冒険者達が出会った親子と狼
その日、ある冒険者パーティが依頼を受けて住み慣れた町を出発した。
剣士、槍使い、弓使い、斥候、魔法使い。
Bランク冒険者の彼らが受けた依頼は街道の近くに現れた巨大な猪型の魔物であるヒュージボアの調査、もしくは討伐だった。
「なんで街道近くにヒュージボアなんか」
「街道の結界石も確実性には欠けますからね」
「もしくは東の森で何かあったか?」
「あそこは銀狼と赤鎌が今縄張り争いの真っ最中だって別パーティの斥候が言ってたからなあ」
パーティの面々は移動用の馬車の荷台に揺られながら話をして時間を潰していた。
そんな時だった。
「皆ストップ! ちょっと待って‼︎」
偵察の為に先行していた斥候の少年が馬車に向かって街道の先、緩やかな丘の上から慌てた様子で駆けてきた。
あまりに顔色が悪い為、慌てた様子で冒険者パーティは馬車の荷台から飛び降りて斥候の少年に近付く。
「どうした、ヒュージボアがいたのか?」
「行商人が目撃した場所はまだ随分先の筈だが。まずいな町に近づいて来てるのか」
「違う! ヒュージボアじゃない! 最悪だ、銀狼がこっちに来てる」
「は? 流石に見間違いだろ。東の森の主がなんでわざわざこっちに来るんだよ」
「嘘じゃないって! 見てみろよ!」
普段あまり取り乱さない斥候役の少年の言葉に、一行は丘の上に武器を携え移動した。
そしてその丘の上から冒険者達は斥候役の少年の言っていた通り、街道を我が物顔で足早に歩いてくる銀色の毛をした巨大な狼を見て戦慄した。
「嘘だろ。なんで銀狼、シルバーハウンドがここに」
「背中に誰か乗ってないか?」
「冗談だろ。ヒュージボアどころじゃ無いぞ」
「射掛ける! このままじゃ町に行っちまうぞ!」
「馬鹿待て! 人がーー」
銀色の狼から人影が2人分飛び降り、銀狼の前に立ったのを見て剣士が弓使いを止めようとするが、弓使いは矢を数発、弧を描くように放った。
直後もう一射、弓使いは銀色の狼に向かって魔法を付与した矢を一直線に放つ。
そんな時だった。
丘の上にいた冒険者達は銀狼から降りてきた子供が銃を構えるのを見た。
そして銃を片手で構えた子供は銃弾で矢を全て叩き落とす。
「魔導銃? あんな子供が、なんて命中精度」
「そっちはどの道囮だ、本命は当たるさ!」
しかし、弓使いの予想は外れた。
子供の横にいた冒険者風の男が弓使いの放った魔法を付与した高速の一射を、持っている剣で弾くでもなく、あろうことか素手で掴んで止めた。まるでそこに来る事が分かっていたかのように、置いている物を取る時のように雑に掴んで止めたのだ。
「嘘だろ。動体視力が良いとか勘が良いとかで出来る芸当じゃないぞ」
「ああ、ヤバい。絶対怒ってるぞアレ」
放ち、掴まれ、握り折られた矢を見て、弓使いだけでなく冒険者一行は顔を青くした。
東の森に住む主のうちの一頭。銀狼と思われる巨大な狼に乗っていた冒険者風の男が手を翳してその場に狼を伏せさせたのだ。
単純に考えてその狼がグレイハウンドだとしても魔物を手懐けるような男だ。
恐らくは従魔士か、はたまた名うての冒険者なのか。
兎にも角にも、こちらにその冒険者風の男は向かってきた。
赤い生地に黒い幾何学模様が入ったピッタリ合った服の上からでも筋肉の隆起が分かる程に鍛えられた身体に近接職のみならず、魔法使いや斥候、弓使いは息を飲む。
「矢を放ったのは君だな?」
「は、はい。あの、す、すみませんでした」
「ふむ、いや。そうか、あっさり謝ったな」
意外にも男の声は優しげだった。
怒りに任せ、叫ばれても仕方ないと思っていた面々だったが、どちらかと言うと父親にイタズラがバレて「誰がやったんだ?」と問われるような声調だった為に弓使いは思わず謝ってしまったのだ。
「確かにグレイハウンドが町に向かっている状況だ、戦闘態勢をとるのは正しい判断だ。しかし、ああいや……すまない。確かに私達も迂闊だった。あの狼は登録はまだだが私の従魔なんだ。通してくれるね?」
「あ、はい! それはもちろん。重ねて申し訳ありませんでした! パーティのリーダーとしてもっとしっかり様子を見るべきでした」
男の言葉に剣士が頭を下げ、続いてパーティ全員が頭を下げた。そうしなければいけないと冒険者パーティの皆が一様に思ったのだ。
「もう良いから頭を上げてくれ。実は色々あって娘と2人で旅をしていてね。もしよかったらこの先の町まで案内してくれないかい?」
男は先程までの険しい表情とは打って変わって優しげに微笑んだ。その笑顔に冒険者達はホッと胸を撫で下ろしたのだった。