プロローグ
よろしくおねがいします。
雨が当たっていた。
冷たい雨。
ひやりと凍える手足。ぼんやりと霞む視界。道行く者は足早に過ぎ去り誰も小さな少女を見ようとはしなかった。ただ、ただ侮蔑が混じる。こんなところで死んだら迷惑だ。汚らしい。そんな視線。だというのに誰もここから動かしてくれないのはなぜなのか。
少女には分からなかった。いつだってそう。何もない。誰も助けてくれない。だから自分で何とか生きるしかなかった。たとえ罪を犯したとしても。そんな子供はたくさんいたから別におかしいことだとは思わなかった。そして自身が消えてなくなってしまうこともおかしいことだとは思わない。
ただ。
それはとても寂しいことだけは分かっていた。
ぴしゃりと水たまりが弾いて誰かが立ち止まる。誰かに抱えられた温もりは優しかった。酷く重い瞼を開いてみればめいいっぱいに入ってきたのは『宝石』。緑と碧。まるで空と森を映したみたいだった。
「だれ?」
よく見れば少年だ――いや。天使様だろうか。そう思うくらいには現実味を帯びていない存在。それはきゅうと少女の冷え切った身体を強く抱きしめた。
温かい。
「助けてやるから。『今度』は絶対に俺が――」
今度。どういう意味なのか分からなかった。意識が朦朧としているためか頭が回っていないのもある。でも。と少女は小首を傾げた後で、少年に笑いかけた。
ここにいてくれる。こうして目を向けてくれることが嬉しかったから。たとえ最後でもこんな幸せな記憶をもらえてうれしかったから。
少年の大きな双眸からぽろぽろと流れる宝石がもったいなくてそれを取ろうとしたけれどうまくいかない。それはそれで悲しかった。
「ありがとうね」
もう二度と意識が戻ることなんてないだろう。そう思って酷く重たい瞼を閉じていた。でも。でも。もし、もう一度があるとするならば――。
お名前聞かないと。
そこで幼い少女の意識はプツリと切れた。