エルフの里
「すまんね、こちらとしては素性の知れない君達を警戒しないわけにはいかんのだ。剣は抜かせてもらうぞ」
「ん。警戒防御……です」
リチャードは剣を鞘から抜いて構え、シエラは構えた魔導銃に魔力を込めて魔法陣を展開する。
すると、木の上からエルフの青年が一人飛び降りてきて両手を上げては無抵抗の意思を示して二人に姿を晒した。
「ご警戒はごもっともです、しかし信じて頂きたい。私たちに敵対の意思はございません勇者様。勇者様の父君も、どうか信じて頂けませんか」
敵対の意思がないというのはどうやら本当の事らしく。
最初に二人に身を晒したエルフ以外の数名もエルフの青年に続いて木の上から飛び降りて姿を晒し、腰の剣や背中の弓を手に取る事すらせずにリチャードとシエラに頭を下げて礼をして見せた。
中には跪いて胸に片手を添えるこの世界における最敬礼をしている者までいる。
そこまでされてはとリチャードはシエラに銃を下げるように言うと剣を鞘に納めた。
それでも警戒しないわけにもいかず、リチャードは剣の柄に手は掛けたままだ。
シエラもそれに倣って剣の柄に手を添えた。
「すべてを信用することは出来ない、剣から手を放さない無礼は許してくれ」
「もちろんでございます、寧ろ流石は勇者様の父君であらせられると感心すらしております」
「あー。さっきからその勇者様の父君やらなんやら言っているが何の話だ? 誰かと勘違いしていないかい?」
「リチャード・シュタイナー様とご息女のシエラ様ですよね?」
「ん。そう」
「あ、こらシエラ。素直に答えてどうする。こういう時はまず何故名前を知っているか聞かねばならんのに」
「……ごめんなさい」
「ああいや、私もそういうのは教えていなかったからね」
エルフの青年達から視線は外さずにリチャードはシエラに言うと苦笑して一歩、エルフたちに近付く。それでも逃げるでもなく武器を構えるでもないエルフの青年達に対して一息つくと、リチャードは「なぜ私たちの名を?」と先頭に立つエルフの青年に問う。
「我が里の巫女が昨晩、我らが地母神グランディーネ様より『明朝、聖域よりいずれこの世界を救うであろう勇者シエラ・シュタイナーと、その父親リチャード・シュタイナーが現れる、丁重にもてなせ』と神託を賜りまして。こうしてお待ちしておりました」
「グランディーネ様が……確かアクエリア様の姉君だったか、ふむ」
エルフ達がもっとも信仰している女神グランディーネはリチャードが言った通り、親子二人に加護を与えた女神アクエリアの姉にあたる。
国によってはアクエリアの母と言われているが、姉が正しい。
もちろんリチャード達は知らないが、女神アクエリアの現世への過干渉に怒った女神グランディーネが信託という形で親子二人の手助けをしたわけだ。
「もしよかったら私たちの里へお越しください、歓迎いたします」
「パパ、どうするの?」
「聞きたいことはまだある、寄らせてもらおうか。ああそうだ、その前に聞かせてほしい、君たちの里、森の名はなんという?」
「シーリン、シーリンの森です」
エルフの青年たちの殺気のなさと話の内容から、やっとリチャードは警戒を解き、剣を放して聞いたが、森の名を聞いて「ああ、そうかあ」と空を仰いで遠くを見るように目を細め、額に手を当てる。
場所が分かって嬉しい反面、リチャード達が住んでいた街までの距離を考え、嘆きたくなるのを我慢して、リチャードはシエラに剣から手を放すように言うとエルフの青年たちに付いて森の中を歩いていった。
目下リチャードが聞きたいのは“勇者”という言葉の意味だ。
意味というだけならもちろん知っている、読んで字のごとく勇気ある者の事で英雄と同一視され、誰もが恐れる困難に立ち向かう者で武勇に優れた戦士の事だ。
だがリチャードが聞きたいことはそんな事ではない。
自分の娘をその勇者と呼ぶとはどういうことなのかと聞きたかったのだ。
しかし、青年達から「その事は巫女様から直接」と言われてしまい、リチャードは口を噤んで付いて行く。
しばらく森の中を歩き、いつしか道の草が踏みならされている事に気が付く。
そこからまたしばらく歩いていると、大岩をくり抜いた扉付きのトンネルに差し掛かった。
門番だろうか、入り口の両端の篝火の前に二人ほどエルフの女性が立っており、リチャードとシエラを見ると青年達のように深々とお辞儀を二人にしてきた。
トンネルに入るとその女性二人が門を閉め、列に加わる。
そして短いトンネルを抜けると、そこには木の上に居を構えるエルフの里が広がっているのだった。