出会い
「皆に話がある」
ある一人の冒険者の男がクエストを終えた仲間達と酒を酌み交わしている時の事、目を閉じて一呼吸置いた後、意を決して口火を切った。
「どうしたんですかリチャード、藪から棒に」
「報酬の件かしら? それなら後で――」
パーティメンバーの女性陣の言葉を遮る様にリチャードと呼ばれた剣の入った鞘を椅子の背もたれに掛けて座っている男は手を前に伸ばす。
その伸ばした手には、ある物が握られていた。
この冒険者パーティを結成した際に、魔石を研磨して作成した鏃のような首飾りだ
「今日のクエストで確信したよ。私はもう落ち目だ。長いこと冒険者をやってきたがこの辺が私の限界らしい。君達のパーティに私が居ては君達の成長の妨げになりかねない。いや、既になっているか……」
リチャードは首飾りを料理と酒の並べられたテーブルの空いている場所に置くと、引退する理由をツラツラと仲間5人に語りはじめた。
若い5人だ、今後さらなる高みへと登り詰めるだろう。ただしソレは自分が居ては、邪魔者が居ては無し得ない。
「邪魔だ」と長年共に歩んだ5人が言うことは無いだろう、しかし心の中で「邪魔だ」と思われる日は近い。
いや、もしかしたら既に……。
仲間に出ていけと言われるくらいなら、言わせるくらいなら。
「以前から考えてはいたんだ。……私は今日でこのパーティを抜けるよ」
「はあ!? ふざけんなよ! 何勝手に――」
リチャードの突然の言葉に、大剣をリチャードと同じように背もたれに引っ掛けた椅子に座っていた剣士の青年が食って掛かる。
「やめなさいトールス! 彼の人生は彼の物よ、強制は出来ないわ……残念だけどね」
「ありがとうミリアリス。皆、今迄……本当に、ありがとうな」
謝罪の言葉は述べずに、仲間に感謝の言葉だけ伝えて、ある街の冒険者ギルドから一人の男が姿を消した。
リチャードと呼ばれた剣士は仲間に惜しまれながら、冒険者を辞めたのだ。
「ああ、また世界が色褪せて見えてしまうのだろうか」
リチャードは愛用の剣をバッグをそうするように肩に担ぎ、自宅に向かって歩きながらこれまでの事を思い出していた。
リチャードが冒険者になったのは10代半ばの頃。
天賦の剣の才能も、稀有な魔法の才能も、特別魔力が多いなんて事もない普通の少年、それがリチャードだった。
病気の母の薬の為にひたすら鍛え、クエストをこなし、魔物を倒して金を稼いだ青春時代。
だが、母の病気が完治することは無くリチャードが20歳になった頃、母は静かに息を引き取り、続いて母を追うように、魔物を調べる学者だった父親も仕事中の事故で死んでしまった。
その後、冒険者として師事していた男も、亡くなっている。
それからと言うもの、リチャードには自分の世界から色が消えた様に感じていた。
何をしても楽しくない。
視界に映るのは灰色の世界だ。
しかし生きる為に、両親に語った夢の為に、冒険者としてクエストをこなさなければならない。
魔物を殺し、時には盗賊に堕ちた人間を殺す。
そんな事を淡々と数年続けた。戦争も経験した。
それから更に数年たったある日、ある新人パーティに声を掛けられた。
仲間に迎えられ、クエストを共にしていくたび、彼らと共に過ごしていくたびに世界に色が戻っていく。
リチャードはそう感じ、気が付けばあのパーティで十年近く若い彼らに養成所では教えられない現場の機微を色々教えながら共に鍛錬し、様々なクエストをこなした。
最早この街の冒険者で知らぬ者がいない程に成功も収めている。
「ああ……嫁でも探しとくんだったかなあ」
仲間と別れた寂しさを軽口を呟く事で緩和しようとするリチャードの足は自宅の方を向いていた筈だが、何故だろうか。
明日からフリーでクエストも無いと思うと、いつもはしない寄り道でもしてみるかと何かに誘われるようにリチャードは暗く、ジメッとした路地裏へと足を踏み入れた。
光る魔石を中に入れた街灯に照らされた大通りと違い、暗い路地裏はまるで別の街、別の世界のようだ。
ゴミは散らかり、浮浪者が座り込み、ネズミが我が物顔で道路を横切る。
お世辞でも綺麗だとは言えない。
そんな場所に足を踏み入れたリチャードの前に少年か少女か、一見しただけではよく分からないボロ布を着た子供が立ち塞がった。
「アンタ、食いもん持ってるな」
「良い鼻だな、確かに持ってるよ」
「食い物全部置いていけ。そうすれば命は……取らない」
少年か少女かよく分からないボサボサ髪の、十歳くらいだろうか、子供が腰からナイフを抜いて構えた。
粗末なナイフだった。
ナイフというよりは割れた瓶の破片と言うべきか、手に持つ部分に布を巻いただけの粗末なナイフもどき。
そんな物を構えて、子供がベテラン冒険者だったリチャードにジリジリ近付いていく。
「君、両親はどうした? こんな事していると両親が悲しむぞ」
「両親? 知らない……俺を捨てた奴らの事なんて知るもんか!」
逆鱗に触れたか、ナイフもどきを構えてリチャードに向かって駆け出した子供が腕を伸ばす。
殺意を持って刺そうとしているのだ。
年端も行かぬ子供が。細い腕を精一杯伸ばして。
「踏み込みは悪くない、が、直接的に過ぎるな」
数々の魔物や盗賊と渡り合って来た冒険者が弱った子供に遅れなど取るはずもない。
リチャードはナイフもどきを避けると反射的に側頭部に一撃、デコピンを子供に食らわせた。
少しばかりお仕置きすれば退散する。
そう思って、デコピンを食らわせたリチャードだったが、ベテラン冒険者のデコピンは子供の脳を揺らし、意識を切り離してしまった。
「む、しまった。強すぎたか」
ナイフを落とし、前のめりに倒れそうになる子供の体を咄嗟に支えたリチャードはその子供の軽さと細さに驚く。
「こんな体で、それでも君は生きる為に……」
リチャードは子供を抱え上げた。
本来なら関わるべきではない。
しかし、こんな場所に置き去りにするのも気が引ける、何よりも既に関わってしまっている。
衛兵を呼ぶのも手ではあるが、この状況、人攫いに間違われるのは自分では? しかも暴行容疑付きだ。
そんな事を考えたリチャードは思案の末一つの答えに辿り着く。
「しばらく、面倒をみてみるか」
呟いたリチャードは子供を抱え、そのまま路地裏を後にし、今度こそ自宅へと脇目も振らずに向かったのだった。