町の入り口にて
町の入り口で待ち構えている冒険者や駐屯兵達の集団の中から一人の男がリチャード達に近付いてきた。
その男はリチャードよりやや身長が高く、鎧の隙間から見える筋量もリチャードを上回っているように見えた。
「ルストさん」
リチャード達を案内してきた冒険者の剣士の青年が呟いた。ルストというのがどうやら男の名前らしい。
リチャード達を警戒しているのだろう、ルストの表情は眉間に皺を寄せ険しいものだ。
「お前達、此方へ来い。銀狼を連れた貴様はそこで止まれ」
「ルストさん⁉︎ この人はーー」
「良いからこっちに来なさい。手荒にするつもりはない」
手荒にするつもりはないと言いながらもルストはリチャード達を案内した冒険者達を呼び寄せると、リチャード達と町の冒険者と駐屯兵の間まで歩くとルストが身を隠せそうな程の大盾を地面に突き刺し、そこに剣も突き刺して大盾の前に立った。
「お初にお目に掛かる。私は王国軍所属フラリク駐屯兵の兵士長、ルスト・アルティ。旅人よ、名を聞かせて頂けるか」
装備を背に敵意は無いと言う事なのか、ルストは胸に手を当て、この国の軍の敬礼をリチャードにして見せた。
その敬礼にリチャードも同じく敬礼で返すと、リチャードの横にいたシエラはペコっと頭を下げてルストへの返礼とした。
「エドラよりとある事情でここまで来ました。エドラの元冒険者、リチャード・シュタイナーです。こっちは娘のシエラ」
「シエラ・シュタイナーです」
「エドラのリチャード・シュタイナー。元冒険者と言っていたが今は?」
「今はーー」
ここに来てリチャードは今の自分の立場を考える事になった。自分は確かに冒険者養成所の教官だが、さて困った事にそれを証明する手立ては無い。
アイテムボックス内に制服はあれどそんな物はなんの証明にもならないのだ。
故にリチャードは少し考えて答える。
「今はただの旅人かな」
「リチャード、リチャードシュタイナーか……聞いた事がある名前だな。冒険者名鑑にそんな名前があったか。確かSランク冒険者パーティ、緋色の剣に所属していた冒険者がそんな名だった」
冒険者名鑑。その名の通り冒険者の名前や所属する街、簡単な素性が書かれていたり魔法で転写された実物さながらの絵が描かれた本だ。
この国の各街のギルドや軍部に置かれたこの名鑑は、ギルドにおいては冒険者やギルド職員達が円滑にクエストを支援してもらう為に使用され、軍部においては戦争になった際に援護に呼べる人材の一覧表のように扱われている物だ。
「ああ、アレを見れば私が本人だと証明出来るか。如何するルスト殿」
「ふむ。誰かギルドから名鑑を持ってきてくれ」
ルストが振り返って言うやいなや。部下であろう駐屯兵の1人が町へと駆けて行った。
その様子にルストは頷くとリチャードに向き直り、シエラの方をチラッと見る。
「娘さんは銀狼を怖がってないのだな」
「ええ、銀狼。ロジナとは出会って間もないですが、今は友人、家族みたいなモノですからね」
「暴れたりせんだろうね?」
「危害を加えない限りは大丈夫ですよ。ロジナは賢いですから」
リチャードは言いながらロジナに手招きすると自分の横に座らせてロジナの前脚あたりをポンポンと叩いた。
それに対してロジナは尻尾を嬉しそうに振って応え、シエラはそんなロジナの後ろに回り込むと背中をよじ登って頭の上に体を預ける。
「東の森の主と呼ばれていた銀狼がこんなに大人しい個体だとは」
感心するように顎をさするルスト。
そんなルストに近付いてくる数名の人影があった。
「だから大丈夫って言ったじゃないかルストさん」
「そうだよ。銀狼様は東の森の災禍であるレッドマンティスから我々を守って下さってるって爺さん達が言ってたじゃないか」
ルストに詰め寄ったのは獣人族達。
それも人間に獣の耳が生えている種類の獣人ではなく。狼の姿のまま二足歩行になったような獣よりの獣人族達だった。
「ああなんて美しいんだ。まさかこんなに間近でご尊顔を拝めるとは」
「全くだな我々にとっては女神様よりも銀狼様の方が美しく見える」
ルストに詰め寄ったの獣人達がロジナの前で胸に手を当て跪き祈るように頭を垂れた。
そんな獣人達をロジナは困ったように見下ろしている。
「リチャード殿。すまんな、うちの部下が」
「ああいや。ロジナはこの辺りでは有名なので?」
「まあな。理由は知らんが東の森から凶悪な魔物が出ないように監視している銀色の狼がいるって昔っから言われててな。その凶悪な魔物ってのが赤いマンティスなんだが」
「ああ、アレか。なら討伐してきたので安心して下さい」
「その赤いマンティスにこの町の冒険者が随分苦しめられていてなって……ん? 今なんと言った?」
「討伐したと。まあロジナが随分追い詰めてはいましたがね」
「おお、なんとまあ」
リチャードの言葉にルストはポカンと口を開く。
丁度そんな時、ルストの部下が一冊の本を脇に抱えて戻ってきたのだった。