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碧と緑

空が青い。風はいい天気で心地がいい。よし。と私は裏庭に降り立った。きっと背中でエプロンのリボンを確認。解けてはいない。手にもった麻籠を確認。空だ。後ろを振り向いて頭を抱えているメアリさん――使用人さん――を確認。よし。その向こうの立派なお屋敷の窓を確認。誰も見ているものはいない。


 ――よし。


 私はおもむろに袖をまくり上げると地面に対して屈む。青々とした雑草は伸び放題に伸びて――狩り放題。


 よし。ここでの草刈りを止めてもらったかい(・・)がある。


「うん。いい匂い」


 土と青臭い匂い。この先のとがった葉っぱは湯でに出すといいお茶になるんだよね。あ。これは炒めて。


 はかどる。はかどる。


 ぶちぶちと私は素手で草をむしり取る。根が深く張っているものはこう――周りをほじくって。っと。


「うーん。言い根。おいしそう」


「は? 何がおいしそうなんだ?」


 ……なんか頭の上から声が降ってくるんですが。嫌だ。幻聴かしら。そうであってほしい。ちらりと伺う様にメアリさんを見てみれば青い顔でぺこぺこと謝るジェスチャーが見える。


 ……うわ。


 イヤな予感しかしない。顔を上げるとそこには顔の整いまくった少年が不満そうに立っていた。御年十七歳。この家のお坊ちゃま。ヴラウス家のご長男である。


 ヴラウス家と言えばこの家の古い名家。国王陛下ともかなり太いハイプを持つ実力派――らしい。興味ないけど。因みにお父様は国王補佐だったりする。


 そしてこの私、『ミムル・ブラウズ』はこの家の養女として生きていた。まぁ、町で野垂れ死にそうなところを助けられてそのままと言ったところ。


 いや。有難いんだけどさ。


「ほほほ。ご機嫌よろしくて。兄上様?」


 兄上様。目の前の少年――リーン・ブラウズその呼び方がお気に召さない。言った瞬間に眉を大きく潜めた。


 でも。義父上様からきつく言われているので仕方ないと思いました。


「……また草むしりって。お前は使用人だっけか?」


「何度も言うけどね。この草は食料になるんだよ? おいしいんだよ?」


 私は小さいころに両親を亡くして一人で生きてきた。雨水をすすって落ちている塵を食べて。草の料理も覚えた。


 毒草を食べて死にかけていたんだけど。おかげていろいろな鑑定が薬師並みにできる。将来は薬師でいいんじゃないかと思ってる。


 ――学校行っていないけど。


「うまくなかったじゃん」


「そう?」


 言いながら一つ雑草を口に含む。


 このピリリとした感覚がたまらないよね。後から来る苦み。――いい。悦に浸っていると困惑顔でこちらを見ているリーン。


「食べる?」


「喰うかっ」


 言いながら籠に入った草を奪われメアリさんに渡している。『燃やせ』とか酷い。――まぁ、また狩るからいいけど。


「でも、珍しいね。兄上様がこの時間にお家にいるなんて」


 リーンは溜息一つ。地面にためらいなく腰を掛けた。空を仰いで眩しそうに眼を細めている。セピア色の髪かふわふわと風になびく。整いまくった横顔に長い睫の奥。右が緑で左が碧の双眸が揺れている。


 ――腹立つ。いや。なんとなく。座っているだけで絵になるのが腹立たしかった。これで身体に肉が付きまくっていたら文句も出ないけれど、日々鍛錬しているため引き締まっている。


 正直舌打ちしか出なかった。


 大体。この家の顔面偏差値はおかしいと思う。おかしい。子供の頃は気づかなかったけど美形揃いってどういう事か説明してほしい。並ぶのは結構苦痛なので私は家族とはお出かけしないのが常だ。鏡を見ると死にたくなる最近。

いっそ、そのきれいな顔をナイフでこう――。


 想像したら……ワイルドな美形しか出てこなくて嫌だ。


「……メイアが俺んちに来るっていうんだ。で、早く帰ってきた」


「メイア様が? というか。同じ学校だし一緒に帰ってくればいいんじゃ……」


 メイア――メイナス・エヴァンス。リーンの同級生。で終わればいいのだけれど、そうはいかなかった。この国の最高権者。つまり国王の娘にして――リーンの婚約者だ。リーン本人は嫌がっているみたいだけど子供の頃決められているので仕方ない。


 私も会ったことはあるけれど、ふわふわで可愛らしいお姫様の何を嫌うのかが分からなかった。


 ちなみに私は好きなんだけど。


「嫌だね」


 言い切った。心底いやそう……。昔はそれなりに仲が良かった気がするけれどどうしてこうなったんだろう。メイアがかわいそうだ。


「そう言えばミムルは学校行かないのか? マリさんに聞いたところそんなに遅れているようには見えなかったけど?」


 マリさんは家庭教師の女性だ。私はここに来るまで文字の読み書きも計算すらできなかったので学校に通うことはできなかった。ずるずるとそのままここまで来たんだけど今では特に行かなくてもいいんでは。と思っている。


 まぁ女子が通わなくても白目では見られないし。


 薬師なんて何とかなるなる。……多分。今度両親に相談してみようかな。


「いや、ないない」


「そうか」


 どこか残念そうに呟いたのは気のせいだっただろうか。ふとリーンは思い出したように小首をかしげてから私を見ると、ハンカチを取りだして乱暴に私の顔を拭いた。


「何すんのっよ」


 痛いし。手を引っ掴んで睨むと楽しそうに笑う。


「汚かったから――つうか。顔位きれいにしろよ。お前。一応女だろ?」


 一応ね。一応。ちくしょう。仕方ないけどさ。


 でも、メイアがだめならリーンの趣味がまったく分からないな。今度リーンのベッドの下でも漁るか。性癖のたまり場だって本で読んだし。何かあるに違いないわ。


 ……。


 あっ……。


 もしかして好きな子ができたのかな。じっと見つめればたじろいだように『なんだよ』と力なく言う。


 ……。


「……可哀そうな兄上様」


「は?」


 リーンは思わずメアリさんを見るとその視線がまぁ『不憫なもの』を見るような感じだ。『ぐ』と小さなうめき声。私を再び見ればぽこんと頭を叩かれた。


 なんでさ。いたくないけど、なんでさ。


「俺は不憫じゃねぇし」


 お。おう? なんの宣言だろうか。考えていると『バーカ』と小学生よろしく捨て台詞を吐いて立ち去って行った。


 ちよっ、あの人何歳だっけ……。大丈夫か。そう思わざるを得なかった。


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