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結界を抜けよう

 風の音とその風にざわめく森の声以外は娘の寝息しか聞こえない夜もこれで3度目。

 リチャードはこの夜はゆっくり眠ろうとシエラを抱きかかえて躊躇いなく目を閉じ、そして何事も無く朝を迎えた。

 

 一筋の朝日が矢のように差し込んでくるまだ薄暗い森の景色を眺めながら、欠伸をしたリチャードは体を起こして座ると、未だ夢の中で過ごすシエラの頭を撫でる。


「この先には一体何が待ってるんだろうなあ」


 無警戒に眠っている娘を見下ろし、苦笑するとリチャードは一度目を閉じた。

 

 眠ったわけではない。


 体内に魔力を取り入れ、循環させて体の調子を確かめる魔法がある。国によってはダイアグノウシスや診断と呼ばれている魔法を発動して、リチャードは自身の体に異常がないかを確かめたのだ。


 恐らく安全な旅路はここまで。

 ここから先は何が起こるか分からない。

 

 しかし、リチャードはそんな事を考えているにも関わらず、口元に笑みが浮かんでいた。

 

「まさか、自分の娘と旅をする事になるなんてなあ。人生は小説や絵本よりも不思議な事に満ち溢れているとは誰の言葉だったかな?」

 

 体、特に魔力の行使に異常が無いことを確認し終え、リチャードは目を開けると再び隣で眠るシエラに視線を落とした。


 そしてリチャードはシエラと出会った時の事を思い出す。


「少し、背が伸びたな」


 出会ったばかりの頃のシエラと、昨日手を繋いで歩いていたシエラを思い返してしみじみしていると、その愛娘が目を覚ました。

 いつも通り、寝ぼけながら立ち上がるとリチャードに「パパおはよう」とハグをする。


 リチャードが強制したわけではない。

 いつの間にか、シエラに癖づいていた習慣だ。

 もしかしたら、自分を拾ってくれて、一緒にいてくれるリチャードの存在を確かめたくて、放したくなくて始めたのかも知れない。


 いささか甘えん坊なシエラをリチャードは心配するが、シエラはまだ10歳だ。

 数年もしたら、もしかしたら「パパ嫌い、あっち行って」なんて言われる時が来るかもしれない。

 それは嫌だなあとリチャードはシエラにハグを返すと、一緒に顔を洗って準備運動とまでは行かないが、軽く柔軟体操をするとアイテムボックスに寝具を片付け、お互いに武器を持つと、二人は昨日の水の壁の前に再度立った。


 直立する水の壁に反射した景色のせいで、森が一体何処まで続いているのか見当もつかない。


「さて、これをどう抜けるか」


「きょーこーとっぱ」


「まあ待ちなさい。全く、直ぐに力尽くで解決しようとするのは誰に似たんだか……いや、考えるまでもないか」


 婚約者の得意気な笑顔を思い出しながら苦笑いすると、リチャードは水の壁に手を触れてみた。

 安全なのは昨日シエラが不意に手を突っ込んだのを見ているので確認済みだ。


 手を引き抜き、やたらと粘度が高いその水を洗い流そうと水魔法を発動したリチャードは隣に立っていたシエラの頭に水がベトベトに貼り付いているのを見て飛び上がりそうになった。

 どうやらリチャードが手を突っ込んだのを見て顔面を突っ込んだようだ。


「こら! シエラ、顔を突っ込んだのか!? まだどんな結界かも分からんと言うのに!?」


 街にいた頃は物静かで理知的だった娘の突然の行動に、リチャードは初めて声を上げて叱った。


 シエラの服の襟首を掴んで結界から引き離し、魔法で作った水球から水を手ですくい、リチャードがシエラの頭と顔を洗うと、シエラは「大丈夫かなと思って」とシュンと肩を落とす。


「シエラが無事なら良いんだが、いや全く、久々に肝が冷えたよ」


「お腹痛いの?」


「いや、そうじゃなくてね。とても驚いたって事なんだが……体に異常は無いかい?」


「ん。大丈夫」


「触った感じ毒性があったり攻撃的であったり、束縛したりはしないみたいだが、さて――」


「水の中息出来たよ?」


「吸ったのか!? ううむ、うちの娘にこんな無鉄砲な一面があるとは。シエラ、良いかい? 本来結界というのは外からの侵入を阻んだり、内から出るものを封じ込める為に使用する物だ。無闇に触ればどんな事が起こるか――」


「でも昨日触っても平気だったよ?」


「確かに、それはそうだが。はあ、この行動力はアイリスの影響か? まあそのおかげで入っても大丈夫そうだというのは分かったがね」


 なんとも言えない複雑な気持ちになりながら、ため息を吐き肩を落とすが、同時に娘の頼もしい、というか図太さを垣間見て少し安心もしたリチャードは深呼吸すると「行ってみるか」とシエラを抱き上げた。


「水の中なら向こう側が見えるよ」


「…………そうか」


 よくもまあこんな粘度の高い水の中で目を開けたものだ、とは口に出さず、リチャードは水の壁の前に立ち止まって一呼吸置き一歩、足を踏み出す。

 

 なんとも言えない不思議な感覚だった。

 

 一切の音が消え、粘度が高い水の中にいる筈だが、動きを阻害される事は無く。

 青みがかった水の色が視界を邪魔するが全く見えないわけではない。

 シエラが目を開けていたらしいが、確かにリチャードも水の中で目を開けている筈なのに目は痛くもならなかった。


 予想以上に厚い結界をしばらく歩くと、急に視界が元の色に戻った。

 

 その途端、今まで聞こえて来なかった森のざわめきの他に鳥の鳴き声や妖精、精霊の気配、川か滝か、ザーッという音が一気にリチャードとシエラの耳から脳に伝わる。

 あまりの騒がしさに二人揃って耳を塞いでしまう程には結界の外は音に溢れていた。


 森の植生も古代樹の乱立する森から普通の森へと変化している。


「シエラ、大丈夫かい?」


「ん。平気」


「よし、では降りようか。どうやら出迎えがあるようだ」


 シエラを地面に下ろしたリチャードが腰の剣に手を掛けた。

 その様子にシエラも担いでいた魔導銃を手に持ち構える。


「武器を下ろしてください、私達に敵意はありません」


 警戒する二人の耳に、木の上から聞こえた声。

 見れば複数人、エルフが木の上の影からこちらを見下ろしていた。

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