第4話 十年後
前回のあらすじ
エドは『魔神』の力を得ていた
十年後。
僕は……いや、俺は、リアから譲り受けた万能兵装『クライムシン』を用いて、深層に棲息する魔物達を次々と屠っていく。
長剣を振り下ろし、大剣をブン回し、槍で魔物の急所を突く。
大鎌で刈り、戦斧で叩き折り、槌で粉砕し、錫杖で過剰火力の魔法を魔物に叩き込む。
そんなことを繰り返している内に、俺の周りから魔物達の姿が消え去った。
リアの指導のお陰か、今ではたった一人で深層の魔物達を複数相手取れるまでに成長した。
ちなみに深層の魔物の強さは、一番弱い魔物でも一匹でそこそこの大きさの町を滅ぼせるだけの力がある。
それと『魔神』になった影響からか、俺の髪の色は黒から白へと変色し、瞳の色も青から赤へと変わっていた。
それから、口調も少し変えていた。
これから復讐をしようってのに、口調でエドだとバレたら元も子もないからだ。
俺は辺りをもう一度確認する。
魔物の気配はないようだ。
「……戻るか」
そう呟き、俺はリアの待つ家へと戻って行った―――。
◇◇◇◇◇
ガチャリと無言で玄関の扉を開けて、中に入る。
すると、鼻腔をくすぐる良い匂いが漂ってきた。
俺は匂いに誘われるように、その出所へと向かう。
リビングに隣接しているキッチンでは、リアがよく分からない鼻歌を歌いながら料理をしていた。
リアは俺の姿を確認すると、パタパタと俺の近くへと駆け寄ってくる。
「お帰りなさい、エド」
「ああ、今戻った」
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
リアはそう言いながら、ペタペタと俺の身体をまさぐってくる。
多少過保護な気がしないでもないが、出逢いが出逢いだったからなあ……。
今更止めろと言っても聞かない気がしたので、俺は半ば諦めて彼女のしたいようにさせていた。
そのスキンシップも、今日で終わるけど……。
「リア」
俺はとても真剣な表情を浮かべながら、文字通り命の恩人の名前を呼ぶ。
その雰囲気で真面目な話だと察したのか、リアは俺の身体から手を離して俺の顔を真っ直ぐに見つめてくる。
「何、エド?」
「俺は明日、ここを出ていく」
「……っ!」
俺の突然の告白に、リアは目を見開く。
だけどそれも一瞬のことで、リアはいつもの優しさを感じさせる笑みを浮かべる。
「そうなんだ……寂しくなるね」
「ああ」
空元気なのは分かりきっていたけど、俺はあえてそれを無視する。
リアもたぶん、別れを惜しんで欲しいとは思っていないだろうから。
出逢いが突然だったなら、別れも突然であるべきだ。
「それじゃあ、今日の夜ご飯がぼくと一緒に食べる最後の晩餐?」
「そうなるな」
「もうすぐご飯が完成しちゃうけど……」
「別にいつも通りで構わない」
「そっか……それじゃあご飯が出来上がるまで、リビングでゆっくりしてて」
リアはそう言うと、パタパタとキッチンへと戻って行く。
俺はリアの言い付け通り、リビングにあるソファーに座り料理の完成を待っていた―――。
◇◇◇◇◇
ぼくは人間が嫌いだ。
孤児だったぼくを体のいい実験体としてしか見てなかったのもそうだし、『魔神』となってからは、ぼくの力を得たいという欲の皮を被った権力者やその手の人達がこぞってぼくの下へとやって来た。
そんな人間の負の面ばかりを見せ続けられて、ぼくは人間嫌いになった。
だから世間との関係を完全に絶つために、『イフの大迷宮』の深層に住み着いた。
ここなら、よほどのことがない限り人間なんてやって来ないからだ。
そんなぼくでも、気を許せる人間がいたことも確かだった。
ぼくと同じく実験体だった『魔神』の残り二人は、実の姉妹よりも固い絆で結ばれていたし、一時期ぼくが身を寄せていた、『魔神』だと正体を明かしても変わらず孫娘のように接してくれていた老夫婦もそうだ。
そして――仲間に裏切られたと言っていた、エド。
エドを助けたのは本当に気紛れだった。
今にも死にそうだったから、ぼくはほぼ失敗すると分かっていても、エドにぼくの『魔神』の血を分け与えた。
結果は――エドはぼくの血をモノにして、四人目の『魔神』となって一命をとりとめた。
これはぼくも完全に予想外だった。
だからエドには、ぼくの血を飲ませちゃったことや『魔神』にしてしまったことを打ち明けた。
勝手に人外にされて、ぼくに八つ当たりで暴行するのも、怒りの捌け口としてぼくを犯すのも致し方のないことだと覚悟していた。
だけど、エドの口から返ってきたのは感謝の言葉だった。
「復讐に役立つから」と、むしろ喜んでいる節さえあった。
それからの日々は、今までの人生の中でとても充実していた。
エドに『クライムシン』の使い方を教えたり、『魔神』の力の詳細なども教え込んだ。
そんな、エドとの充実した日々を送る中で、ぼくの中である想いが日毎に大きくなっていっていた。
だけどその気持ちはエドの足枷になってしまうことも理解していたから、その気持ちを決して表に出さないようにと、ぼくは必死で抑え込んでいた―――。
◇◇◇◇◇
「んっ…………」
ぼくは身動ぎをして、ゆっくりと目を開ける。
それから軽く伸びをして、ベッドから起き上がる。
そして身支度を整える。
……エドと一緒に食べる最後の朝ご飯だから、ちょっと豪華にしようかな……。
そんなことを思いながら自室から廊下に出ると、不気味なほど静かなことに気付いた。
人の気配が……というより、この家に染み付いたエドの気配というものがすごく希薄だった。
ぼくは嫌な予感がしつつも、逸る気持ちをなんとか抑えてエドに宛がった部屋へと向かう。
エドの部屋に向かう間も、彼の気配は何処にも感じられなかった。
そしてエドの部屋の前へとやって来て、震える手でドアを軽くノックする。
返事は返ってこない。
「エド……? いるの……?」
ぼくはドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開ける。
そして目の前の光景に、頭が真っ白になる。
エドの部屋だった場所は、まるで初めからエドなんていう人間がいなかったかのように、もぬけの殻だった。
エドがこの部屋で寝起きしていたという痕跡すら見当たらない。
その光景に、ぼくはペタンとその場に腰を落とす。
それと無意識の内に、ぼくの両目から涙が溢れ出してきた。
「うっ……ううう…………」
張り裂けそうになる胸を押さえながら、ぼくは嗚咽を零す。
ポタポタと滴り落ちる涙が、床に染みを作っていく。
……こんなことなら、もっと早くに……。
そう後悔するけど、今となっては後の祭りだ。
「エド……。ぼくは、エドのことが……大好き、だったよ……」
誰もいない部屋の入口で、ぼくは初めて好きになった男の子に告白した―――。
◇◇◇◇◇
「……ん?」
誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返るけど、誰もいない。
……気のせいか。
そう結論付けて、俺は再び足を動かし始める。
リアの家は、リアが寝静まった頃合いを見計らって出立していた。
本当は今までのお礼を言ってから出立したかったけど、リアとの生活は居心地が良過ぎたから、後ろ髪を引かれるくらいの方がかえって気が楽だった。
時間的にそろそろリアが起きてくるけど、きっと俺の部屋がもぬけの殻で驚くんだろうなあ……。
そんなことを思いながら歩いていると、『イフの大迷宮』の入口が見えてきた。
「長かったなあ……」
本当に長かった。
十年はさすがに長過ぎた。
だけど、俺の目的を果たすための力を手に入れるという点では、むしろ短いとすら感じる。
そして俺は、俺を裏切った三人に復讐を果たすために、十年振りに『イフの大迷宮』の外へと足を踏み出した―――。
エドは新しい一歩を踏み出しました。
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