プロローグ【蕎麦屋で告白】
「ちょっと良いか、眞鍋?」
仕事の最中、同僚の馬路琉斗がパソコンのキーボードを叩きながら眞鍋達人に問い掛ける。
眞鍋もまた彼ではなく、パソコンとにらみ合いながら、納期間際の資料製作作業を行いつつ、馬路に「なんだ?」と返事をする。
「何か問題でもあったか?」
「いや、そんなんじゃないんだが、少し悩みがあってな?」
「お前が俺に仕事以外で悩み事なんて珍しいな?
とりあえず、この作業が一段落してからでも良いか?」
「ああ。問題ない。こっちも取引先との書類が完成間際だしな」
二人はそう話し合うと黙々と各々の仕事に専念する。
いまの会話からも解るとは思うが、この眞鍋達人と馬路琉斗は社畜と呼ばれる部類の人間であった。
二人が会社に貢献してから十年以上にもなる。
昇進の話などは未だにないが、転職などと云うモノも考えた事のないが、二人は仕事に各々のやりがいを見出だしていた。
故に一人、また一人と同期の人間が辞めていく中、二人は長期的に仕事を続ける事に成功したのである。
そんな眞鍋が資料の上書き保存をすると一息吐いてから、相方の仕事が終わるのを待つ。
「こっちは終わったぞ」
「そうか。こっちも・・・これで良しと」
馬路も作業を終え、背筋を伸ばすと二人して、休憩に入る。
この会社では基本的に昼休憩と云うものが存在しない。
その代わりに報告をすれば、いつでも休憩に入る事が出来る。
休憩は基本的に一時間であるが、長時間の残業が存在する場合、十五分の休憩が貰える。
そんな基本となる休憩も納期や仕事に合わせて、半々で取ったり、四十五分だけ取って退勤十五分前に休むなどが許されている。
今回はお互いに急ぎの仕事もない為、二人は会社から離れ、近くの蕎麦屋で向かい合うように座り、各々の注文をして食事が運ばれてくるのを待つ。
「それで悩みって、なんだ?
転職とか、そういう相談か?」
「いや、そこまでの事じゃーーいや、それ以上の事かも知れないか?」
「なんだ。お前らしくないな?」
「仕方ないだろう。こんな事、はじめてなんだから」
眞鍋は「そんなに悩む事なのか?」と聞いてから、お冷やで喉を潤す。
そして、馬路の次の言葉で盛大にむせた。
「俺、告白されたんだよ」
「ぶっ!げほっ!げほっ!おまーーマジか!?」
「そうじゃなきゃ、お前に相談なんてするかよ」
「相手は誰だよ?」
「別の部署の久美原って娘だよ」
「久美原?確か、二年前に新卒で入った娘じゃなかったか?」
「お前の方こそ、よく覚えているな?」
「ああ。元気はあるけれども、色々失敗が多くて尻拭いが大変だって向こうに行った後輩だった奴が愚痴っていたからな」
二人がそんな話をしていると注文した物が運ばれて来て、二人はそれを受け取ると早々にそれを食べ始める。
仕事に戻る事が習慣化している為、二人は基本的に早食いになっている。
そして、極限まで無駄を削ぎ落とした結果、落ち着いたのが掛け蕎麦であった。
二人は話を中断すると掛け蕎麦をスゴい勢いで食べ始める。
そして、蕎麦がなくなり、スープだけになった状態で再び話を再開した。
「お前的にはどうなんだよ?
その娘の事、好きなのか?」
「あんまり、よく分からないんだよ。
よく知っている訳じゃないし、なによりもそういうのと無縁で来ちまったからな」
「ああ。まあ、確かにな。俺もお前も仕事一筋でこの年齢になっちまった」
「だから、お前に相談してんだよ、眞鍋。付き合いが長いし、口が固いお前を信頼しているから話したんだ」
「また難しい相談だな・・・仕事以外、俺も取り柄がないんだし、あんまり期待はするなよな?」
眞鍋は馬路にそう告げると器を持って、蕎麦のスープを飲み干して改めて完食する。
馬路の方は「宜しく頼む」とだけ告げ、スープは残した。
「蕎麦の麺だけで大丈夫か?」
「健康診断で血圧が引っ掛かりそうなんだよ。
だから、いままでみたく、スープまで飲めそうにないんだわ」
馬路の言葉に「それは大変だな?」と眞鍋は返すと勘定を支払ってから、二人して蕎麦屋をあとにする。