父と娘、ゴーレムと朝を迎える
翌朝、地平線の向こうから朝日が顔を出し、森の葉の間から光の帯が差した頃。リチャードはハッと目を覚ました。
「いかんな、だいぶ気が抜けていたようだ」
昨夜、ゴーレムに話し掛けているうちに、抱えているシエラの体温とゴーレムの壁のおかげで風から守られ、体が温まり、いつの間にかリチャードも眠ってしまっていた。
「う~ん。おはようパパァ」
「おはようシエラ。よく眠れたかい?」
「ん。パパのおかげで」
「10歳にして野外で熟睡出来るとはね。これは将来有望だな」
「パパが抱っこしてくれてたからだよ」
「ははは。まだまだ甘えん坊は抜けないか。それよりもほら、シエラが眠った後にゴーレム君が来てくれたぞ?」
おはようのハグをしていたシエラが抱き着いたリチャードに言われ、リチャードの首から手を放して振り返ると、シエラの目にゴーレムの首から上だけが見えた。
昨晩眠っていたシエラからしてみれば、状況が状況なだけに「パパがやったの?」とやや怒り気味に言って眉をひそめ、リチャードを睨む。
「違う違う。彼は自分からバラバラになったんだ。勉強しただろ? ゴーレムは自分の体を操って形を変えられるって」
「ん。勉強した」
「早とちりは良くないぞシエラ。トールスとリンネの話を思い出しなさい」
「リンネ兄ちゃんの早とちりで喧嘩して山が無くなった話?」
「そういう事だ、早とちりは短気と同じで損気だ。魔物との戦いもそうだ。
早とちり、早合点は命取りに……いや、すまない。起き抜けに何を説教臭い事を。さあ、朝食にしようシエラ。今日中には森を抜けるつもりで歩こう」
「ん。パパのお説教はタメになるから後で聞くね」
「ん。そうか? 分かった、後で話すよ」
リチャードはシエラと昨晩採っておいたキノコの残りを焼き始め、シエラはゴーレムの頭の側に行くと、しゃがみ込んでゴーレムの頭を人差し指でツンツンとつつく。
すると、ゴーレムの頭に嵌め込まれた石が黒から昨日と同じ青い宝石のように変化していく。
どうやらゴーレムも眠っていたようだった。
「おお。起きた?」
「ははは。ゴーレム君もおはようだな。昨晩はありがとう、おかげですっかり眠ってしまった」
未だツンツンとシエラにつつかれているゴーレムの頭がリチャードの言葉に応えるように左右に揺れる。
「おー。頭だけでも動くんだ」
ポンポンと、シエラが今度はゴーレムの頭を撫でる。
それが嬉しかったのか、ゴーレムの頭の青い宝石が薄い桃色に変化すると、ゴーレムは頭を大きく左右に揺らした。
「ははは。すっかり仲良しだな。さあシエラ、焼けたぞ。食べよう」
「ん。じゃあゴーレムさん。また後でね」
朝食に味付けのないキノコをモクモク食し、二人は少しばかり腹休めをした後で「さあ、行くか」とアイテムボックスに焚き火の後を片付けると石畳の道を歩き始めた。
もちろん、体を形成したゴーレムも一緒に。
「付いてきてくれるの?」
「巡回経路なんだろうさ。途中までは一緒かも知れないね」
親子二人を追い抜く事は容易いはずだが、ゴーレムは二人の歩調に合わせて付いてきた。
しばらく歩き、シエラがチラッ、チラッと後ろを付いてくるゴーレムに振り返っているのにリチャードは気が付き「どうした?」と聞く。
「パパ、ゴーレムさんに乗りたい」
「ん? う~ん……いや、まあそれは本人にお願いしてみないと」
「ゴーレムさんゴーレムさん。肩に乗せてくれない?」
シエラが立ち止まって振り返ると、ゴーレムに聞く。
すると、ゴーレムは昨日と同じように片膝を立てて屈むとシエラに向かって手を伸ばしきた。
どうやら、ゴーレム的には乗っても大丈夫なようだ。
「気を付けるんだよ?」
「ん。大丈夫」
シエラはゴーレムの手を伝って肩に駆け上がった。
それを確認してか、ゴーレムはゆっくり立ち上がると、リチャードの後ろを再び歩き始める。
「おー。高い」
「丁度良い。シエラ、何か見えるかい?」
「う~んと……森」
「そうかあ。まだまだこの景色は続きそうだなあ」
シエラの答えに自嘲気味に苦笑すると、リチャードは少しばかり肩を落としたが、何故だろうか、こんな状況だというのに不安や焦燥感よりも、この状況を楽しいと思う感情の方が強い事に気が付く。
もしかしたら、リチャードは「こんな状況になってしまったのだから仕方無いか」と、やや開き直り始めたのかもしれない。