群れの仲間の弔い
瞬殺。という言葉がある。
一瞬のうちに殺す事。転じて、ほんの短い間で勝利すること。一方的に打ちのめす事などの意味で用いられる言葉だ。
リチャードと赤いマンティスとの戦いがまさにそれだった。
剣を構えるリチャードに、赤い巨大なカマキリが残っている右腕の鎌を力一杯振り下ろした。
シエラはその一撃から目を離してしまった。
鎌を振り下ろしたマンティスの一撃は地面を割り、風を巻き起こして辺りに砂埃を巻き上げ、リチャードと赤いマンティスの姿が見えなくなってしまったのだ。
「パパ⁉︎」
「大丈夫だシエラ。倒したよ」
砂埃を斬り払うように、リチャードが剣を振った。
その剣圧はリチャードの思惑通り砂埃を消し飛ばし、自分と赤いマンティスの死骸の姿を晒す。
剣を鞘に収めるリチャードの後ろには頭の無い赤いマンティスが首から緑色の血を吹き出しながら佇み、無くなった頭はというとリチャードの足元に転がっていた。
マンティスが振り下ろした鎌はもちろんリチャードを狙っていた。決して地面を割ろうとしたわけでは無い。リチャードが横にステップして下がったマンティスの頭を切り離しただけだ。
とは言うが、もちろん簡単に出来る事では無い。
力があろうとも、ただ振り下ろしただけでは地面は割れない。力以外に必要な物、速度だ。それも相当速くないと鎌は地面に刺さるだけで、割れる事は無い。
駆け出し冒険者や低ランク冒険者、油断していればAランク冒険者ですら直撃を喰らう。そんな代物をリチャードは軽く避けてみせたのだ。
剣術など嗜んでいるはずも無いマンティスがそのリチャードの動きに反応出来るはずも無い。
反応しようにも自慢の鎌は地面に深く刺さって抜けず、リチャードの剣をまともに受けてしまった。
そのリチャードの剣撃にしてもそうだ。
下がったマンティスの頭と体の繋ぎ目に、手を挙げるように剣を振り上げたその剣速は、Aランク冒険者ですらまともに見る事が出来るかどうかと言える速度だった。
「すまないね狼君。別に倒してしまっても構わなかったのだろう?」
リチャードの言葉にグレイハウンドは頭を下げた。
それがお礼をしているように見えて、リチャードは「よしてくれ、君が手傷を負わせていたからすんなり事が運んだのさ」とグレイハウンドの頭に手を添えた。
「パパ、他の子達は……」
「見たところ、いや、確認してみよう生き残りがいるかもしれない」
それはマンティスにも言える事だ。
リチャードとシエラは警戒の為、剣を片手に森のあちこちで倒れているグレイハウンドに近付いては息があるかを確かめていく。
しかし、生きている個体はいそうになかった。
リチャードが残念そうに首を振ると、シエラは座って動かないグレイハウンドの所へ行くとまだ血の付いている体に抱き着いて涙を流した。
「シエラ、これが自然だ。自然の中で起こっている事なんだよ」
「ん。分かってる。分かってるけど……」
シエラはリチャードに振り返ると今度はリチャードに抱きついた。そんな娘を抱き上げ、リチャードはシエラの背中や頭をさすったり、撫でたりする。
「生き残ったのは君だけだ。遺体は焼いて弔い、灰にして森に返そうと思うが、構わないかい?」
リチャードの言葉を正しく理解しているのか、グレイハウンドは再び頭を下げて顔を伏せた。
「では手伝ってくれないかい? 君にとっても最後の別れだからね」
「パパ、俺も手伝う」
「ああ、助かる。でも無理はするなよ?」
3人、いや、2人と1匹でグレイハウンドの亡骸を一箇所に集め終わった頃には辺りは真っ暗になっていた。アイテムボックスから出したランタンが無ければ作業どころでは無かっただろう。
グレイハウンドの亡骸を集めた場所を囲うように土魔法で窯を形成しては「良いね?」と、リチャードはグレイハウンドに聞くと火魔法にて点火。
人間の葬儀の時の慣例である祈りを捧げた。
「離れよう、辛いだろう?」
リチャードの言葉はシエラに向けたものだったのか、グレイハウンドに向けたものだったのか。もしかしたら自分に言ったのかもしれない。
2人と1匹はしばらく窯の煙突から煙が上がるのを見て、森を離れた。
「私達は夜明けまで花畑にいるつもりだが、君はどうする?」
「狼さんも一緒に来ない?」
森と丘陵地帯の境目で、リチャードとシエラはグレイハウンドに問い掛けた。
その問い掛けにグレイハウンドは、首だけもたげ森の方に振り返り、寂しそうに耳を垂れるが、グレイハウンドは森から出てリチャードとシエラの後に続いた。
「夜が明けたら私は森に戻って遺骨を埋めてくるよ。そしたら、そうだな君の名前を決めようと思うが、構わないかな?」
「狼さんに名前付けるの?」
「ここまで関わったんだ。確かヒノモトの言葉だったか。後は野となれ山となれというやつさ」