花咲く丘で、二人だけでのピクニック
花が咲き誇る丘陵地帯、洞窟から続く整備されていない土がむき出しの道をリチャードとシエラは遠くに見える宙に浮かぶ大岩や、その岩から怒涛の勢いで流れ落ちる滝が作る虹を眺めながら歩いていた。
そんな二人の足元を、大きな影が通り過ぎていく。
手を繋いで歩く二人のはるか頭上を、白い鱗に覆われ、金色に輝く幾何学模様が目を引く羽鯨ほどではないが、巨大なドラゴンが緩やかに背中の四枚の翼を羽ばたかせ、漂うように二人を追い越していった。
「なんと雄大な。羽の形状、四足歩行の動物を思わせる体の構造、エンシェントドラゴンの一種か? 私の知らない個体だ」
「なんだか優しそうな顔してたね」
「ああそうだね。私たちに気が付かなかった訳もなし。気性は穏やかなのかもしれないね。残念だ、ノートと鉛筆があればザっとスケッチも出来たろうにな」
「パパの絵好き」
「おやそうかい? じゃあ帰ったらパパとお絵描きでもしようか」
「ん、する」
そんな事を話しながら二人は道を歩いていく。
目指すはシーリンの森の遥かに西、丘陵地帯を抜けた先にある小さな町へと繋がる街道だ。
ルナから貰った地図で見たなら街道まではすぐに着きそうなものだが、この丘陵地帯、地図で見るより遥かに広い。
幾つ目かの丘の上に来た所で、リチャードは立ち止まって方角を確かめる為に地図を広げた。
アイテムボックスから最初の小屋で回収した絨毯を取り出しては敷物代わりにして座り、里を出る際に渡された携帯食、サンドイッチを取り出してシエラに渡した。
「パパの分は?」
「いや、私は構わないよ。何が起こるか分からないからね。食べ物は出来るだけ節約しないとな」
「じゃあ、半分こ」
空を見上げ、太陽の位置と影の差し方で方角を確認していたリチャードにそう言うと、シエラは絨毯に座って「座って」と言わんばかりにリチャードのズボンの裾を引っ張るとサンドイッチを手で半分に裂こうとする。
しかしながら柔らかいパンと野菜、スクランブルエッグは綺麗に半分になる事などは決してなく。サンドイッチは不揃いに半分に分かれてしまった。
「はい、パパ」
「大きい方を私に? いや、そっちはシエラが――」
「だめ!」
「わかった、わかったよ。ではありがたく頂くとしよう」
可愛い娘に逆らえず、リチャードはシエラの対面に座るとサンドイッチを受け取り、それを口に運ぶ。
パンの甘味、瑞々しいレタスのシャキシャキ感、ふわっと柔らかな歯ごたえのスクランブルエッグ。
薄い味付けがどこかアイリスの作ったサンドイッチとよく似ているな、とリチャードは義父母から受け取ったサンドイッチを味わっていた。
「ママの味と一緒だ」
「おや、シエラもそう感じたかい? 私も同じことを考えていたよ。あのサンドイッチはママの実家の味付けだったんだなあ」
「美味しいね」
「ああ、景色と相まって。絶品とはまさにこのことだよ」
サンドイッチに舌鼓を打つ二人の頬を風が撫でた。
ポカポカ陽気に涼しい風、花咲き誇る風景に親子二人。
まるで二人しかいないような気さえする丘陵地帯だが、それでも聞こえてくる風の音、時折聞こえてくる鳥の声は風や自分達の足音以外の一切の音がしなかった結界内の遺跡群に比べれば随分賑やかに聞こえた。
「ピクニックみたいだね」
「はっはっは。シエラは逞しいなあ。父親としては喜ぶべきなのかな? いや、喜ぶべきか。シエラは冒険者になるんだものな」
「ん。養成所は卒業したし、後は登録だけだよ」
「次の街にもギルドはあるはずだ。そこで登録をするかい?」
「うーん……やだ。ママのギルドで登録したい」
「そうか、そうだな。ふうむ、となると困ったなあ道中の路銀はどうやって稼ぐか。いっそ私が冒険者として再登録すれば良いか? ははは。引退冒険者が出戻りか。でもまあそれも悪くないか」
「パパ冒険者に戻るの⁉」
「ああ、まあそうだなあ。帰ってももしかしたら養成所には戻れないかもしれないからなあ」
サンドイッチを口に含みながら、改めて自分の置かれた状況をリチャードは鑑みる。
事情はなんとかアイリスに知らせることは出来ているが、状況だけ見れば娘と共に行方不明だ。
必ず帰るとは言ってはいるが、エドラの街まで距離にして数千キロ。単純に考えて一週間やそこらで帰れるような距離、期間ではない以上、恋人がギルドの長とは言え、もしかしたら規定の観点から養成所側からは教官としては除名、つまりクビにされる可能性もあるのだ。
「パパが冒険者に戻ったら、一緒にクエストも受けられる?」
「どうかな。街に戻るまで一時的に戻るだけのつもりなんだがね」
「えー? 一緒にクエスト行ってくれないの?」
「ははは。この旅がそのクエストの代わりになってるよ。それに友達が待ってるだろ? まあでもそうだな。たまになら一緒にクエストを受けるのも良いかも知れないなあ」
リチャードは昔の仲間達と戦っていた時のようにシエラと並んで戦う様子を、シエラは最前線で魔物の大群を蹴散らす父の姿を想像して、サンドイッチを飲み込んだ二人はお互い想いに耽って同じように微笑んでいた。