優雅な日常
新入生の新たな門出を祝福するかのようにからりと晴れた気持ちの良い青空の下、一人の少年がのんびりと歩いていた。
新品のアウクラム魔剣士学院の制服に身を包み、時折空を見上げては「今日はいい天気だなぁ」などと呟きながら実に気楽な足取りでアウクラム魔剣士学院へと向かっている。
そんな彼と同じ新品の制服で身を包み、彼とは対照的にパタパタと走る少女が後ろから彼に近づいて来ていた。
「あれ!?ね、ね、キミも新入生だよね!急がないと入学式遅刻しちゃうよ!」
彼女は彼に追い付くとわざわざスピードを落として声をかけた。
「開始時刻までまだ時間あるけど……?」
彼はちらりと腕時計に目をやった後、いかにも不思議そうな声の調子で呑気に答えた。
「そりゃ学院には時間までに着くだろうけどさ、門入ってすぐに入学式ってわけじゃないんだよ?」
「そうなんだ」
「そうなんだって……。そんな初めて入学式に参加するわけでもあるまいし」
「いや、初めてなんだ」
「えぇ……。キミ、よく入学試験に合格できたね」
初等学校や中等学校には誰しも通ったことがあるはずで、それはつまり誰しもが少なくとも二度は入学式に参加したことがあるはずだということだ。初めてということはそのどちらにも通っていないという事だろうかと疑問に思う少女の言葉には、言外に『そもそもよく受験できたな』というメッセージが込められていたが少年がそれに気づくことはなかった。
「まあ試験は普通の学力と実技のテストで面接も無かったから」
「そういう事じゃないんだけど……ま、いいか。とにかく!急がないと遅れちゃうの!入学式に遅刻なんてシャレにならないよ!」
「分かったよ。それじゃ走ろうか」
「うん!」
少女は元気よく頷くと再びパタパタと走り出した。少年も軽く靴の調子を確認した後に追って走り出す。
「そうだ!私、ユッタ!ユッタ・シュミット!ユッタでいいよ!キミは?」
「エスト。エスト・トーティア」
「エストだね?よろしくね!」
「うん、宜しく」
◇◆◇
エストとユッタは走って急いだ甲斐もあって十分な時間の余裕を持ってアウクラム魔剣士学院に着くことができた。
「良かった!まだなんとか余裕あるね!……それにしても、結構なハイペースで走ってきたと思うんだけど、エストさ、全然息きれてないよね」
確かにエストの呼吸は実に落ち着いていてここまで走って来た事など微塵も感じさせない。
「ユッタも別に息きれてないでしょ?」
「私は……まあ、慣れてるし」
「似たようなもんだよ。ほら、新入生は先ず一年棟に行けばいいみたい。行こうか」
ユッタは納得しかねる様子だったがエストがスタスタと歩き出したので慌てて並んで歩き出した。
「急いで良かったねー。一年棟まで結構距離あるし、流石アウクラム魔剣士学院だよ。広いねー」
「ここって広い方なの?」
「そりゃあ五大名門で二番目の敷地面積だよ?広いに決まってるよ」
「ああ、なんかテレビでやってた覚えがある」
エストはユッタの言葉でだいぶ前にテレビで見た五大名門の特番を思い出した。確かアウクラム魔剣士育成学院の特徴に歴史が長いというのもあった筈だと思いキョロキョロと周りの建物を見回した。
「どうしたの?急にキョロキョロして」
「確か歴史が長いのも特徴だったと思って」
「そうだね。今年で創立……200年くらいだったかな。五大名門で一番古い学院だよ」
「その割には建物が綺麗だよね」
「何年か前に建て直したばっかりだからだね。その時に不正があったとかでしばらく前に理事長が捕まってかなり騒ぎになったんだけど……」
知らないの?と問いかけるように首を傾げながらエストの方を見ると、エストは漸く得心がいったというようにポンと手を打ちながら「なるほどそれで……前任が逮捕されたから急に……」などとブツブツ呟いていた。
ユッタは本気で知らなかった様子のエストを見て、入学式の事も知らなかった事と合わせて彼がどのような経緯でこの学院に入学してきたのかが気になって仕方がなかった。しかしながらまだ会って間もない間柄なのに訊いても良い事なのか判断をしかねた。なのでこの場は気にしないことにして機会が有れば訊いてみようと心の内に留めておいた。
その後も軽く雑談をしながら暫く歩き、二人は目的地の一年棟に到着した。
「なんでみんな中に入らないんだろう」
エストが一年棟入り口周りに人集りができているのを見て不思議そうに言う。
「多分、クラス分けが貼ってあるからじゃないかな」
ユッタは入学式を知らないんだからクラス分けの発表もそりゃ知らないだろうと思ったので特に驚かずにエストの疑問に答える。
「確かにそんなようなのが書かれた紙が貼ってあるね」
何気なく呟かれたエストの言葉に入り口の方を見ていたユッタがギョっとして振り向く。
「ここから何が書いてあるか見えるの!?」
二人は一年棟入り口から5m程離れた位置に立っており、ユッタの目では人集りの中心辺りに何か紙が貼ってある事しか分からなかった。
「ああ、まあ。昔から目はいい方なんだ」
「……もしかして私がどのクラスか分かったりする?」
目がいいとかそういうレベルではないようなと思いながら、あの人集りの中に分け入っていくのは疲れそうで嫌だと考えていたユッタは少し期待してエストに尋ねた。
「うーん……ここからだと他の人の陰になってて見えない」
「そっか。じゃああの人集りのな」
「ちょっと待ってね」
エストは軽く2、3回その場で跳ねた後、ピョンと無造作に1m強の垂直跳びを披露した。
「え?」
「ユッタはBクラスだったよ」
「あ……うん。ありがとう。エストは?」
「Bクラスだった。同じだね。改めて宜しく」
「う、うん、よろしくね」
「それでBクラスの教室に行けばいいのかな?」
「多分」
「じゃあ行こうか」
言うなりまたしてもスタスタとエストが歩き始めたので、「押すなって!」「見た奴から速くどけよ!」などの言葉が聞こえてくるのに何となく軽い罪悪感を感じながらユッタもエストについて人集りを避けて一年棟に入った。




