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エルフの湯屋にて

 リチャードがエルフの里に訪れるのは初めてではない。

 アイリスの故郷、シーリンの森を訪れるのは初めてだが、他の里は訪れたことがある。

 それでもこのエルフの里、シーリンの森はエルフの里の中でも随分雄大で、自然と調和がとれている里だった。

 古代樹ほどではないが、巨木を利用して建てられたツリーハウス、木をくり抜いて作られた住処。

 木と木の間に建てられた木造の家など、種類は様々だがそのすべてが森との調和を保っていた。


「綺麗な場所」


「ああ、見てきたエルフの里の中でも一番かもしれん」


「ははは。ありがとうございます。シーリンの森は現存する里の中では人口が最も多く、歴史も古いので、そう見えるのかもしれませんね」


 道案内をするエルフの青年の後ろ、シエラが目をキラキラ輝かせてエルフの里の様子を眺め、リチャードがその様子に微笑みながらシエラの言葉に応えると、エルフの青年は嬉しそうに笑って里の案内をしてくれた。

 

「さて、お二方」


 エルフの青年がある建物の前で止まり、二人に振り返る。

 一軒家、というには広いその建物の屋根の隙間から煙が出ている。

 食事でもご馳走してくれるのかとリチャードとシエラは期待するが、どうやらそうではないらしい。

 エルフの青年は二人にお辞儀をすると「まずは疲れと汚れをお取りください」と建物の入り口の横へと歩いていく。


「おや? もしや――」


「お風呂?」


「はい、我が里唯一の湯屋でございます。随分昔に取り入れた異文化ではありますが、お気に召していただければ幸いです」


「ありがたいよ。風呂は好きなんだ」


「俺もー」


 青年の後に続き湯屋へと足を踏み入れると、列の最後尾にいたエルフの女性が二人続いて入ってきた。他の青年たちは報告に向かったのか湯屋の外で警備でもしているのか中には入ってこない。

 案内してくれた青年も入り口で止まり、そこから先の案内はエルフの女性二人が代わるようだ。


「それではシエラ様、リチャード様、奥へどうぞ」


 エルフの女性二人が親子二人の前を歩いていく。それはつまり二人に警戒させない為、敵ではないと暗に伝えるためだ。

 リチャードとシエラはその意をくみ取り特に警戒するでもなく二人の後を付いて行く。

 エルフの湯屋と聞き、リチャードは自宅の様な風呂や公衆浴場の様な物を思い浮かべるのだが、リチャードの予想は良い意味で裏切られることになった。


 湯屋の内装は東の大国、ヒノモト風の物だった。

 畳の敷かれた休憩所、純木造の脱衣場、木で出来た浴槽、全てが自宅の物や住み慣れた街の公衆浴場の物とはかけ離れていた。


「おお、これがエルフの湯屋か。ヒノモト風なのだな」


「いい匂いがする」


「浴槽の木からの香りですよシエラ様。さあシエラ様はこちらに」


「え? パパと一緒じゃないの?」


「お父様は男湯、シエラ様は女湯です、さあどうぞこちらに」


「やだ」


「こらこらシエラ、言う事聞きなさい」


「……パパと一緒が良い」


「大丈夫ですシエラ様、私たちがお供しますので」


 湯屋の案内をしてもらった後。

 エルフの女性二人とリチャードに説得され、渋々シエラはエルフの女性二人に連れられ女湯の方に向かって行く。その後ろ姿を見送ってリチャードも男湯に向かおうとするが、直後、エルフの女性が一人走って戻ってきた。どうやら着替えを用意してくれるようなので衣服を預かっても良いかという事だった。


「結界の水でドロドロだが、大丈夫かい?」


「水? あの結界はオリハルコンより硬い物だった筈ですが」


「ほう? 私達には粘度の高い水のように感じたが。はて、出入りするために何か必要なのか、それとも出入りできる資格の様な物が必要なのか?」


「あのリチャード様?」


「ああ、すまない。着替えを頼みます、くつろがせてもらいますよ」


「はい、では後ほど。あ、お体の方は洗わなくてもよろしいですか?」


「いやいや、それは勘弁してください」


「承知いたしました。それでは」 


 そう言ってエルフの女性は女湯の方に向かって行った。

 リチャードはその後ろ姿にアイリスの幻影を見て「ああ。早く帰りたいなあ」と呟きながら脱衣場へと向かうと、結界の水が付着した服を籠に入れ、その籠に入っていた手拭いを持って風呂場へと向かう。


「これがヒノモト風呂、ふむ、悪くない寧ろ良い。いや、最高だな」


 三日ぶりの風呂を堪能したい為、先に体を洗ったリチャードは木の浴槽に張られたお湯に体を沈める。するとしばらくしてどこからか「いい! 体は自分で洗う!」というシエラの声と「いけませんシエラ様、私たちにお任せください」とエルフの女性の声が聞こえてきた。

 声の聞こえてきた方を見ると、どうやら外湯があるようで、リチャードはそちらにも足を運んで石に囲まれた外湯に浸かると「シエラ、大人しくしてるんだぞ?」と声を掛けた。


「パパ? そっちにいるの?」  


「ああ。外のお風呂にいるよ。だから大人しく――」


「やだ! そっち行く!」


「あ! シエラ様⁉」


 リチャードの背の丈を優に超える石の壁の向こうからペチペチと軽い足音が聞こえてきた。

 その足音に続き「シエラ様、残念ですが仕切りがありますので」と疲れた女性の声が聞こえるが、足音は壁に向かって加速してきたかと思うとタンっという軽い踏み切り音を発っし、その直後当たり前のようにシエラが壁の向こうから体中泡まみれのまま男湯に向かって飛び込んできたのだった。

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