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花畑には血の香り

 サンドイッチを食べ終えたリチャードとシエラの親子二人は少しの間、花咲く丘の上に敷いた敷物の上、並んで寝転んでボーっと空を見上げていた。

 少しの眠気に逆らうことなく瞼を閉じる父、娘。

 しかし、寝入ってしまうと結界の外では危険が伴う。

 少しばかりの仮眠の後、二人は再び丘陵地帯を街道に向け歩き始めた。

 

 林とも呼べない並んだ木の間を抜けて、地図を確認しては街道を目指すがそんな二人の前に、遂に、と言うべきだろうか。一匹の魔物。狼が現れた。体高が成人男性ほどもある大型で灰色の狼だった。


「グレイハウンドか? それにしてはずいぶん大きい」


「怪我してるね」


「怪我の様子から見るに、おおかた群れのボス争いに敗れでもしたか」


 危険度Aランクの魔物であるグレイハウンドは群れで行動するが故にAランクとされている。

 Sランク以上の魔物が国を滅ぼしかねない脅威と言われている。

 一つ下であるAランクの魔物と言えど街一つ壊滅出来る脅威だ。

 しかし、それも群れで行動していればこそ。グレイハウンド一匹当たりの脅威度はBランク止まりであるが、目の前の傷ついた狼の気迫はそれ以上に思えた。

 赤黒い血が色鮮やかな花々を染め、花畑に似つかわしくない血の匂いを漂わせている。

 その血は二人が目指していた方向から続いていた。

 つまり。いや、つまりも何もリチャードとシエラの前に現れた巨大なグレイハウンドを負かした相手と、その相手が率いているであろうグレイハウンドの群れが進行方向の森にいる事になる。


「さて、どうするか。森をぐるっと迂回するか突っ切るか。一人なら突破もするんだがね」


「出来るの?」


「しないぞ? 大事な娘を危険な目には合わせたくないからね」


 牙を剥き、毛を逆立たせる傷ついたグレイハウンドから目線を外さず、リチャードは腰に携えた剣の柄に手を掛けた。 

 シエラも剣を抜き、肩に担いでいた銃を下ろして構える。

 一歩、グレイハウンドが踏み出し、首筋辺りからボタボタと血が垂れ、花を染めた。 

 痛々しい姿だった。片目は潰れ、その上には牙で出来た物か爪で出来た物か、深い傷跡が刻まれている。体中にも似たような傷が数か所あり、所々から血が流れている。

 出血量から考えても、震えている足から見てもそう長くはもたないのは目に見えて明らかだった。


「君はそんな状態で戦いを挑むのか?」


「パパ?」


「グレイハウンドのみならず、ハウンド種は頭が良い、それこそ人語を理解するほどに。故に聞いたのさ。勝ち目のない戦いに挑むか、そのまま朽ち果てるかと。よく考えろ気高き狼よ。戦って死ぬだけが全てでは無いだろう」


 リチャードの言葉に「グルルル」と唸る灰色の巨大な狼の視線が一瞬下を向いた。

 考えたのだ、リチャードの言葉を理解して「果たしてそれが正しいのか」と。


「生きろとは言わんが無益な殺生、依頼にない殺しはしない主義なんだ。君なら分かるんじゃないのか? 私達には勝てないという事が」


 リチャードが剣を抜き、構えた。

 殺気を放ち、グレイハウンドを威嚇する。

 その姿が傷だらけのグレイハウンドにはどう見えたのか。

 今にも飛び掛かってきそうだった勢いはどこへやら、逆立っていた硬そうな毛は倒れ、尻尾は丸まり、一歩後退ると、グレイハウンドはふらつき、その場に倒れてしまった。

 元とは言えSランク冒険者。

 Aランクの魔物を単独で倒すことができるリチャードの殺気に最後の気力も尽きてしまったのだ。


「……行こう、シエラ。血の匂いに誘われて他の魔物が来る前に」


「助けられない?」


「駄目だ、魔物は連れて行けない」


「でも」


「情を捨てろとは言わない。でもなシエラ、私達も決して安心できる状況ではないんだ。リスクは抑えないといけない」


 剣を鞘に納め、グレイハウンドの横を同じく武器を納めたシエラの手を引きながら通り過ぎるリチャード。

 その時だったグレイハウンドが「キューン」と甲高い、悲しそうな声で鳴いた。

 その声がまるで「助けて」と言っているように聞こえ、シエラが足を止めてしまう。


「駄目だシエラ、絶対にだめだぞ?」


「……でも、可哀そう」


「まあ、分かるが」


 いや、駄目だ駄目だ、魔物を連れた時のリスクを考えろ、とリチャードは首を振り、再び歩き出す。

 リチャードに手を引かれ、後ろで横たわる狼をシエラは振り返って様子を見るが動く気配がない。

 そして微かに「キューン」と聞こえ、シエラは耐えられなくなりリチャードの手を振り解こうとしたが、先に手を放したのはリチャードだった。


「ああ、まったく! “俺”はいつまで経っても甘ちゃんのままだよ!」


 髪をガシガシ搔きながら、その昔、討伐対象ではない魔物を助けた際に師匠に「この甘ちゃんが、魔物に情けを掛けるんじゃねえよ」と言われ、笑われたことを思い出しながらリチャードは、血だまりの中に倒れ浅い呼吸を繰り返すグレイハウンドの下へ行くと、アイテムボックスの中から里を出る際に貰った回復薬を取り出し、今にも力尽きそうなグレイハウンドにぶっ掛け、飲ませると、少し離れて座り、回復していく様子を眺めた。


「パパ? どうして」


「はあ。本当に、どうしてかな」

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― 新着の感想 ―
[一言] 好きな小説です。
[気になる点] ティム出来ればいい乗り物になりそう。
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