狼とサンドイッチ
リチャードとシエラ、そしてグレイハウンドのロジナは青空の下丘陵地帯を街道へ向かって歩いていた。
流れる雲が太陽の光を遮っては2人と1匹に影を落とす。
涼やかな風がリチャードとシエラの頬を撫で、ロジナの乾いたフサフサの体毛を揺らした。
魔物である筈のグレイハウンドが大人しくリチャードに付き従っているのはリチャードを主人と認めたからだ。
自分が苦戦し、やっとの事で片腕を噛みちぎったマンティスを一刀のもとに斬り伏せ、そして、人間流のやり方でとはいえ、仲間たちを丁重に弔ってくれた人間。
リチャードにロジナは伝える術を持たなかったが、ロジナは恩人に忠誠を誓う、そしてその恩人の娘、出会って間もないというのに自分の為に泣いてくれた幼い人間の娘にもロジナは忠を尽くそうと考えていた。
「ロジナ、腹は減ってないかい?」
「サンドイッチ食べる?」
いくつかの丘を越えた辺りでリチャードは敷物を広げ、その上に座るとバスケットからサンドイッチを取り出してシエラに渡すと、もうひとつサンドイッチを取り出してロジナに差し出した。
狼型の魔物がサンドイッチを食べた事があるわけもなく、ロジナは差し出されたサンドイッチに鼻先を近付けて匂いを嗅いでいる。
しかし、シエラが美味しそうにサンドイッチを頬張っているのを見てか、ロジナは端を咥えてサンドイッチをリチャードから受け取ると、それをパクっと一口に口内に放り込んだ。
食べたことの無い食感、味にロジナは満足したのか、そのフサフサの尻尾をブンブン振る。
「ははは。お気に召したようだ。しかしながらこの一食でサンドイッチは終わりだ。夕食以降はどうするか、どちらにせよ路銀も稼がねばならないしなあ」
「お爺ちゃんからお金貰ってなかった?」
「確かに頂いたけど、流石にエドラまでは保たないよ。新しい家族もいるしね。道中薬草を摘んだり魔物を狩ったりして次の町で売るか」
「魔物を……狩って」
リチャードの言葉を繰り返しながら、シエラがチラッとロジナを見るとシエラとロジナの目と目が合って、ロジナがビクッと体を震わせ、シエラは「ロ、ロジナには何もしないよ?」と手を目の前でワタワタと振る。
それを見ていたリチャードは吹き出し、声を出して笑った。
「従魔契約もしないといけないな、それも次の町のギルドでついでに済ませてしまおう」
「従魔、養成所で習った。お互いの合意のもと行われる契約で、えっとーー」
「従魔契約すると従魔と会話出来る魔導具が貰えたり、従魔を伴って宿屋に泊まる際に融通して貰えたりするからね。契約しない選択肢は無いな。今までほど自由には生活できんかも知れんが、本当に良いんだなロジナ」
シエラに説明し終わると、リチャードはロジナに視線を向けた。暗に、引き返すなら今のうちだぞと伝えたのだ。
しかし、ロジナからしてみればそれは仲間が全滅したあの森に帰るという事。
新しく主人と認めた人間と共に生きるか、住み慣れた森で、仲間の灰を埋めた場所で孤独に生きるか。
考えるまでもない、ロジナという名を貰い新たな主人に尽くすと自分に誓ったのだ、仲間の霊とて我等が頭領が孤独に老いていくところなど見たいとは思っていない。
ならばこの腹すら晒そう、とロジナはリチャードとシエラの横でひっくり返った。へそ天というやつだ。
「ロジナ、モフモフ」
「帰らない、という事かな? 分かった、これ以降はもう聞かんよ」
サンドイッチを食べ終わったシエラが仰向けに寝転がったロジナの腹というか胸辺りに抱き付いては撫で、リチャードも釣られるようにロジナの顎をガシガシ撫でた。
ロジナの周りに漂う仲間の霊の胸中はいかほどか。
頭領の新たな門出を祝いたい気持ちが半分、犬の様に撫で回されている頭領に呆れ半分といったところかも知れない。
「子供の頃、大きな犬を飼いたいと思っていたが、まさかこの歳で願いが叶うとは。ああ、すまないロジナは誇り高い狼だったな」
リチャードに言われて「そうです狼です」と言わんばかりに「ワフ!」と野太い声で吠えるロジナだが、シエラが胸に抱き付いているので体は起こせず、仰向けのままだ。
残念ながら威厳は感じられなかった。
「よし、もう少しで街道だ。そろそろーー」
行こうか、と言おうとリチャードはシエラを見たが、シエラがロジナの胸に抱き付いて顔を埋めたまま動かなくなっている事に気が付いた。
どうやらロジナの毛皮の気持ち良さと体温に心地良くなってしまったのか、眠ってしまったようだった。
「おやおや。仕方ない、抱えて歩くか。ロジナ、周囲の警戒を頼む。魔物が襲ってきそうなら2度吠えてくれ」
リチャードの言葉に応えるようにロジナは尻尾を振る。
初の仕事に誇り高い狼は張り切っていた。