街道近くの巨大猪
街道に近付くにつれ、魔物の気配が遠のいていく。
それと言うのも街道の路肩に等間隔で埋められた魔除けの結界石が作用しているからだ。
しかし、その結界石もあくまで予防策。
結界石の効果を気にしない魔物はもちろん存在する。
例えば腹を空かせ、気が立っている者であったり、他者との戦いで怒り狂っている者。そして、単純に結界石が効かない強者だ。
そしてこの時、街道の近くからノシノシと歩いてきた巨大な猪型の魔物、体高が馬ほど巨大なヒュージボアは腹を空かせて気が立っているようだった。
その口から生えた巨大な牙の隙間からダラダラ涎を流し、鼻息荒く、岩の様な蹄で地面を踏み締めながら、ヒュージボアは眠っているシエラを抱えたリチャードと牙を剥いて威嚇するロジナに近付いてきた。
「グルルルル」と唸った後にロジナがリチャードの言い付け通り二度吼えた。
「ああ、確かに。アレは敵だな。ロジナ、勝てるかい?」
リチャードの問い掛けにロジナは頷く。その横顔は口角を上げ、ニヤッと笑っている様にも見えた。
「危なくなったら下がって良いからな。その時は私が戦うから、シエラを頼む」
リチャードの言葉にロジナは頷くとヒュージボアに向かって走り出した。
ヒュージボアも戦闘体勢だ。猪型の魔物が得意とする攻撃、巨大な体躯とそれに見合う重量、その重量を支える短くも強靭な四脚でもっての突進。
木を薙ぎ倒し、岩をも砕くその一撃にロジナは真正面から挑む様に駆けて行ったが頭の良さは狼型ハウンド種の魔物であるロジナが遥かに上。
ロジナはヒュージボアとの接触直前に横に跳ぶと、その巨大な体をヒュージボアの脇腹にぶつけた。
よろけるヒュージボアだが、倒れはしない。
地面を削りながら方向を変え、再びロジナに突進しようとしたのか、巨大な牙での一撃を加えようとしたのか、ヒュージボアの動きが一瞬止まった。
その一瞬をロジナは見逃さなかった。
もはや体なのか首なのか分からない顔よりやや後ろ、牙の当たらない喉元にロジナは文字通り喰らいつく。
そして牙をヒュージボアの喉元に深々と突き立てたままロジナは力任せにヒュージボアを投げ飛ばした。
生存本能だったのかも知れない。
ヒュージボアの重量は同じサイズ感ではあるが、ロジナよりは遥かに重い。
そんなヒュージボアをロジナが投げ、地面に叩き付けることが出来たのはヒュージボアがこのままでは喉を裂かれると感じ、自ら跳んだからだ。
結果は同じだったというのに。
ロジナは地面に倒れるヒュージボアの顔に脚を押し当て、再び喉元に牙を突き立てる。
そして後は力任せにヒュージボアの喉を噛み裂いた。
「見事な投げ技だったなロジナ。良い物を見せてもらった。ヒュージボアの重量だ、あの勢い、ヒュージボアは呼吸もままならなかったはず、そこに喉元への噛みつき。理に適っている」
拍手したいのを堪え、ヒュージボアの血で口元を紅く染めたロジナの脇腹辺りを撫でるリチャード。
そんなリチャードにロジナはドヤと言わんばかりに空を仰ぐように顔を上げて目を閉じた。
「ロジナと言い、このヒュージボアと言い、通常より大きいのはやはり魔力の濃度が関係しているのだろうか。ふうむ、まあ今はそんな事よりヒュージボアの解体か。ロジナ、シエラを寝かせておくから守ってくれ」
リチャードが少し離れた位置にシエラを寝かせるとロジナがシエラを抱える様に寝そべる。
そしてロジナは口元に付着した血を舐めとりながら、リチャードがヒュージボアを解体していくのを眺めていた。