だった頃に師匠が死んだと泣きながら報告してきた事をリチャードは思い出していた。
普段飄々としながらも実力は確かだった師匠の死に、当時は随分と塞ぎ込んでいた物だ。
リチャードのそんな過去を思い出しながら、再びスプーンを手に取りスープをすくって口に運ぶ。
この後、自分が過去と対峙する事になるとも知らず。
リチャードはその日、いつものように娘を腕枕し、小さくなっているロジナを小脇に抱えて眠ったのだった。