二人で夕食作り
シエラとリチャードが共に暮らし始めて数日が経った。
シエラが昼寝をしている内に買い物に行っておこうと考えたリチャードは食材を求めて市場へと足を向け、野菜を扱っている屋台の前で足を止める。
緑黄色野菜はもちろん根菜類も豊富に取り揃えてある。
この辺りの農家は今年も豊作らしい。
「やあ店主、儲かってるかい?」
「やあリチャード、そうだねえ。今年もなかなか順調だよ」
野菜屋の店主と挨拶を交わし、今晩の夕食のポテトサラダ用のジャガイモ、場所によってはバレーショと呼ばれている根菜を手に取り、拳よりやや小さいソレを店主の前に置いてある木で出来た器の中に数個入れていく。
そんな時だ。
「いらっしゃいませえ」
と、野菜屋の店主の後ろから小さな女の子が顔を出して言った。
「おや、今日はお嬢さんも一緒かい?」
「ええ、ここ最近甘えてましてね」
「仲が良いのは良いことですよ。
お嬢ちゃん、お父さんは好きかい?」
ジャガイモとキュウリ、コーン、玉ねぎ等も器に入れながらリチャードが言うと、野菜屋の店主の5,6歳くらいの娘は白い歯を見せてニコッと笑うと店主の後ろから出てきて「大好き!」と元気よく答えた。
「私ね、将来パパのお嫁さんになるの!」
「おや、嬉しいことを言うじゃないか……まあこう言ってくれるのも今のうちなんですけどねえ。
上の娘もこの年の頃は――」
何か思うところ、というか何かあったのだろうか。
野菜屋の店主は娘の言葉にニヤケ面になったかと思うと、直ぐに暗い表情を浮かべて目頭を押さえて晴れ渡る空を見上げた。
涙は流れていなかったが何故だろうか、リチャードには野菜屋の店主が泣いているように見えた。
野菜を買い終えた後は日用品も買い足し、買い物を済ませたリチャードが自宅へと戻って玄関の扉を開く。
すると中から外出時には昼寝をしていた部屋着姿のシエラが飛び出してきてリチャードに抱き着いてきた。
「ただいまシエラ。どうした? 怖い夢でも見たか?」
「起きたらリチャードがいなくて……家の中探してもいないし。
俺、また一人になったのかと」
「甘えん坊さんめ、すまなかった。今度出かける時は一度声を掛けるよ」
「ん、そうしてくれると嬉しい」
目に涙を溜め、泣きそうになっているシエラをなだめる為にリチャードは買い物を入れた麻の袋を地面に置くと、シエラの頭を撫でる。
頭を撫でられたシエラは嬉しそうだ。
涙を拭くと、リチャードが置いた袋を持ち上げようとシエラは手を伸ばすが、瑞々しい野菜というのは思いのほか重いものだ。
ほかに買った日用品と相まって動かないほどではないが、今の痩せたシエラにとっては重量物である事に変わりはない。
しかし、手伝おうとしてくれている心遣いを蔑ろにするのもどうかと思い、リチャードは袋の中から先ほど買ったジャガイモをいくつか渡す。
「手伝ってくれるとは、シエラは気が利くな。
これをキッチンの水場に頼むよ」
「洗う?」
「ああ、土を落としてくれ。今日はそれを使ってポテトサラダという料理を御馳走するよ」
「ん。リチャードのご飯は全部美味しいから、楽しみ」
シエラを先に行かせ、リチャードは買い足した日用品を倉庫に片付けてからキッチンへと向かう。
先にキッチンにジャガイモを持って来たシエラはというと、先日リチャードに教えてもらった魔力操作で魔石のついた蛇口から水を出してジャガイモを洗っていた。
「皮むきは私がやるから、シエラはそれが終わったら保冷庫からマヨネーズを作るための材料と卵を持ってきてくれ」
「マヨ? なに?」
「ポテトサラダに必要な調味料の一種でね、主材料は食用油、酢、卵だ。
もう随分文字も覚えたようだし、持ってきてくれるかな?」
「わかった、洗い終わったら持ってくる」