巫女様に会う前に
シエラがどうにも落ち着かないというのは目に見えて明らかだったし、リチャードも触ってみてあまりの薄さ軽さに戸惑ったのと娘が湯冷めするかもしれないということで「申し訳ない、何か羽織るものありませんか?」と世話役のエルフの女性二人に声を掛けた。
すると二人のうち一人が「しばらくお待ちくだされば」と言うのでリチャードは「頼みます」と頭を下げた。
しばらくと待たずに白い布地に金糸で刺繍が施されたポンチョを持ってきてくれた辺り、もしかしたらこうなる事を予想していたのか、世話役エルフさんの対応は実に迅速だった。
そのポンチョを受け取り、シエラに着せ、リチャードが満足そうに微笑むと、シエラは照れて顔を赤くする。
「うむ、うちの娘は可愛い」
「はい、大変よく似合っておいでです」
「……恥ずかしいから、やめて」
褒められているということは分かっているので怒ることもできず、シエラはもじもじ手遊びしながらリチャードに近付き、世話役エルフ二人から隠れるようにリチャードの後ろに隠れた。
その様子にエルフの女性二人は和み、微笑む。
「では、これから巫女様に会っていただきますがよろしいですか?」
「歓迎して貰っておいて嫌ですとは言いません。寧ろお礼を言わせていただきたい」
「畏まりました、それではこちらへ」
着替えを終えた二人は世話役エルフの女性の案内で湯屋を出るとしばらく里の中を歩き、古代樹ほどもある巨木の前に辿り着く。
その巨木はくり抜かれているのか、所々に穴が開きそこに窓枠がはめ込まれていた。一見すると塔のようにも見える。
両開きの門も取り付けられ、なにやら重要な場所だというのは説明されずとも理解できた。
その両開きの門にエルフの女性二人が手をかざすと、門がひとりでに静かに開いていく。
開いた扉の向こうは木の中とは思えないほど整えられており、まるで教会のような佇まいだった。
そんな木の中の内装の美しさ、荘厳さに親子二人して心奪われていると、里まで案内してくれた青年とは別のエルフの青年がリチャードとシエラに向かって歩いてきた。
腰に剣を下げ背中にも一本剣を携えている。
この施設の警備の者だろうか、そんな事をリチャードは考えたがどうやらそうでは無いらしい。
「リチャード様、シエラ様、お初にお目にかかりますこの里のエルフの戦士を束ねております戦士長のエルと申します。ここからは私が案内いたします、どうぞよろしく」
「パパ、戦士長って?」
「ああ、私たちの国で言うところの騎士団の団長の事だよ。そんな方が案内してくれるなんて、なんというか畏れ多いな」
「いえいえ、私など先代に比べればまだまだ。やっと400歳になったばかりですからね」
「400? 全然見えない」
シエラが興味津々でエルフの青年を上から下まで観察して言った。
金髪碧眼、整った顔立ちにリチャードよりやや低い身長ながら細身であり、しかし筋肉がしっかりついているのが服の上からも確認できた。
エルフの戦士長エルは自らを400歳というが、親子二人から見る彼の外見年齢は二十代半ば。どう見てもそれより上には見えなかった。
そのエルの先導で、二人は木で作られた教会のような施設の螺旋階段を上っていく。
「お二人が転移でここまで来たことは巫女様から聞いております。どこから転移してこられたんですか?」
「ああ、えっとエドラという街なんですが。ご存じですかね」
「ええ⁉ あんな辺境から跳ばされたのですか? それは帰るとなるといささか遠いですねえ」
「知っておいででしたか」
「実は私の娘がエドラに住んでましてね。100年ほど前に外の世界を見に行く! って飛び出していったきりなんですよ。手紙はたまに寄越すんですが、全く帰ってこなくて」
「ははは。それはそれは。娘さんの名前は何というのです? 無事帰れたら何か伝えますが?」
「おお! お願いできますか。娘の名ですがアイリスと言います。エドラで冒険者ギルドの長をしていると手紙に書いていました。会えば分かるでしょう。もし良かったらたまには帰って来いと伝えておいてくれませんか?」
エルの後ろを歩いていたリチャードの歩みがピタッと止まった。
リチャード達が住む街エドラに冒険者ギルドは一か所しかない。
そこのギルドマスターで、アイリスという名で、エルフとくれば。
「ママのパパなの?」
「……あの、つかぬ事をお聞きしますが、最後に娘さんから手紙が届いたのは何時ごろでしょうか?」
「ああえっと……確か三年前だったかな?」
目の前に恋人の父親がいる現実に、リチャードの冷や汗が止まらない。
そしてリチャードは心の中で二人の帰りを待つ恋人に「もっと頻繁に手紙を書いていればこんな面倒な状況にはならなかったんじゃないのかアイリス!」と届くはずもない指摘の言葉を叫ぶのだった。