第1話 裏切り
新作です!
ずっと書きたいと思っていた作品なので、ほんのちょっぴりだけ他作品よりも力の入れ具合が違うかもしれません。
ですが、少しでも読者の皆様に楽しんでいただけたらいいなと思ってます!
世界最大にして最高難易度のダンジョン、「イフの大迷宮」。
その最下層で僕―エドは、仲間達と共に魔物と交戦していた。
僕達が交戦している魔物はリビングドラゴンと呼ばれる、ゾンビ化したドラゴンだった。
ゾンビ化の影響で理性を喪っており、あらゆる生物が無意識の内に掛けている身体能力のセーブ機能も働いていない。
なので本能の赴くまま、白濁した眼球に映るモノ全てに全力で襲い掛かる。
しかし……そんな危険な魔物も、僕達の相手ではない。
「オラアアアアアアッ!!」
燃えるように赤い髪を短く刈り込んだ剣士が、雄叫びを上げながら身の丈ほどもある大剣を振り回す。
剣士の名はグラン。
僕達のパーティーの頼れる斬り込み隊長だ。
グランの振るった斬戟が、リビングドラゴンの右前足にヒットする。
しかし斬り込みが浅く、リビングドラゴンはその傷を物ともせずに横薙ぎに振るう。
大剣を振り下ろした状態のグランは防御体勢を取ることが出来ない。
そして一瞬後にグランの身体はリビングドラゴンの爪に切り裂かれ――なかった。
ガッキィィィンッ! と耳をつんざくような音が、グランとリビングドラゴンの間から発生する。
その隙間には、全身を鎧で覆った人物が大盾でリビングドラゴンの攻撃を防いでいた。
鎧の人物の名はギルフォード。
海のように青い髪をした、世界最「硬」と謳われる騎士だった。
「《ファイアアロー》!」
ギルフォード―ギルがリビングドラゴンの足を抑えている隙に、僕は杖の先端でリビングドラゴンの頭に狙いを定めて、百を優に越えるほどの本数の炎の矢を放つ。
炎の矢は全て過たずドラゴンの頭に命中し、リビングドラゴンは悲鳴を上げる。
僕のジョブは魔法使いで、世間一般では「『虹』の魔法使い」と呼ばれている。
その由来は、僕がほぼ全ての魔法が使えるからだ。
一般的な魔法使いが全種類の魔法の内、半分使えれば優秀とされる中で、僕は九十九パーセントを完全に修得している。
残りの一パーセントは、種族的な問題で使えない魔法だけだった。
「今だ!!」
炎の矢を受けてリビングドラゴンが怯んだ隙に、僕はこのパーティーのリーダーでありエースでもある存在に向かって、大声で叫ぶ。
「はああああああああっ!!」
金色の髪を靡かせ、リーダーは光輝く剣をおもいっきり振り下ろす。
リーダーとリビングドラゴンの間には結構な距離があり、お世辞にも剣の間合いとは言えない。
だけど振り下ろした剣から一条の光が放たれ、その光の刃がリビングドラゴンを左右に真っ二つに斬り裂く。
そしてリビングドラゴンは、正中線から左右にぱっくりと割れ、地面へと倒れ伏した。
リビングドラゴンにトドメを刺した、我らがリーダーの名はルナセール。
星剣スターライトに認められた、この世界唯一無二の存在たる勇者だった。
この男四人に、今日は一緒に来ていないこのパーティーの紅一点で僕の恋人でもあり、聖女の異名を戴くメルシアを加えた五人でパーティーを組んでいる。
そして世間からは、「勇者パーティー」と呼ばれていた。
倒れたリビングドラゴンの周りに集まり、お互いに拳を突き合わせる。
「お疲れ。やっぱりルナセールの星剣はすごいね」
「何を言うんだ。エドが魔法でリビングドラゴンを怯ませてくれたから、私は全力で星剣を放てたんだ」
ルナセールはキザったらしい笑みを浮かべながらそう言う。
嫌味な態度や台詞になりかねないけど、彼の見る人に爽やかな印象を与える雰囲気がそれを打ち消している。
「ああ。エドの魔法は世界一だな」
「……うん。ボクもそう思うよ」
ルナセールだけでなく、グランとギルも僕を煽ててくる。
「どうしたんだよ、急に? 煽てても何も出ないよ?」
「それは……こういうことだ」
ルナセールはそう言うと、ガシャンと僕の手首に何かを嵌める。
見やると、僕の両手首には魔法の発動を封じる枷が嵌められていた。
この枷は主に、奴隷や重犯罪者に嵌められる代物だ。
冗談や悪ふざけで用いていい物じゃない。
「え……? ルナセール、いったい何の冗談だよ?」
ふらふらと浮浪者のような足取りでルナセールに近付くが、彼の前にグランとギルが立ち塞がる。
「それ以上ルナセールに近付くな」
「……近付いたら、その場で斬るよ」
二人共自らの得物を構えながら、鋭い眼差しを僕に向けてくる。
「何なんだよ……いったい何なんだよ!? 説明してくれよ!?」
「説明、か……」
ややヒステリックにそう叫ぶと、ルナセールが二人を押し退けて僕に近付く。
そして底冷えするほどの冷酷な眼差しを僕に向けてくる。
「そうだな……エドの存在が目障りになってきたからだ」
「目障り……? 僕が?」
そう聞き返すと、ルナセールは静かに頷く。
「そうだ。お前は勇者であるこの私よりも民衆人気が高い。中には、お前こそが勇者に相応しいと宣う者も出てくる始末だ」
「そんな……それだけのことで?」
「それは理由の一つだ。もう一つの理由は……お前がメルシアと交際していることだ。私にはそれが許せない。メルシアは……聖女は勇者の隣にいるべき存在だ。何処にでもいるような魔法使いの隣にいていいハズがない」
「そんな……メルシアを物みたいに!」
ルナセールの物言いに僕は激昂するけど、彼はいたって冷静だった。
「それは認識の違いだな。私はメルシアをこの世の誰よりも愛している。愛を告げようとしたのに……お前がっ!!」
ルナセールは突然激怒すると、僕の腹をおもいっきり蹴りつける。その拍子に僕の手から杖が離れ、地面を転がる。
勇者の脚力は馬鹿にならず、そのまま吹き飛ばされて地面を何回かバウンドする。
そして深層へと至る大穴の縁で、なんとか止まる。
僕達が今いるのは最下層だけど、一番下の階層じゃない。
最下層の下には深層と呼ばれる、人類未踏の階層が存在する。
「げほっ……ごほっ……」
閑話休題。
僕は身体を丸め、患部を押さえながら咳き込む。
そんな僕に、三人が近付いてくる。
「お前が先にメルシアに愛を告げたから、メルシアは私に振り向かなかった! 私は天に……星剣に選ばれた勇者だぞ! 聖女如きに選ばれないなど、そんなことがあっていいハズがないっ!!」
要は、僕が先にメルシアに告白したことが許せないのだろう。
本当は逆だけど、それを告げたところで火に油を注ぐ事態にしかならない。
「……ルナセールの言い分は分かった。だけど……グラン、ギルフォード。何で君達もルナセールに協力してる?」
なんとか上体を起こしながら、ルナセールの後ろに控える二人にそう声を掛ける。
すると二人共、本当に僕が知る二人と同一人物なのか? と疑問に思うくらいに、我欲に満ちた厭らしい笑みを浮かべる。
「オレはお前の財産が欲しいだけさ。たんまりと溜め込んでるんだろう? オレが有効活用してやるよ、ギャハハハハハハハ!」
「……ボクはキミが所有する屋敷が欲しいだけさ。ボクの屋敷は小さいし、キミの屋敷はルナセールに匹敵するほどだろう? そんな屋敷に住みたいと前から思っていたんだよ」
……僕が良く知る、苦楽を共にした戦友は、もうこの世にはいないようだ。
絶望の淵に立っていると、ルナセールが僕に向かって言う。
「ああ……お前が心配しなくとも、メルシアは幸せにしてやるさ。この私が、な。だから――お前は、消えろ」
そう言うと、ルナセールは風魔法で突風を発動させる。
その突風に煽られ、僕の身体は宙を漂う。
そしてそのまま重力に引かれるように、大穴を真っ逆さまに落ちていく。
こうして。
「『虹』の魔法使い」と謳われた僕の人生は、幕を降ろした―――。
初回から主人公死亡。
めでたしめでたし(?)。
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