交差点が一つもない街
この街には交差点がありません。
大きな丸い道路が一つあるだけ。
道路沿いには生活するのに必要な施設が全て揃っています。
学校、病院、スーパーマーケット、娯楽施設など。
もちろん水道も電気も通っています。
足りない物なんて一つもない。
この街から出て行く必要なんてないんです。
「ねぇ……本当に出て行くの?」
マリアが尋ねる。
「ああ、僕はもう決めたんだ。
この街を出て自由になる」
エリックはそう答えて野球帽のつばをいじる。
僕の目の前には地平線の彼方まで青い草原が続いている。
たなびく草が風の存在を教えてくれた。
「今度一緒に映画を見ようって言ったのに……」
「ごめんな、その約束は果たせそうにないよ」
「……そっか」
マリアは寂しそうに俯く。
「じゃぁ、僕は行くから」
「いつでも帰って来てねー!」
遠くへ去っていくエリックの背中に大声で呼びかけるマリア。
彼女の心情を思うと、ちょっとだけ苦しくなる。
「行って……しまったか」
「あっ、お父さん」
マリアの父はそっと娘の肩に手を置いて慰める。
「いつかはこんな日が来ると思っていた。
男だったら一度は旅をしたくなる……うん?」
遠くから一台のバスが草原を走って来るのを見つけた。
フレームがひしゃげて窓が割れている。
黄色い塗装も剥げてボロボロ。
「すっ、すみません!」
バスから降りて来た男が救いを求めるような顔で駆け寄ってくる。
「ここが交差点のない街ですか⁉」
「ああ、そうだが?」
「やっ――やったぁ! ついに見つけた!
おおいっ! みんなぁ! ついたぞ!」
男が呼びかけると、バスの中からみすぼらしい格好の人々が下りてくる。
「もしかして移住希望者ですか?」
「ええ、そうです……受け入れてもらえますか?」
懇願するような表情で言う男に、マリアの父は笑顔で右手を差し出す。
「もちろん! 歓迎しますよ!
ようこそ交差点のない街へ!
決して変わることのないありふれた日常が、
アナタたちを待っています!」
「よっ……よかったぁ」
男は力なくその場に座り込んでしまう。
バスに乗っていた移住者たちは、どうやらとてもお腹がすいていたようだ。
僕の中に入って街の皆から歓迎を受けて、沢山ごはんを食べて元気になった。
そう……僕の中にいれば、決して苦しまなくて済む。
道路が一本しかない街。
僕は街に住む皆を全ての嫌なことから解放する。
疫病も、戦争も、貧困も、差別もない。
平和で優しい世界。
僕の中にはそれがある。




