ゴーレムとの別れ
シエラを肩に座らせたゴーレムを引き連れ、石畳の道を歩いていたリチャードだったが。
いつの間にか石畳の道が終わり、森の植生が変化している事に気が付いた。
高さ数メートル、ゴーレムよりもやや高い背の木が生える森から、ゴーレムを遥かに上回る高さ、太さの巨木が乱立する森にいつの間にか足を踏み入れていたのだ。
「これは……まさか古代樹か? ……となると、もしやここは――」
リチャードは子供一人なら寝そべる事が出来そうな程の大きさの落ち葉や、大人数人が手を繋いでも一周には届かない程太い木の幹に触れながら思考を巡らせていた。
その様子にシエラが首を傾げ、同じ様にゴーレムも首を傾げる。
「パパ、どうしたの?」
「まだ仮説の域は出ないんだがね、もしかしたらこの森がどこで、私達が今どこにいるか分かったかも知れない」
「ほんと?」
「ああ。いやしかし、もし私の仮説が正しかったなら、街へ帰るには随分時間が掛かるなあ」
リチャードがシエラの言葉に空を仰ぎ、遠くを見るように目を細め、肩を落とした。
「ここは何処なの?」
「あるエルフの故郷の森の奥深く、森の住人であるエルフすら入れない結界の奥に巨大な古代樹が乱立する森があって、その更に奥に聖域と呼ばれる場所があるらしい、と聞いたことがあってね」
「あるエルフ? もしかして――」
「ああ、想像通り。ママだ、アイリスだよ。もしかしたら進んだ先はアイリスの故郷、シーリンの森かも知れない」
「ママの故郷って……私達の街からそんなに遠いの?」
「うむ。まあ本当にこの先がシーリンの森ならだがね……ひとまず進もう、仮説はあくまで仮説でしかない。確証が得られないとなんとも言えないよ。ゴーレム君、森の出口まで案内頼めるかい?」
リチャードの言葉にゴーレムはゆっくり頷くと今歩いている場所の正面を指差す。
当てずっぽうで道なりに進んでいたが、どうやら方向は間違っていなかったようだった。
記念にと、リチャードは巨大な葉っぱをアイテムボックスに吸い込ませ、ゴーレムの横を歩いていく。
まるで巨木が木でできた塔に見える。
その間をゴーレム一体、大人一人が並んで歩いても、余裕があるほどには樹と樹の間は広く間隔がとられていた。
そんな巨木の間をしばらく歩いていると、巨木が地面から数メートル程離れた場所で折れているのをリチャード達は見つける。
自重に耐え兼ねたか、腐ったか。理由は分からないが、見事に根元近くから折れていた。
「ははは。切り株が一軒家ほどあるな」
「ん。くり抜いたら住めそう」
「ははは。確かにな。倒れている木のほうなんて何人住めるんだかね。まったく、妖精になった気分だよ」
「妖精さんは普段こんな景色を見てるのかなあ」
「ああ、そうかも知れないね」
そんな事を話しながら歩きに歩き、水を魔法で作り出して飲料とし休憩してはまた歩く。
そして緩やかな昇り坂を昇り、坂の天辺から次は降りだとリチャードが踏み出した時だった。
ゴーレムが突然立ち止まって屈んだ。
そんなゴーレムの行動に、シエラはゴーレムから飛び降り「どうしたの?」とゴーレムの顔を心配そうに見上げる。
「……そうか。ここまでなんだね」
シエラの声に振り返ったリチャードが、シエラの様子を見て呟き、ゴーレムに近付いていく。
そして、シエラを後ろから抱き上げると、リチャードは屈んでいるゴーレムがこちらに伸ばしてきた手に自分の手を乗せた。
「私は君に会うまでゴーレムという存在を誤解していた。感情なんて無い、ただの無機物。そう思っていたんだが……ありがとう、君のおかげで一つ、学ぶ事が出来た」
「パパ、なんでゴーレムさん動かなくなったの?」
「恐らくは、このゴーレム君の活動範囲がここまでなんだろう。推測でしかないが、この子は拠点を防衛するために創られた個体なんだろうから、あの遺跡群から離れられる範囲は限られてるのさ」
「そんな……一緒に行けないの?」
「……ああ、そうだね」
「やだ! なんで!? 一緒に行こうよゴーレムさん!」
思えば、シエラがこうして大声を出したのは随分久し振りだ。
怒っても大声は上げないシエラが、仲良くなったゴーレムとの別れが嫌で声を上げたのだ。目に涙を溜めて。
「ここにいたってもう誰もいない、帰ってこないのに――」
「シエラ。よしなさい」
「……でも」
「確かにここにはもう誰もいないよ。でもそれは私達から見ての話だよシエラ。
ゴーレム君にとっては違うと、私は思うんだ」
はたしてこのゴーレムは主もいなくなったこの地で一体何を守っているのだろうか。
祭壇の剣か、遺跡その物か。
もしかしたらいなくなった主の命令にいまだ従い、ただ見回りをしているだけなのかも知れない。
「このゴーレム君の中では、今も都は記憶や思い出の中で生きているんじゃないかな」
「だけど、そんなの……やっぱり寂しいよ」
「……ああ。寂しいな。だから、また会いに来れば良いさ。このゴーレム君はずっとここにいるだろうからね。私には無理だったが、シエラならいつか飛翔魔法も使えるようになるだろう。そうなれば……まあひとっ飛びとはいかなくても、会いには来れるよ」
「……でも、俺は――」
ゴーレムさんも連れていきたい。
その言葉がシエラからは出てこなかった。
リチャードの言葉が理解できるからこそ、我儘が言えなくなったのだ。
「それでも連れて行きたいなら、リンネ辺りに飛翔魔法を教わるついでに従魔契約の上書き方法も教わると良いさ。
まあその場合でも、ここを離れるかどうかはゴーレム君の意志によるがね」
「俺、魔法も頑張って覚えるから。そしたらゴーレムさん、いつか俺と一緒に来てくれる?」
リチャードがゴーレムの大きな指に手を乗せている横にシエラもその小さな手を乗せてゴーレムに聞く。
すると、ゴーレムは遺跡がある方向に顔を向け、首を傾げると、続いて何か思案しているのか頭をくるくる回す、そしてシエラの方に向き直ると、ゆっくりだが、確かに頷いてみせた。
「分かった、待ってて。絶対に迎えに来る、迎えに来るからね。何年経っても俺、アナタの事忘れないから。そうだ、コレ……あげる」
シエラがゴーレムから手を放して上着のポケットを弄り、取り出したのは魔力の尽きた共振石。
その共振石を祈るように両手で握り、シエラは魔力を込めるとゴーレムの手にシエラの魔力が宿った共振石を乗せた。
「また来るからね、絶対に、また……会いに来るから」
昨日出会い、昨晩、風から守ってもらい、今日半日と少し一緒に過ごしただけなのに、シエラはゴーレムと離れる事が悲しくて、目に溜めていた大粒の涙をついに流してしまう。
もしかしたら、一人だった頃の自分とずっと一人で遺跡を守っているゴーレムを重ねて見たのかも知れない。
「ありがとうゴーレム君、また会える日を楽しみにしているよ」
「またねゴーレムさん。俺、頑張るからね。俺の事、忘れないでね」
ゴーレムから手を放し、シエラを抱え直すと、リチャードはゴーレムに背を向けて坂を下り始めた。
そんなリチャードに抱えられたままシエラはゴーレムに振り返り、別れを惜しんで大きく手を振る。
それに応えるようにゴーレムはシエラから貰った共振石を持った手とは逆の手を上げ、二人が見えなくなるまで大きく左右に手を振っていた。
いつかまた会える、そう信じて。
そしてこの日、ゴーレムは遺跡までの帰り道、シエラから貰った綺麗な青い光を放つ共振石を、嬉しそうにずっと眺めていたのだった。




