宿屋の少女は
ロジナとの会話が可能になった事に舞い上がる父娘。
そんな親子を困った様子で眺めるロジナに気が付き、リチャードは恥ずかしそうに咳払いをするとロジナの鼻先に手を当てて「すまない、年甲斐にもなくはしゃいでしまった」と苦笑した。
「ではロジナ、体格変化の魔法を試してみよう。ギルドの受付嬢が言うには従魔に首輪に魔力を込めるように伝えてくれとの事だったよ。試してみてくれないかい?」
「首輪に魔力をですか、分かりました」
ロジナも魔物。魔法や魔力の使用はお手のもの。というよりも体が大きくなれば大きくなるほど魔物というものは強化魔法を無意識に使い、自重で潰されないようにしているのでその辺りは人間の魔法使いよりも魔物の方が達者なのだ。
そういう訳で、ロジナは魔力を集めて首輪に集中。
すると一瞬首輪が光を放ち、その光が泡の様にロジナを包んだかと思うと縮んで弾け、中から小さくなったロジナが姿を現した。
先程までは馬程の大きさがあった巨大な狼が今やリチャードの腰辺りに頭が位置する。
魔物では無く、普通の動物としての狼程の体格となったわけだ。
「はあー。体格変化とは良く言ったものだが、凄いな」
「ロジナちっちゃくても格好良いね」
「こうも視線が低いとなんだか不思議な感じですね。子供の頃を思い出します」
「何はともあれ、これで宿屋に入れるわけだ。いつまでも店先にいては邪魔になるし、中に入ろうか」
リチャードの提案にシエラとロジナが反対することも無く。
リチャード達は宿屋の扉を開いて中へと足を踏み入れた。
まだ日が高いからか。入って直ぐ正面にあるカウンター以外に人の姿は無かった。
しかし、入って左手に三つほど、4、5人が囲って座れそうな丸テーブルがあり、それが綺麗に拭かれている様子から見て宿泊客がいなくて閑古鳥が鳴いているという訳でもなさそうだった。
扉を開けた時に鳴ったカランカランという鈴の音を聞いたのだろう。カウンターの奥の部屋から一人の少女が現れる。
歳の頃、シエラと同じくらいか少し下か、リチャードはセミロングの茶髪を後ろで結っている少女に微笑んだ。
「失礼お嬢さん。ギルドから聞いて部屋を借りに来たんだが、お父さんかお母さんはいるかい?」
「初めてのお客様ですね。初めまして、ハーフドワーフなのでこんななりですが、この宿屋の店主でアウリと申します」
「おっと、これは失礼店主殿でしたか、娘と従魔と私の3人なんだが一泊出来るだろうか」
「従魔、という事は冒険者の方ですね? 差し支えなければギルドカードを提出して頂けると有難いのですが」
身長にしてもシエラとほぼ同じくらいか、カウンターの向こうの台座に立って応対してくれたハーフドワーフ、アウリに言われるままにリチャードは麻袋の中にアイテムボックスを入れたままそれからギルドカードを取り出すと、カウンターの上に置いた。
「Sランク冒険者のリチャード様ですね、確認しまし……ちょっとお待ちくださいね。ふう。えっと、え? Sランク、ですか?」
「ああまあ一応」
聞かれながらリチャードはギルドの受付嬢もSランクのカードは初めて見たと言っていたのを思い出していた。
ギルドの受付嬢が初めて見た物を宿屋の店主が見た事ないのも無理はないかと思いつつ、リチャードはアウリが落ち着くのを待つが、そこは流石に商売人と言ったところか、アウリは深呼吸を二、三回すると「失礼しました」と最初の様に落ち着いた様子を装った。
「お部屋は空いてます。2階の1番奥になりますがよろしいですか?」
「ええ構いません、従魔も一緒で良いのかな?」
「はいどうぞ。あ、でもお風呂は無いので宿を出て左に行ったた先にある大衆浴場へどうぞ。鍵はありませんが中から閂は掛けられますのでごゆっくりどうぞー」
「ありがとう一泊世話になるよ。料金は先かな?」
「お部屋代だけなら先に頂きますが、ご夕食や朝食もお食べになるようでしたら出る時にまとめて頂きます。よろしいですか?」
「分かった。では夕食も朝食も世話になるからお代は出る時に」
「分かりました。ではごゆっくりぃ」
笑顔で手を振るアウリに会釈しするリチャード。
そんなリチャードを真似してシエラもアウリに頭をペコりと下げる様子にアウリは頬に手を当て「あらあら可愛らしい」と微笑んだ。