【コミカライズ】殿下にキスされたら、隠れた才能が開花しました
「一……二……」
静かな王宮の中庭に、私のカウントが響く。声を掠れさせ、息も絶え絶えになりながらも、私は頭の後ろに当てた手に力を込めた。
「三……」
「……ねえ、オルテンシア」
足元から声がする。私は「四……」と言いながら、立ててある折り曲げた膝に胸を預ける形で小休止した。
「何ですか……ブランカ様」
額の汗を拭いながら尋ねると、婚約者の困惑した顔がすぐそこにあった。
「どうして君は腹筋を鍛えてるの?」
ブランカ様は私の足首を支える役を担ってくれていたものの、何故自分の恋人が急に筋トレに目覚めたのか理解できなかったらしい。地面に寝そべった状態で一生懸命に上体を起こす私に対し、ずっと物珍しそうな目線を向けていた。
「決まってます!」
息を整え終えた私は、再びトレーニングに戻る。
「私の魔力を強くするためです! これで今度の建国記念日の舞踏会までには、私も立派な花を咲かせられますよ!」
****
この国の女性の間では、魔力を花の形で具現化させ、それで身を飾るのが流行っている。でも、魔力の少ない体質の私は、今まで一度も花を作れたことがなかった。
そのせいで、皆に『流行遅れ』とバカにされている。挙げ句、「こうダサくっちゃ、ブランカ王子の婚約者は務まらないわねぇ」なんて陰口まで叩かれる始末だ。
私はブランカ様のことが大好きだった。だから、ただ流行に乗れないだけならまだしも、彼の婚約者にふさわしくないと揶揄されるのは我慢できない。
だから魔力増強のためのトレーニングを始めることにしたのだ。目標は、誰もが羨むような素敵な花を作り出せるようになること。それで、皆にブランカ様の婚約者としての威厳を見せつけてやるんだ。
「……事情は分かったけど、それとこの特訓がどう関係あるの?」
今度は腕立て伏せを始めた私に、ブランカ様が質問する。私は「陛下が言っていました」と返事した。
「『どうすれば魔力が強くなるんでしょう……』という私の独り言をたまたま聞いていた陛下が、『筋肉は魔力を呼び寄せるんだぜ!』と言いながら、ご自慢の力こぶを見せてくれたんです」
「脳き……父上がそんなことを……」
失礼なことを言いかけたと気付いたブランカ様が慌てて訂正を入れた。
「父上には悪いけど……それ、関係ないんじゃない? 僕は大して筋肉はないけど、魔力は人並みだし……」
ブランカ様は自分のほっそりとした腕を見つめてため息を吐いた。
ふわりと波打つ金髪と、くりっとした目。手足も華奢で、腰も細い。れっきとした男性でありながら、ブランカ様を一言で現わすなら、『美少女』という言葉が最もふさわしいだろう。
どうやら彼は生まれた時から可愛かったらしい。出産を終えた王妃様が、我が子の白い肌とバラ色の頬を見た途端に、「自分と同じ名前を付ける!」と言って聞かなかったんだとか。
結果的に、ブランカ様は見た目だけでなく名前も女性的になってしまった。そのことは彼にとって大変なコンプレックスのようだ。「父上のようにクマみたいな容姿に生まれたかった……」と愚痴を聞かされたことも一度や二度ではなかった。
「私……は……そのままのブランカ様で……いいと思いますよ……」
腕立て伏せをしながら私は婚約者を慰める。お世辞などではなく本心だ。
「可愛いって……素敵じゃないですか。少なくとも……私みたいな……地味な見た目……よりは」
私はふうふう言いながら自分の容姿を思い浮かべてげんなりとなる。中くらいの身長に、太っても痩せてもいない体付き。顔立ちも平凡で、髪も目も面白みのない黒色だ。
それに比べて、ブランカ様は女装したらかなりの愛らしい姫に変身するに違いない。何ということもない見た目の私としては、羨ましい限りだ。
「地味じゃない。オルテンシアは綺麗だよ」
腕立て伏せをする私を傍らで見つめながら、ブランカ様がむくれた。
「普通が一番だよ。僕は君の見た目、好きだけど」
可愛すぎる容姿に負い目を感じているブランカ様にとっては、特徴のない私の顔かたちの方が憧れなんだろう。彼は昔から、私の見てくれをよく褒めてくれる。
「それを言うなら……私も……ブランカ様の見た目、好きですよ」
腕をプルプルさせながら私は張り合う。腕立て伏せって結構ハードだ。まだ五回くらいしかしていないけど、すでに限界だった。そのまま地面に倒れる。
「だからこそ、好きな人に釣り合うような容姿になりたいんです。魔法の花で着飾ろうと思ったのも、そのためなんですよ?」
私は腕をさする。この分だと、明日は筋肉痛でベッドから動けないかもしれない。
「オルテンシア……」
私の肩をいたわるように撫でながら、ブランカ様が感嘆の声を出す。
「やっぱり僕、君のこと好きだよ」
ブランカ様が私の手を取って甲に口付けてくれた。そんなことをされたのは初めてだったから、私は慌てて跳ね起きる。
「……嫌だった?」
真っ赤になって口をパクパクさせていると、ブランカ様が申し訳なさそうに尋ねてきた。私は「全然!」と、頭が吹っ飛んでしまいそうなくらいの速度で首を横に振る。
「う、嬉しいに決まってるじゃないですか! だって……」
言いかけた私は口を閉ざした。近くの地面から、あるものが生えているのに気が付いたのだ。私は目を見開いた。
「……魔法の花?」
小花が集まって球のような形を作る植物。間違いない。魔力を具現化させた時に咲く花だ。
「これ、ブランカ様が?」
「ううん、僕は何もしてないよ」
ブランカ様は不思議そうに魔法の花の花弁に触れている。
「珍しい色だね。真っ白な魔法の花なんて初めて見たよ」
魔法の花は普通、青系統か赤系統をしている。何でも、魔力の性質によって色が決まるのだとか。
でも、今地面から生えているこの花は、一点の曇りもない白色をしていた。眩しいくらいに綺麗で、新雪のように清らかな色合いだ。ブランカ様の言うとおり、こんな魔法の花は見たことがない。
「ブランカ様が咲かせたんじゃないとすると、私が……?」
私は信じられない気持ちで自分の手のひらを見つめた。
「すごい! トレーニングの成果が早速出たんですね! よし、もっと頑張らないと……!」
生えてきた魔法の花はたった一本だけだったけど、これは大きな進歩だ。やる気がみなぎってきた私は、スクワットやら反復横跳びやらの特訓メニューを次々にこなしていく。
しかし、その内におかしなことに気付いた。一生懸命に筋肉を鍛えているのに、次なる魔法の花が咲く気配が全くなかったのだ。
「な、何で……?」
夕方になる頃には、私の体力は底をついていた。もう指一本だって動かしたくない。力なく地面に寝そべりながら、弱音を吐く。
「もしかして、まだ筋肉が足りない……?」
「うーん……」
体を鍛える私の様子をずっと傍で見ていたブランカ様が腕組みをした。
「やっぱり筋肉は関係なかったってこと……かな?」
「でも、それなら魔法の花が咲いたことをどう説明するんですか?」
私は地面から力強く茎を伸ばす植物を見つめる。
「絶対に筋肉です! 筋肉が私の魔力を増幅させたんです!」
「……だけど、そんなにすぐに筋肉量が増えたりはしないでしょう?」
ブランカ様は魔法の花をプチリと手折った。そして、私の髪に飾ってくれる。
「……似合うね」
ブランカ様は私の髪を一房取ってキスをした。……今日のブランカ様、やたらと大胆じゃない?
なんて照れていたら、近くの地面から、にょきにょきと何かが生えてきた。……白い魔法の花だ! しかも、今度は四本も……?
「これって……」
私はもう動きたくないと思っていたのも忘れ、身を起こした。ブランカ様と顔を見合わせる。
「オルテンシア、多分これは筋肉のお陰じゃないよ」
私の言いたいことを察したように、ブランカ様が口を開く。
「僕、気付いたんだ。花が生えた時、君が何をしていたのか。……って言うよりも、僕と君が何をしていたのか、の方が正しいかもしれないけど」
「ええと……」
何やら意味深な顔になっているブランカ様を見つめながら、私は唸る。
「確かブランカ様とお話ししてて、それで……キスを……」
恥ずかしくなって後は尻すぼみになってしまう。けれど、私は気付いた。魔法の花が生えてきたのは、二回ともブランカ様に口付けられた直後だったんだ。
「私、ブランカ様からキスされると魔力が強くなる……ってことですか?」
「試してみるしかないね」
ブランカ様は私の手を取った。やっぱり照れを覚えてしまうけれど、実験なんだからと自分に言い聞かせて、されるがままになっておく。
ブランカ様の柔らかい唇が私の手の甲に触れた。その瞬間に、私のすぐ傍から白い花が生えてくる。
「やっぱりそうだ」
ブランカ様は得意げだった。
「僕とキスすると、オルテンシアは花を咲かせられるようになるんだね。……ちょっと嬉しいな」
「そう……ですね」
私は熱くなった頬を押さえる。どういう理屈なのかは分からないけど、愛が生み出した奇跡ってことなのかもしれない。何だかロマンチックで、うっとりとなってしまう。
「でも、不思議だね」
ブランカ様は辺りに咲いたたくさんの花を見つめる。
「一度に咲く数がバラバラだなんて。……キスする場所と関係あるのかな?」
そういえば、手にキスされた時は二回とも一本しか花は咲かなかった。でも、髪に口付けられたら四本も咲いたんだっけ。
「……け、検証、してみましょうか?」
私は思いきった提案をしてみる。もう三回もキスされたせいで、羞恥心が少し薄くなっているのかもしれない。
私がそう言うと、待ってましたとばかりにブランカ様がニヤリと笑う。『愛らしい姫』の後ろに隠されていた男性の部分を覗き見たような気がして、私の心臓が大きく跳ねた。
ブランカ様が私を引き寄せ、あちこちにキスを始めた。くすぐったいやら緊張するやらで、私は小さな笑い声を上げてしまう。たまたま庭に立ち寄ったらしい使用人がその姿を見て、顔を真っ赤にしながら慌てて立ち去っていった。
「……こんなところかな」
数十分後、一面花だらけになった地面を見ながら、ブランカ様が満足そうに頷いた。私はヘロヘロになりながら、「いっぱい咲きましたね……」と言う。
私の咲かせた魔法の花は周辺の芝生を覆い尽くしていた。季節外れの雪が積もったような光景だ。
「最高で八本……つま先にキスした時が一番多く咲いたね」
ただ翻弄されていただけの私と違い、ブランカ様は口付けた場所ごとに何本の花が咲いたのかきちんと覚えていたらしい。指を折り曲げながら記憶を辿っている。
「次点は首の辺りの七本かな。でも、まだ試してないところもあるよね。胸とかお尻とか……あっ、変な意味で言ってるんじゃないよ!」
赤くなって思わず手で胸とお尻を隠した私を見て、ブランカ様も赤面した。
「あくまで実験の一環で、っていうこと! ええと、それから……」
ブランカ様は急いで話題を変える。
「唇にも……まだだね」
私はゴクリと生唾を呑み込んだ。実は、ずっとそのことが気に掛かっていたんだ。
だってブランカ様、頬とかおでことか鼻には口付けたけど、唇は素通りしていったから。
「……してみる?」
ブランカ様が熱のこもった目で見てくる。私は息が荒くなっていくのを感じていた。
「……それも……実験の一環ですか?」
「ええと……」
ブランカ様の目が泳ぐ。どう返すのが正解か考えているみたいだ。
「そうだけど……違うっていうか……」
ちょっと前まで見せていた雄々しさはどこへやら。モジモジしだした今のブランカ様は、照れ屋な姫にしか見えなかった。
でも、こんな表情も魅力的だ。今日はブランカ様の色んな一面が見れたような気がして、私は楽しくなってくる。
唇にキスしなかったのも、その行為を『実験』なんて無味乾燥な言葉で終わらせたくなかったからだろう。そんな配慮をしてくれたブランカ様が、私はいっそう愛おしくなってくる。
「……いいですよ」
私は目を閉じて顔を上げた。
「やってみましょう?」
ブランカ様が息を呑む音が聞こえてくる。けれど、彼が迷ったのは一瞬だけだった。すぐに私の唇に、何か柔らかいものが当たる感触がする。
人生で初めてのキスに、私は高揚感を覚えながら目を開いた。すぐ近くにあったブランカ様の顔を見つめながら、恍惚として微笑む。
「……見て」
ブランカ様も頬を染めながら向こうの方を指差す。魔法の花畑はさらに広がっていた。
「十本……いや、二十本くらいは増えてるね」
ブランカ様が感心したように笑った。
「君ってすごいよ。これだけあったら、身を飾る花には困らないね。舞踏会の主役はいただきだ」
ああ、そういえば私、建国記念の舞踏会のために花を作る特訓をしてたんだった。ブランカ様とのキスに夢中になるあまり、肝心の目的を忘れてしまっていた。
「……僕とオルテンシアが一緒に咲かせた花だ」
ブランカ様の声も弾んでいる。
「きっと皆の目はオルテンシアに釘付けになるよ。こんなにたくさんの花を装飾に使ってる人なんか、見たことないんだから」
「……はい」
私とブランカ様の愛の力を見せつけることができる。そう考えただけで、私も自然と笑みがこぼれてきた。
****
そして迎えた建国記念日。真っ黒な衣裳に身を包んだ私は、舞踏会の開始時刻の直前にブランカ様の控え室に足を運んだ。
「……じゃあ、いくよ?」
夜会服を着たブランカ様が、私の手や頬に口付ける。その度に魔法の花が床から生えてきて、あっという間に辺りが白く染まった。
ブランカ様と私はその花を手折っていく。そして、二人で私の髪やドレスに飾り付けた。他の人の手を借りないで行うその作業は、秘密の儀式めいていてドキドキしてしまう。
「……よし、完成」
十分もする頃には、私はこの部屋に入ってきた時とはすっかり様変わりしていた。鏡に映った自分の姿を見て、感激でぼうっとなってしまう。
「……素敵、ですね」
自分でこんなことを言うのはおかしいかもしれないけど、それ以外には表現のしようがなかった。
私は髪も目も真っ黒だ。これまではそういう華やかさに欠ける容姿が嫌で仕方なかったけど、今回に限ってはこの見た目でよかったと心から思えてくる。だってその黒色が、魔法の花の汚れのない白さを引き立たせているんだから。
黒くて飾りの少ないドレスを選んだのも同じ理由だったけど、狙い通りの結果になった。肩や胸元、それに手首に飾った魔法の花がよく目立っている。
「いつも綺麗だけど、今日の君は最高だよ」
ブランカ様の顔が輝く。
「早く舞踏会、始まらないかな? 僕と作った花で着飾ったオルテンシアの姿、早く皆に見せてあげたいよ」
ブランカ様の願いに応えるように、舞踏会の始まりを知らせる鐘が鳴り響く。私はウキウキした気分でブランカ様と腕を組んで部屋の外に出た。
今まで私を『流行遅れ』なんて笑っていた人たちがこの姿を見たら、どんな反応をするだろう? もしかしたら、私とブランカ様の仲の良さに妬いてしまうかも。
そんなことを考えると、愉快でたまらない。「ブランカ王子とオルテンシア嬢、ご到着」と係の者が宣言する声を聞きながら、私とブランカ様はたくさんの招待客で賑わう大広間に足を踏み入れた。
堂々と胸を張って歩く私とブランカ様を皆が見つめている気がする。私は辺りの女性たちにそれとなく目をやった。皆、魔法の花で身を飾っている。
でも、彼女たちがつけている花は、せいぜい三つか四つくらいだ。それも、青や赤の似たり寄ったりの色ばかり。
それに引き換え、私は髪にも服にもふんだんに花をあしらっている。しかも、珍しい白色の花だ。私は誇らしくなって、ますます背筋をしゃんと伸ばした。
「……オルテンシアさん。その格好、どうなさったの?」
近くにいた集団の中から、一人の貴婦人が声をかけてきた。私は余裕たっぷりに「いいでしょう?」と返す。
「今日のために特別にあつらえたんですよ? 舞踏会にぴったりでしょう?」
「……そ、そうかしら?」
私は自信満々に言ったんだけど、貴婦人は扇で口元を隠しながら眉根を寄せた。
「何て言うか……舞踏会よりもお葬式に着ていく衣裳って感じよ」
「ええ、そうよね」
「黒で飾りもついてないなんて、喪服みたいじゃない!」
辺りにいた女性たちが、それぞれ賛同を示す。私はポカンとなった。
「皆、何を言ってるんですか? 私はちゃんと魔法の花で着飾って……」
「魔法の花? そんなもの、どこにもないじゃない」
女性たちは私の頭のてっぺんからつま先まで眺め回す。でも、誰一人魔法の花を発見できた者はいなかったようだ。
「そ、そんな……」
何かが変だ。もしかして、皆私のつけている花が素晴らしすぎて嫉妬しちゃったの? だから、わざとおかしなことを言ってるのかしら?
でも、別に意地悪をしているわけではないらしいとすぐに気付いた。周囲の人は皆、知らん顔して私の前を通り過ぎていくから。
真っ白の魔法の花なんて変わったものが目の前にあったら、二度見する人くらいいそうなものなのに。
「……行こう、オルテンシア」
やっぱり流行遅れねとか、おかしなセンスの子だわとか、女性たちの忍び笑いが聞こえてくる中、ブランカ様が私を強く引っ張った。舞踏会の会場を出て、人気のない庭の東屋へ入る。
「ブランカ様……あれって一体……」
私は混乱する頭を静めようと額に手をやった。髪や服にも触れてみるけど、ちゃんと魔法の花はついている。
「多分、皆には見えてないんだよ」
ブランカ様はうなだれた。
「これは特殊な条件下で咲いた花だった。だから、誰にでも知覚できるわけじゃないんだと思う」
「……つまり、私とブランカ様以外には見えないんですか?」
「……その可能性が高いだろうね」
私は衝撃を受ける。せっかくブランカ様の婚約者にふさわしい姿を皆に見せるチャンスだったのに、これじゃあ計画が台無しだ。
ショックを受ける私を見ながら、ブランカ様が「ごめんね」と小さく呟いた。
「僕……オルテンシアの役に立ちたかったのに……。それなのに、ぬか喜びさせちゃって……」
「……私の役に?」
「……うん。オルテンシア、僕の容姿を褒めてくれたでしょう? 僕は自分の女の子みたいな見た目は好きになれないけど……大好きなオルテンシアがそれでもいいって言ってくれたのは嬉しかった。だから、お返しをしたいなって……」
だから、全く意味のなかった筋トレとか、魔法の花を出す実験にも積極的に付き合ってくれていたのか。
特に実験に関しては、私とキスしたいっていう下心だけの行為じゃなかったと分かって、意外に思ってしまう。
「本当にごめんね、僕、役立たずで……。でも……嫌いにならないで……」
ブランカ様が潤んだ目で私を見つめる。まるで捨てられた子犬だ。突き放すなんて到底できそうもない。
けれど、そんな同情心とは無関係に、私の頭の中にブランカ様と行った『実験』の数々が蘇ってくる。
ブランカ様と密な時間を過ごせたこと、私はとても嬉しかった。確かに恥ずかしかったけど、大切な思い出だ。ここでブランカ様を役立たず扱いしたら、あの出来事は全部、無価値なものだったということになってしまう。
そんなの絶対に嫌だった。
「……好きですよ、ブランカ様」
私はブランカ様の頬に手を添えて、自分から彼に口付けた。足元に真っ白な魔法の花がいくつも咲く。
「……オルテンシア?」
ブランカ様が瞠目した。私は勝ち気に笑う。
「別にいいです。皆に魔法の花を見てもらえなくても。だって、ブランカ様には見えてるんでしょう?」
私の本当の望みは、皆に魔法の花を見せびらかすことじゃない。ただ、ブランカ様の婚約者としてふさわしい姿になりたかっただけだ。
だったら、ブランカ様には私の魔法の花が見えて、かつ、それで着飾ったところを『素敵』と表現してもらえた時点で、もう願いなんて叶ったも同然だった。
その他大勢に認められたって、好きな人が振り向いてくれなかったら意味がない。私にとって一番大事なのは、ブランカ様が私をどう思っているのかの方だった。
私は足元に咲いた魔法の花を見つめる。
「こんなに綺麗なものを二人占めできるんですよ? これ以上に素晴らしいことってありますか?」
「オルテンシア……」
ブランカ様は泣き笑いのような表情を浮かべた。
「君の言うとおりだね」
今度はブランカ様の方から私の唇にキスを落とした。一度や二度ではなく、何度も、何度も。
その度に周囲は白い花でいっぱいになっていく。二人にしか見えない恋の花。その秘密の花園の中心で、私たちはいつまでも甘い時間を過ごしていた。