優雅な日常 2
エストはPTA会長なる役職の男の話をぼんやりと聞き流しながら大陸共通語は難しいよなぁと考えていた。なにせ壇上の彼は「入学したのはゴールじゃなくてスタートだぞ!頑張れ!」という内容を話すために既に十分以上費やしているのだ。
おまけに詩的な言い回しがお好きなようで、「太陽すらも君たちを寿ぐ中」だの「君たちは未だ芽吹いて間もない若芽」だのといった表現を多用しているのだが、前線の維持に苦労している様子の光の戦士予備軍な締まりのない体をした中年オヤジではどうにもキマらない。
エストは詩歌の類には通じていなかったし興味もなかったので表現それ自体の良し悪しについてはよく分からなかったが、「本日はお日柄もよく」とか「君たちは前途ある若者で」とかの方が見た目と雰囲気に合ってて良いのになぁと思いはした。
初めて参加する入学式に対して少しワクワクしていたエストであったが、既に彼は入学式を『頼まれでもしなければ二度と参加しない行事』に分類していた。しかしながら今までの人生であまりした事の無い時間の使い方にどこか贅沢をしているような気分でもあり入学式を満喫してもいた。
その後も市議会議員の祝辞、来賓紹介、祝電披露、在学生代表からの歓迎の言葉、新入生代表挨拶をボーっと右から左に聞き流した。歓迎の言葉と新入生代表挨拶では新入生が騒ついていたがエストは特段気にすることはなかった。そもそも彼には周りの新入生が騒つく要素が何なのかが分からなかった。
これは平日の昼間、テレビに見もしないサスペンス番組を垂れ流させながらソファーに体を預けて呆けている時の感覚に近いものがあるなぁ、などとエストが考えている間にも式は粛々と進行していく。
「校歌斉唱。職員、在学生、起立」
司会の職員の声に合わせて職員と在校生が一斉に立ち上がり吹奏楽部による伴奏に合わせて声を合わせて歌い出す。
式の大半をボーっとして過ごしたエストだが校歌斉唱は真剣に聴き入った。大勢の人間が踊らずに多数の楽器による演奏を伴って声を合わせ歌うのを聴くのは初めての経験だった。初めて生で聴く演奏と斉唱に軽く感動し、歌い終わりには拍手を贈りたいと思ったエストであったが周りは一切そういう空気がなかったので断念した。
校歌斉唱も終わり、閉式の辞を経てエスト達新入生は拍手で送られつつ退場する。Aクラスから順に退場していくのでBクラスのエストは比較的早くに退場することになる。彼は歩きながら横目に既にちょっと拍手に疲れた様子の在校生を見て、まだ二クラスも残ってるなんて気の毒だなと思った。
◇◆◇
入学式を終えて教室へと戻って来たエスト達Bクラスの生徒全員がそれぞれ割り当てられた席に着いたところでそれを見計らったかのように30代半ばほどの男性教師が教室に入って来た。
「Bクラスの担任になったオスヴィン・ベルガーだ。普段は格闘術の授業を担当している。よろしく」
教壇に立った如何にも格闘術の教師といったガッチリとした大柄な体躯を窮屈そうにスーツに押し込んだ強面の男性教師は、ごく簡単な自己紹介のみを口にすると週刊青年誌ほどの厚みの冊子を配り始めた。
「今配っているのはこの学院で学ぶにあたって必要な情報を纏めた冊子だ。学院内の設備の利用上の注意をはじめ、学院則、学生規則、寮則、学院の地図等々が記載されている。何か疑問が有れば先ずはその冊子を確認するように」
表紙にはアウクラム魔剣士学院を上空から見下ろした写真がカラーで印刷され『アウクラム魔剣士学院学生必携資料集』と銘打たれた冊子は無駄に豪華なことに中身まで全てフルカラー仕様だ。エストはパラパラと冊子を流し見しながら別にモノクロでも良かろうに無駄に金をかけてんなと思った。
「各種規則に変更があった場合等は改訂版が発行される事もあるが基本的には卒業まで使える物なので各自で厳重に管理するように。紛失、汚損した場合の再発行は可能だがその際には発行料が必要になるので注意しろ」
エストはもし再発行して貰う機会があればモノクロでいいから発行料を割り引いて貰えるように交渉してみようと思った。勿論そんな事をしても「申し訳ありませんが規則ですので」という言葉を添えて拒否されるだけである。
「続いて学生証と寮の自室の鍵を配布する。一人ずつ手渡しで配布するので呼ばれた者から前に受け取りにくるように。受け取った者から学生証の顔写真が自身と一致するか、氏名と生年月日に間違いは無いか、鍵が事前に通知された部屋のものと一致するかを確認しろ」
クラスメイトが順番に名前を呼ばれていく。エストも早々に名前を呼ばれて教壇まで行って学生証と自室の鍵を受け取り、席に戻りながら言われた通りに確認を始めた。
鍵は確かに事前に私物の発送の為に通知された部屋のものと一致している。学生証にも問題は無い。名前も生年月日も合っている。適当に短く整えられた髪とそれなりに整った顔立ち、そしてそれを台無しにする死んだ魚の様な目をした写真の少年は紛れもなくエスト・トーティアである。
「全員受け取ったな?学生証は諸君がアウクラム魔剣士学院の生徒であることを証明する身分証であると同時に、6級魔剣士の資格を有する事を証明する物でもある」
魔剣士には世界魔剣士協会により1級から6級までの6つの階級が定められている。6級魔剣士とは魔剣士見習いに当たる階級で、魔剣士学院の学生は一律で6級魔剣士となりいくつかの制限の下で魔剣士として活動できる。
「学院内の設備を利用する際必要になる場合もあるので常に携帯し必要になった際にはすぐに提示できるようにしておけ。学生証も先程配布した冊子と同じく紛失、汚損した場合は再発行が可能だが発行料は比べ物にならないほど高い。扱いには注意が必要だ」
エストはとりあえず取り出し易いように学生証をブレザーの内ポケットに放り込んだ。そしてなるべく早く頑丈なパスケースを用意しようと決意した。再発行料なんて無駄金を払うような真似はしたくないのだ。
「これで本日の予定は全て終了、解散となる。以後は各々自由に過ごして構わない。但し寮の門限には注意するように。それでは解散」




