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未来予報  作者: 苦水甘茶
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予知

 明日が晴れるかどうか、明日の運勢は良いか悪いか、明日の放課後に片思いのあの子に告白すればOKがもらえるか。

 それらを予知できる人間がこの世に存在しえるだろうか。

 もちろん、天気予報をする気象予報士や、占い師などは論外だ。彼らはいろいろな要素からなるべく正しい未来を予知しようと四苦八苦しているが、ときたま外すこともある。降水確率ゼロ%の日に土砂降りだったり、ラッキーアイテムの赤いハンカチを持っていたら興奮する闘牛に追いかけられたりと災難に会うこともある。

 彼女本人だったり、彼女と親しい友人とかが、彼女が俺のことをどう思っているかどうか、それを知れば俺が告白をしてどのような結果になるかはわかるだろう。

 だがそうではない。俺が今言う「予知」とは、現状得られる情報から未来を予測することを指すのではなく、ただ未来の、それも真実の結果を知ることができる能力のことを指す。

 いわゆる全知全能の神が俺の目の前に現れて、俺に「十秒後、空から飴が降ってくる」と言ったとする。そして実際に、空から数え切れないほどのカラフルで多種多様な飴玉が降ってくる。

 さて質問だが、この飴玉が降ってくる現象は、全知全能の神が全知の力をもってしてこの不可思議な現象を予知したのだろうか、それとも、全能の力をもってして空から無数の飴玉を降らせたのだろうか。

 人は俺を、人一倍信じやすい性格だと評価する。それは良い意味でも悪い意味でもあると言う。たしかに、俺は人を疑うということを好まないし、出来るだけ信じたいと思っている。

 毎朝確認する天気予報や血液型占いは俺に絶対的な影響を及ぼす。降水確率が十%でもあれば傘は必ず持ち、ラッキーアイテムは必ず所持し、もし持ち合わせがなければ登校中に購入する。詐欺にはまだあったことはないが、家族や友人からは、詐欺にあうのも時間の問題だ、となかば諦められた表情を見せられる。

 とはいえ、俺は信じやすい性格ではあれど、常識は心得ているつもりだ。先ほども言ったように、天気予報や占いも外れることはある。そのことを俺は知っているし、理解もしている。なにもかもを無闇に信じてしまうわけではない。だから騙されはしないかという周囲の心配は御無用である。

 たとえ「俺は全知全能の神だ」と言い出す人間や、未来を予知できるという人間が現れても、俺は簡単には信じないし、そんな人間はさすがに存在しないとまで思っている。


———————


 先週の金曜日、夕方の学校帰りのことである。夕日に照らされる賀茂川沿いの歩道を歩いていると、前方約五メートル先に、俺と同じ制服を着た男が立ち止まって暮れゆく空を眺めていることに気付いた。

 俺はその男のことについて全く知らなかったし、なんなら学校で見かけたこともなかった。いや、もしかしたらすれちがったことがあるかもしれないが覚えてはいない。

 男は学校指定の鞄を肩に下げ、両手をズボンのポケットに突っ込み、眩しそうに眼を細めて西の空を見上げていた。そいつの容姿を説明しておくと、身長は百八十を優に超えており、髪形はいつだったか雑誌で見たファッションモデルのような、とはいえ一般人によくあるように髪形と顔が釣り合っていないとかそういうことはなく、肩幅は広く、服の上からでもそれなりに体を鍛えてあることがわかる。要は誰から見ても美青年。

 俺は自転車を押して歩いていた。前輪をパンクしたママチャリは重く、そのせいで歩く速度は通常よりもゆったりとしたものだった。それでもその男の側を通り過ぎるのはあっという間のことだった。俺はすれ違う瞬間わざと男から顔をそらせた。それはある意味敗者の行為ではあった。なにもかも平均クラスの俺が、モデルのようなその男を間近で見ることを恐れたのだ。対して男はずっと西の空へ顔を向けていた。俺が近づくときも、すれ違う瞬間も。すれ違ってからニ十歩ほど歩いて振り返ったときも、やはり男はさっきと寸分違わぬ恰好でつっ立っていた。

 まるで俺に少しも気づかなかったように。いや俺だけではなく、ほかの誰に対しても。

 俺が離れたところから眺めている最中に、三人の女子高生が男のそばを通った。彼女たちは大声で話しており、離れた場所からでも言葉は聞き取れないが声が聞こえた。男のうしろを通る際、彼女たちは三人とも男に目を奪われていたのは俺の目にもよくわかった。女子の一人が隠れるようにして男を指差す姿も見てとれた。

 そのときも男はピクリとも動かず、まるで石像のようにじっとしていた。女子が俺の横を通った時には、彼女たちはとても興奮した様子であの男を話題にしているようだった。

 俺がこの夕方の男をなぜにこうも気になるのか。夕日に染まる美女だったならまだしも、男にこうも気を持っていかれるわけとは。石像のようにじっと動かなかったから?違う。モデルのような美男子だったから?違う。一目惚れ?とうぜん違う。

 俺と男がすれ違う瞬間、そう俺が顔を背け、男が微動だにせず空を眺めていたときに、俺は聞いた。

「明日、パンク修理のために自転車屋へ行けば、自転車を買うために店に来ていた前野ゆかりと出会うだろう」

 その言葉が右側から、男がいるほうから聞こえたのだ。そばには他に人はいなかった。俺は聞こえなかったふりをしてそのまま歩き続けた。聞き間違いか、それとも声が聞こえたのは気のせいだとそのときは思ったのだ。もし俺に対して言ったのならば、無視していく俺にもう一度声をかけるのではないか、と思った。だが、その後男がもう一度何か言うこともなければ、俺の方を見ることもなかった。


 結局、次の日の土曜日、俺は自転車屋へは行かなかった。正直なところ、男の予言がましい言葉を聞いてからというものの、その言葉を信じるか信じないかおおいに迷った。そのせいで夜もよく眠れなかった。

 本当に今日自転車屋へ行けば彼女がいるのだろうか?すると何時に行けばいいのだろう。いや待て、もしあの男が本当にそう言っていたとして、どうして俺の自転車がパンクしていることを知っている?それになぜ彼女なんだ?俺が彼女に気があるなんて誰にも言っていないし知らないはずだが。

 このように俺は土曜日のあいだずっと、同じことをぐるぐると考え続けていた。彼女の家がどこにあるのかは知らないが、俺の家から最寄りの自転車屋へは徒歩で五分ほどのところにあった。行こうと思えばすぐにでも行ける。それに、昨日あの男の言葉を聞く前から、土曜日にでも修理に出そうと考えていた。べつにいなかったらいなかったでいいじゃないか、自転車屋へは修理のために行くのだから、いやでも本当に彼女がいたらどうしよう……。

 夕方になるまで、俺は自分の部屋とリビングとを行ったり来たりした。両親には訝しげに見られたが、この日の俺はそれを気にする余裕もなかった。

 そしてリビングの時計が自転車屋の営業終了の時間を示したとき、俺は後悔と同時に安心、ふたつの感情を抱いていた。

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