用意された着替え
結局、リチャードとシエラは一緒にお風呂に入ることになった。
シエラに泡を洗い流させ、大人数人どころか十数人は浸かることができる外湯に親子二人が湯の中にある岩に背を預けて並んで座り、三日ぶりの風呂を堪能している。
壁を飛び越えてくるのではもう止めることは出来んなあと、リチャードが諦めたのだ。
「申し訳ありませんリチャード様、私たちが不甲斐ないばかりに」
「いや、私もこの子があそこまでするとは思いませんでしたから。まあ今は親子水入らずで堪能させてもらいます」
「かしこまりました。ではシエラ様のお着替えもそちらの脱衣場へ運んでおきますので」
「ありがとうございます。シエラもお礼言っておきなさい」
「ありがーとーございます」
シエラ嬢渾身の棒読みだった。
しかし、シエラとリチャードのお世話役に抜擢されたエルフの女性二人は気を悪くするどころか小声で「ふふ、可愛い」と機嫌よく笑うと「では後ほど」と壁の向こうから離れていったのが足音から察することができた。
「シエラ、我儘は感心しないなあ」
「だって、体は自分で洗えるし、パパやママ以外に髪に触ってほしくないんだもん」
「おや、それはそれは。しかしなあシエラ、それでもあの人たちは好意でシエラに接してくれたんだ。それを一方的に無下にするのは良くないぞ? 嫌ならちゃんと理由を言わなきゃな」
「だって……」
「まあしかし、シエラはまだ子供だ。これからそういう他人からの好意に対する受け入れ方や断り方なんかは少しずつ勉強していけば良いさ」
「……ん。頑張る」
「うむ、物分りが良くて偉いなシエラは」
リチャードはシエラの頭を撫でるとそれ以上は何も言わず、風呂を堪能する。
じんわり汗がにじみ、二人の顔が紅潮していく、親子二人そろって気が緩んでいるのだろう。その表情は心底ホッとしたような、和んだ表情だった。
そして「そろそろ上がるか」ということで、のぼせないうちに二人は外湯から出るとそのまま脱衣場へと向かう。
世話役のエルフの女性が用意してくれたのであろう、タオルで体を拭き、下着を履いたリチャードは、シエラの髪を手慣れた様子で拭いていく。
おおよそ一年。孤児院の子供たちの世話をしたことがあるとは言え、随分手慣れたものだとリチャードは自分で思いながら微笑んだ。
「レギンスがない」
「洗ってくれてるのさ、それで我慢しなさい」
「パンツだけはスースーしてやなんだけどなあ」
文句を言いながらではあるが、どうやら風呂での説教は効果があったようで、シエラは用意されていた下着や服を着ていく。
リチャードとシエラに用意されていた服はエルフ達が着用していたシャツやズボン、ではなく。
リチャードには濃い赤色の長袖のシャツと黒いズボン、シエラには白いワンピースが用意されていた。
リチャードの着たシャツは伸縮性に優れており、着る分には全く問題なかったが、盛り上がった筋肉質の体のラインがくっきり浮き出ていた。
その上に赤いコートを用意してくれているが、今は風呂から上がったばかりで体が熱いのでリチャードはコートは手に持ってシエラが何やら恥ずかしそうにしているのをニヤニヤして見ている。
「どうしたシエラ。家では着ていただろワンピース」
「布が薄いのかなあ、着てる気がしなくてなんだか変な感じなの」
「何か特殊な素材で出来ているのかも知れないな。問題ないぞシエラ。よく似合っている」
「大丈夫? 透けたりしてない?」
「そんなに着心地が悪いのかい?」
「ううん。悪いんじゃなくて、無いの」
「見たところ普通のワンピースなんだがなあ」
「それはアラクネの糸をエルフの秘儀で編みこんだ特別製ですシエラ様。お気に召しませんでしたか?」
二人が着替えを行っている様子を察して世話役のエルフが脱衣場に入ってくると、シエラのワンピースの説明をしてくれた。
アラクネといえば下半身は蜘蛛で上半身が人間の女性の姿をしている意思疎通ができる珍しい魔物で個体数は決して多くない。そんなアラクネの上位種、アラクネクイーンと交渉し手に入れた糸から編み上げられたのがこのワンピースらしく世話役のエルフ曰く「下手な鎧よりも頑丈で剣でも切れない」との事だ。
「パパ、試したい」
「駄目だ、やめなさい」
籠の近くに置いていた剣を取りに行こうとしたシエラをワンピースの襟を掴んでリチャードが引き止める。この時リチャードも触ったワンピースの感触があまりにも滑らかだった為、掴んでいるのか分からなくなったほどだった。