森の出口へ
一体どれくらい歩いたのか。
ゴーレムが指し示してくれた出口までの方向へ向かって、リチャードはシエラと手を繋ぎ、鞘に収めた剣で地面に線を引きながら、出来るだけ真っ直ぐ進む。
地面から飛び出した木の根のトンネルをくぐり、上から落ちてきた大きな葉っぱを絨毯の代わりに休憩しながら、二人はただひたすらに歩いていた。
「ねえ。パパはお友達とのお別れ、寂しくないの?」
リチャードと手を繋いでいるシエラだが、やはりゴーレムの事が気になるのか、見えるはずもないのに振り返りながら、隣を歩くリチャードの顔を見上げながらそんな事を聞いた。
リチャードはシエラを見下ろし、困ったように眉をひそめて苦笑し「いや、パパも寂しいよ」とシエラを抱き上げた。
「しかしなシエラ。私達が人間として生きている以上はこんな別れは何度も体験する事になるんだぞ? あのゴーレム君はまた会えるけど、冒険者として生きるなら、いや。冒険者だろうが、騎士だろうがそのあたりは関係ないか。ああでも、う~む、言いたくないなあコレは」
普段何事に対してもシエラの疑問には答えてきたリチャードが珍しく言い淀んだ。
言いたくない、というよりは友達になったゴーレムと別れ、落ちこんでいる娘に寿命の話などリチャードは聞かせたくないのだ。
「パパ?」
「言いたくないが、言わないわけにもいくまい。はあ、良いかいシエラ。いつか私はシエラより先に死ぬ。これは避けられない運命というやつだ」
もちろんクエスト中の事故等で娘の方が先に、など死んでも口に出来るわけもなく。
リチャードはシエラの目を見て大きなため息を吐くと言ったのだ「いつか別れは訪れる」と。
「やだ、やだよパパ」
「もちろん私も嫌だよ。だからこそ、今この時を大事に生きるんだ。色んな出会いと別れを経験しながら、シエラも大人になって強くなっていくんだ。パパもそうだったようにね。ああ、まあ強くなったかどうかは怪しいがね」
シエラはリチャードの言葉にどう答えて良いか分からず、リチャードにしがみつくように抱き着き、黙ったまま頷いた。
リチャードはそれが嬉しくて微笑みを浮かべ、シエラの背中をポンポンと優しく撫で、そのまま歩みを進める。
そうしてしばらく歩き、日も傾いてきた頃「今日は木の根元で野宿かな」などとリチャードが考えていると遥か前方に人影が見えた。
「誰かいる」
「俺達以外の人? でももしかしたら」
「ああ、亜人種の魔物かも知れない。シエラ、ここからは警戒して行こう」
抱いていたシエラを下ろし、預かっていた魔導銃と剣をシエラに渡すと、リチャードも腰に備えていた自分の剣の柄に手を掛け、人影に注意を払いながら進んでいく。
しかし、途中からその人影が自分達と同じ動きをしている事にシエラが気が付いた。
「パパ、なにか変だよ?」
「なんだアレは、鏡か?」
シエラに言われ、リチャードも前方の人影の違和感に気が付き、剣から手を離すと前方の人影がリチャードと同じ動きをしたので、リチャードは片手を上げて振ってみる。
すると、同様に遠方の人影も手を上げて手を振ったので、リチャードとシエラは警戒を解き、その人影目指して早足で向かっていった。
そこにいた、いや、そこにあったのは巨大な鏡、では無く、水で出来た巨大な壁だった。
滝では無い。
波のない池の表面が垂直に立っているかのような水の壁が視界から見えなくなる程遥か彼方まで、見上げれば首がいたくなるほど高い場所まで広がっていたのだ。
「水の壁、結界か? いや、結界なんだろうな。だから魔物はおろか、動物すらいないのか」
「この水ドロドロしてる」
「こらこら、得体のしれないものに触るのはやめなさい、ほら少し離れて」
水の壁、正確にはジェルの壁から離れ、リチャードは水魔法でもってシエラの手を洗うと、壁から距離をとった。
そろそろ日も暮れる。
進むには危険と感じ、今日はもう一晩森で過ごそうと考えたのだ。
「この変な水に入るの?」
「いや。今日はよそう。もしコレが本当に結界なら、この外には魔物もいる可能性がある。現時点で私達はこの森で魔物を見てもいなければ、気配すら感じていないからな。もう一晩明かして、明るくなってから向こう側へ行きたい」
「ん。分かった」
水の壁から離れ、巨木の根元にアイテムボックスから最初の小屋から持ってきた敷物を敷き、毛布を出して夜に備える。
そして二人は麻袋に入れていた最後のキノコ数本を分け合って食べ、次の日の為にと毛布に包まって寄り添い眠った。