リチャードのギルドカード
シエラを抱えたリチャードは真っ白なカードが置かれた台座の上に設置されている球状の魔石に手を触れると魔力を魔石へと流し込んだ。
それを見て獣人族の女性職員はカードの上にガラスの様に透明なプレートを1枚置くと、手を離しリチャードに「どうぞ手をお放しください」と微笑んだ。
リチャードが手を魔石から手を放すと魔石から一本の光が照射され、プレートとカードを焼き付けていく。
すると真っ白だったカードが黒色に変色していった。
煤で汚れたわけでも焼け焦げたわけでもない。
その黒色は黒曜石のような艶やかな黒だった。その黒いカードに金色でSと印字された横にリチャードの名と二つ名も印字されている。
「これがSランクのギルドカード。私初めて見ました」
獣人族の女性職員が黒いカードを見て呟いていると、リチャードは登録装置からカードを取り、どこか困ったように苦笑いして肩をすくめた。
「はは。まさかこんな形で冒険者に戻るなんてな」
「パパ、カード見せて見せて」
「ん? ああ構わないよ」
ギルドカードをシエラに渡してリチャードは本題に入る為にシエラを下ろした。
「これがパパのギルドカード」
「シエラ、少し時間が掛かるからそこに座って待ってなさい」
「ん。分かった」
リチャードがヒュージボアから剥ぎ取った素材の買取相談と1番重要なロジナとの従魔契約の為の申請を行なっている間、シエラは少し離れた場所に置かれている順番待ち用の椅子にちょこんと座り、リチャードのギルドカードを眺めていた。
「あらお嬢ちゃん。冒険者ギルドに何かご用?」
そんなシエラに通り掛かった冒険者数名が声を掛けてきた。
どうやらパーティのようだが、先程まで町の入り口に集まっていた中にはいなかった顔ぶれだ。
これからクエストに行くのだろうか、各々装備と荷物を背負っている。
「パパと旅してて、今日はパパの冒険者の再登録と従魔契約の為の申請をしに来たの」
「あら、お父さんと来たんだあ。そのカードはお父さんの?」
「ん。パパのギルドカード」
パーティの先頭に立つ背の高い女性剣士にリチャードのギルドカードを見せながらシエラが言うと、シエラが見せたギルドカードに視線を落とした女性剣士の顔色が変わり、目を丸くした。
「え、Sランク⁉︎ お嬢ちゃんのお父さんSランク冒険者なの⁉︎ うわー、ブラックカードなんて初めて見たんだけど」
「はー。これがSランクの。お父さん凄い人なんだなあ」
「ん。パパ強いんだよ。赤いカマキリも一撃だった」
「赤いカマキリって東の森のレッドマンティス? え? 一撃ってマジ? ヤバいなこの子の父ちゃん、Sランクは化け物ばっかりってのはホントなんだなあ」
「いやいや、私なんぞ可愛い物だよ」
シエラを囲んで盛り上がる冒険者達の輪の外からリチャードが声を掛けた。一瞬固まる冒険者達だったがシエラが「パパお話終わったの?」と言ったのを聞いてリチャードとシエラの間に道を作るように後退りする。
その様子にリチャードは苦笑すると「おいでシエラ」と椅子に座っているシエラに手を伸ばした。
リチャードの手を取るでなく、飛び付いてリチャードに抱き付くシエラ。そんなシエラを抱え上げるとリチャードは冒険者達に会釈すると微笑んで見せた。
「娘の相手をしてくれていたようだね。ありがとう。すまないね、その様子だとこれからクエストだろう? 気を付けて」
「あ、いや。そんな私達の方こそありがとうございます。初めてSランクの方とこうして出会えて感無量です」
「大袈裟だよ、他のSランクに比べれば私はそんな大層な者じゃないさ。では私達は先に出るよ」
シエラを抱いたまま歩き出すリチャードの後ろで冒険者達が初めて遭遇するSランク冒険者に放心している中で、リチャードのギルドカードを見た女性剣士だけが冷や汗をかいていた。
その様子に仲間達が心配そうに「どうした? 大丈夫か?」と聞くが、女性剣士はリチャードとシエラが出ていったギルドの扉を見つめている。
「カードに書いていた名前、バトルマスター。リチャード・シュタイナーだった」
「ああ〜名鑑で見た事ある」
「え⁉︎ じゃああの人が千人斬りのリチャード⁉︎」
「前の戦争で敵国の兵士殺しまくった冒険者があの人って事? 流石に人違いじゃねえの? 滅茶苦茶優しそうな人だったじゃん」
「間違えるわけないじゃない。バトルマスターの二つ名はリチャード・シュタイナー以外に持ってる人、いない筈なんだから」
リチャード達が立ち去った後のギルドのエントランスで冒険者一行は立ち尽くしていた。
そんな事はつゆ知らず、リチャードはロジナを囲む人集りに「おやおや」と苦笑する。
リチャードとシエラを見つけ、困ったように「ワン」と鳴くロジナを見て、親子は顔を見合わせて微笑むと人集りをすり抜けるようにロジナの元に向かうのだった。