第5話 外の世界 前編
前回のあらすじ
リアの下を旅立った
『イフの大迷宮』の外へと出ると、太陽の光が容赦なく俺の身体を照りつける。
俺は片手で日陰を作り、目が太陽の光に慣れるのを待つ。
目が外の光に慣れた頃合いに、俺は手を下げて目の前の光景に目を向ける。
『イフの大迷宮』は人里から遠く離れた場所にあり、入口は標高の低い岩山の頂上にある。
そして岩山の周りには、青々と生い茂った森が広がっていた。
ここから見える景色は、十年前とほとんど変化していなかった。
俺は羽織っている漆黒のマントのフードを目深に被る。
このマントは、俺が深層でアビスドラゴンと呼ばれるドラゴン型の魔物の頂点の片割れを討伐した際、その鱗を使ってリアがマントに仕立て上げてくれた。
防具としてもとても優秀で、耐物理・耐魔法性能が極めて高い。
その性能は、俺が知っている限り最大威力を誇る魔法を命中させても、傷の一つもつかなかったことからも分かる。
そしてもう一つ、リアはアビスドラゴンの骨から一本の長剣も造ってくれた。
『クライムシン』が復讐のための武器なら、こっちは常用する武器だ。
素材は骨なのに、金属並みの硬さがある。それでいて軽い。
普段使いする分には、何の問題もなかった。
なので『クライムシン』は魔法袋の中に仕舞っていて、腰には鞘に納めた件の剣を吊り下げていた。
「さて……行くか」
十年も経っていれば、世間の様子は様変わりしている。
そう思い、記憶を頼りにここから近い人里へと向かった―――。
◇◇◇◇◇
「ハァ……ハァ……」
黒衣の暗殺者のような格好をした少年が、木の幹に背中を預けて荒い呼吸を繰り返している。
いや……少し語弊がある。
暗殺者のような、ではなく、本当に暗殺者だった。
そしてその暗殺者の身体は、起伏は乏しいが丸みを帯びた線を描いていた。
暗殺者は格好や起伏の乏しい体躯から少年と誤解されているが、れっきとした少女だった。
暗殺者の少年改め少女は、木の幹に背中を預け負傷を負った左腕を庇いながら背後を窺う。
彼女の視線の先には、大きな二本の牙を有したトラ型の魔物、サーベルタイガーが少女の行方を追うように徘徊していた。その数は五体。
少女はとある依頼主から依頼を受けた。
その内容は国の要人の暗殺だったが……失敗した。
そして撤退した先で、口封じとばかりに五体のサーベルタイガーが待ち構えていた。
最初は善戦していた少女だったが、負傷を負いジリ貧だと悟ると、脇目も振らずに森の中にその身を隠した。
そして今に至る。
「……武器は……」
少女は周囲の警戒を怠ることなく、自身の兵装のチェックを行う。
太腿に巻き付けていたホルダーには、左右合わせて合計十二本の短剣が納められていたが、今では右に二本、左に一本しかなかった。
そしてそれが、今現在の少女の全兵装だった。
少女は回復魔法で左腕を応急処置をすると、左手でゆっくりと短剣を引き抜く。
しかしその際左腕に激痛が走り、短剣を取り零してしまい、カランと乾いた音が響く。
その音を聞き付け、サーベルタイガー達が一斉に少女の方を振り向く。
「くっ……!」
少女が木陰から飛び出すのと、サーベルタイガー達が少女に向かって動き出すのはほぼ同時だった。
少女は木の間を縫うように不規則な軌道で逃げ惑うが、サーベルタイガーの敏捷性の方が上だった。
サーベルタイガーの内の一体が、少女目掛けて飛び掛かる。
「このぉ!!」
少女は苦し紛れに、短剣をサーベルタイガー目掛けて投擲する。
それはサーベルタイガーの左目に命中し、サーベルタイガーが悲鳴を上げる。
しかしこの攻撃によって、少女の持つ短剣は残り一本となってしまった。
残る四体のサーベルタイガーは、負傷を負った仲間を無視するように少女へと迫り来る。
その内の一体が、大きく口を開けて少女に飛び掛かる。
少女は魔法を放とうとしたが、足下に伸びていた木の根に足を取られ、体勢を崩す。
そして幸運にも、サーベルタイガーの攻撃を回避することが出来た。
しかし、絶体絶命のピンチであることに変わりはなかった。
「くっ……!」
自分を取り囲むサーベルタイガーに食い殺されるくらいなら、自害した方がマシと思い、少女は短剣の切っ先を自分の喉元へと突き立てる。
そしてそのまま短剣を突き刺――さなかった。
「えっ……?」
少女は年相応の、可愛らしい声を上げる。
今まさに少女を取り囲んでいたサーベルタイガー達が、地面から伸びた氷の杭によって串刺しにされたからだ。
「大丈夫か?」
すると木陰から、漆黒のマントを羽織った正体不明の男が現れた―――。
長くなりそうだったので分割しました。
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