序章
「其方、妾の劔とならぬか?」
やけにハッキリとした夢だった、まるで現実みたいな感じの夢・・・
その夢の中であたしよりだいぶ子供の、所謂幼女がそう聞いた、「其方、妾の劔とならぬか?」と・・・
真っ黒な振袖チックな衣装を着て、帯があるべき辺りには、ちゃんと帯っぽいものが巻きついてはいるものの、丈がえらく短い、なんて違和感・・・
髪は真っ白だし、凄い不吉でアニメに出てきそうな姿の幼女は、これまたアニメに出てきそうなセリフを偉そうに吐いた。
「あたし・・・ストレス溜まってるのかなぁ?」
頭をカキカキあたしが呟くと、今まで後ろを向いていた幼女が振り返った
「なるや否や!」
瞳が蒼くて吸い込まれそうな美幼女だ・・・
あたしがぽかーんと見惚れていると、また美幼女が「なるならなれ、否やであれば帰れ」と呆れた様に呟く
「なっても良いけどさ・・・何すれば良いの?」
どうせ夢なんだし、その後の展開が少し気になった
「妾の国と民を守ってもらう、それが妾の劔となる、という事だ」
「ふーん、まあ良いけどさ、あたしプリースト専なんだ、戦わないよ、それでも良いの?」
取りあえず聞いて見る、あたしは廃とは言わないけど、これでもPCゲームを渡り歩いてはいる
何処に行くにもギルド単位で移動しては来たけど、ゲーム感覚で良いのなら受験勉強でゲームを辞めてストレスも溜まってるみたいだし、どうせ夢だし、なんてツラツラ考えながら答えを待った
「プリーストはおる、なりたいのならなれば良い、パーティには不必要な者などおらぬしな」
そう答えると美幼女はニヤリと不敵に笑った
ああ・・・あたしってばやっぱり相当ストレス溜めてたんだなー
と、思った所で目が覚めた・・・筈だった
なんだか凄く背中が痛かった、あんま寝相は良い方じゃないからベットから落ちたのかとも思ったんだけど、まわりが暗すぎてなんだかおかしい
あたしの部屋はマンション内の遊歩道に面していて、夜は誘導灯が小道の両端を照らすので真っ暗闇なんかにはならない
当然マンションだから雨戸もないわけで・・・
不吉な予感に体が自然とちじこまる・・・体制を変えようと恐る恐る動くと違和感は更に増す
耳元でジャリジャリと小石の擦れる音、腕には明らかに小石が食い込んでくる
『ここ何処?』
暫くじっとしていると、目が段々と暗闇に慣れてくる
あたしは砂利道みたいな所に転がっていた
周りにも何人か人が転がっている、まだ目覚めてないのかグッタリと横たわっている人、目覚めて体を動かし始める人、様々だったが、大体15人程の人がそこには居た
1人が立ち上がるのが見えた、次の瞬間だった、何かが空から立ち上がった人目掛けて襲いかかって来た
そして・・・後の事は覚えていない・・・
次に目を覚ますと、丸太で出来た屋根らしき物が見えて、物凄い頭痛と目眩、そして吐き気
『何なのよ!いったい?』
頭の中で叫んだだけで視界がグニャリと歪んで吐き気が増した
「おや、起きたのかい?」
頭の右側からおばさんの声がした、聞き覚えはない・・・
「災難だったねぇ、あんたらはルファに襲われたんだよ」
おばさんは私の最悪な具合にも気がつかないのか話つずける
「まあ、姫様に召喚された戦士達の最初の関門みたいなもんだから、気におしでないよ、皆んな通る道なのさ」
「どれ、薬を飲ませてあげようかね」
酷い頭痛と吐き気で固まっていて頭を動かす事も出来なかった私の真上からおばさんが顔を見せた
「なに、少し気味の悪い色で、味も苦くて飲めたもんじゃないけど、薬だから我慢してお飲み」
おばさんの手にした物に恐怖で顔が引きつっているあたしを無視して、おばさんは小瓶の蓋を開け
あたしの口に押し付けてくる
「これを飲んで寝れば明日の朝にはその頭痛も吐き気も治るよ、我慢してお飲み、高いんだからね、こぼすんじゃないよ」
容赦無くグイグイ押し付けられる薬と言うその瓶には紫の液体と、それが蒸発して出来たであろう紫の煙がフワフワと浮いている
毒に違いない!と思われる色のその液体をどうすれば良いのかわからなくなって、あたしは観念して口を開けた
死んだとしても、この頭痛と目眩と吐き気から逃れたかった
が・・・口を開けた事をすぐに後悔した、涙が出る程まずかった
青臭いくせに生臭くもある、強いていうなら・・・と思いはしたが意識が飛んで行くのがわかった
おばさんが口を塞ぐので、吐き出す事も出来ず、とにかくそれを飲み下して、悪魔的な狂気に満ちた臭いから逃れるのに必死になる、そして・・・あたしは再び気を失った、らしかった
鳥の声で目を覚ます、普通なら気持ちの良い朝のはずだった・・・
でも、あたしは目を開ける前に柄にもなく神様に祈っていた
『どうか、どうか、自分の部屋の自分のベットの上であります様に・・・』
覚悟を決めて心の中で『いっせいの、せ!!』と叫んで目を開けた
あたしは汚れたシーツの上で、嫌な臭いのする毛布をかけられて、丸太で組まれた天井を見ていた
何でこんな事になったんだろう・・・あたしは何か罪を犯したんだろうか?
前世で大量殺人でもしたんだろうか?
罪もない人々を大量に殺しでもしない限りこんな馬鹿な事が起こって良いはずがない
あたしはただの中学三年生の女の子で、受験勉強のために学習塾に通って、良い高校に入るためにゲームも休んで、この夏休みの間に少しでも成績を上げたいと思ってせっせと勉強してただけの、ゲームマニアで少しオタクなだけの女子中学生だったはずなんだ!!!
『むぅ・・・』
頭の中にむぅのことが浮かんだ、むぅはあたしが居なくなったら何処で寝るんだろう?
何時もあたしの腕枕で柔らかい毛を撫でて貰いながら喉を鳴らしながら寝ていたのに・・・
もうあたしはむぅには会えないんだろうか・・・歳を取って病院に連れて行く事が増えて、体力もなくなって来ていたから、もうむぅには会えなくなるかもしれない・・・帰っても、もし帰れても、もうむぅは居ないかもしれない・・・
「むぅ・・・」
思わず口から声が出た、会えないんだろうか、もう二度と会えなくなるんだろうか
涙がポロポロと汚れた枕に落ちた
「おや起きたのかい?」
昨日悪魔的な狂気に満ちた液体を無理矢理飲ませたおばさんが呑気な声でそう言った
「なんだい、朝っぱらから泣いてるのかい?辛気臭い娘だねぇ」
おばさんはさも嫌そうにそう言うと、あたしのベットに座った
「なに、大丈夫だよ、心配なんかする必要はないよ、あんたは姫様に選ばれてここに来たんだからさ」
頭を優しく撫でられるとそれだけでまた涙が出てきた
「あたし・・・猫を飼っていたの・・・むぅって言うの、もう会えないかもしれないの」
嗚咽するあたしの傍らで、おばさんは小さくため息を漏らした
「あたし達はね、あんたがどんな所から来てどんな未来を見るのかまではわからないんだよ」
「ただ、あんた達はここに来た、そして役目を果たしたらきっと帰って行くんだ、って事しかわからないんだよ」
「今を生きる事だけを考えて大切に生きな、あたし達に言える事はそれだけなんだよ」
おばさんはそう言って優しく、とても優しくあたしの髪を撫でつずけてくれた
あたしはそれから半日ベットで過ごした、これからどうしたら良いのか、を考えなきゃいけない
体は重いし、気分も最悪だったし、むぅの事も気なるけれど・・・
おばさんはやる事やったら帰れるんだって言った
そのやる事が何なのかも良くはわからないけど、でも何かさせたい事があったからこんな所に呼び出したんだろう、何にも無いのに呼び出す程暇な奴もいないだろうし・・・
夢の中の美幼女は、国と民を守れ、と言った
全員を1人で守れるわけは無いし、ここにいる人数を考えても結構沢山の人が連れて来られてる感じだ
おばさんは歩けるようになったら萬屋に行って見ると良い、と皆んなに言っていた、ならばそこに何かあるのだろう
ああ・・・薬代と宿泊費も立て替えてるんだから払うように、とも言ってたな・・・なんて世知辛い国なんだろう・・・
『呼ぶ方も呼ぶ方よね、お金ぐらい渡してから召喚すれば良いのに・・・』
何だか腹が立ってきた、あたしは腹が立つと元気になる
少しお腹も空いてはきたけれど、きっと食べたら食べたで後で請求されるんだろうなー
お腹はほっといても空くものだし、少し我慢して、今はベットから起き上がって、そしておばさんの言っていた萬屋に行こう
あたしは毛布を剥ぐと、立ち上がった
あのおばさんは嘘は言ってなかった、頭痛も吐き気も目眩も綺麗に治っていた
外へ出ると、石畳の道が丘の方へつずいていた
反対方向へ行く道は砂利道、きっとあたしが倒れていたのは反対側の丘の上あたりだったのかもしれない
萬屋は街の真ん中らへんにあると言っていたけど、石畳の道は丘の向こうに消えていて、街なんて見えやしない
石畳の道の両側には草ボウボウの野っ原があるだけだ
「ここって街外れなのかなー」
ぶつくさと文句を言いながら、歩こうとして気がついた、あたしってば寝巻き〜?
靴も履いてないじゃん!!!
慌てて宿屋に戻ると、おばさんが目をまーるくして立っていた
「驚いた、たった一晩寝ただけで動ける様になったのかい?」
「え・・・ああ、うん・・・」
曖昧に答えるとおばさんはニコニコして言った
「元気な娘だねー、どれ、外に出たいのなら靴を貸してやるよ、ちゃんと返すんだよ、そのまま消えちまわないでおくれよ、あたしだって靴なんてそんなに持ってるわけじゃ無いんだからね」
奥に靴を取りに行こうとするおばさんにあたしは慌てて付け足した
「おばさん、羽織るものも貸して!こんな格好じゃ外でらんないよ」
おばさんは軽く振り返ってウンウンと頷いた
何とも奇妙な格好になっていた
夏場の寝巻きはタンクトップに短パンが定番なあたしは
その上からおばさんが貸してくれた肩掛けを引っ掛け、童話に出て来そうな木靴を履いていた
歩くたびに足が抜けそうなほどの大きさの・・・
『歩きにくいったら・・・もう!』
1人頭の中で毒ずきながらヨタヨタと石橋を渡り、何とか丘を越えると、おばさんの言う街の中心部が見えた
コンパクトな街だ
とんがり屋根の質素な家々の向こうの丘の上には7個も教会が建っている
「どんだけ信心深いんだよ!」
ぶつくさと文句を言いながら、あたしはコトコトと鳴る木靴を引きずってなんとか街の中心部にたどり着いた
「萬屋・・・萬屋・・・」
やはりぶつくさ言いながら街のメインストリートと思われる道を歩いて行くと、街がもう終わりかけの所に人が集まる店を発見
看板には萬屋の文字
「変なの、なんで読めんのさ」
また口からつぶやきが漏れた
人をかき分けてあたしはなんとか店の中に入り込んだ
その店の中は異様な雰囲気で、名前の書かれた木の札が壁一面に釘で打ち付けられていた
カウントーの中にはマダラの髪のにいちゃんが座ってお客をさばいている
「ああ、あんたは魔法使いね、こっちのパーティに空きがあるけど・・・」
と言った調子だ
『成る程ね、ここでパーティを見繕えば良いのね、なんだまるっきりゲームじゃん』
あたしは暫くその様子を観察していた
「お嬢ちゃーん、悪いんだけどちょっとどいてくれるぅー」
マダラ髪のにいちゃんがあたしを邪魔そうにシッシと手で出て行かせようとしている
「ねぇ、この板に書かれた名前って何?」
丁度良いので聞いてみた
「ああ、それー?ギルドってやつの名前よー、右端に書かれてる数字がここに勧誘にくる日にちなのよぉ〜」
意外に親切に教えてくれた
あたしはギルドをもっと良く見たかったので、壁際に寄ることにする
ゲームでギルドと言えば、仲間と訳すんだろうな・・・同じギルドに居る者同士はレベルが合えばパーティを組んだりダンジョンに行ったりする、同じギルドの構成メンバーはギルメン、ギルドメンバーの略称だ
一方、ギルドを立ち上げた人をギルドマスター、略称でギルマスと呼ぶ
『あたしはギルマスの右腕だったんだ・・・あのゼノアの・・・』
何となく懐かしくてうるっと来ちゃったので、上からギルドを探して行った
見知ったギルドがあるかもしれない、呼ばれた人の中にあたしみたいなゲームマニアが混ざっている可能性はある
三列目の真ん中であたしはそれを見つけた
’’Schwert und Maggie und Schilld''
懐かしいあたしのギルドの名前、あたしは何処のゲームに行っても頭にこの文字をくっ付けてキャラクターを育てていた
ドイツ語で剣と魔法と盾・・・ゼノアがここに居る???!!!
スペルミスまでちゃんとそのまんまだった
萬屋から帰ったあたしは、おばさんに靴と肩掛けを返して、今日の日にちを教えてもらって、夕食だと出された味の薄いスープとポソポソのパンを食べた
夢かもしれない・・・
ゼノアじゃ無いかもしれない・・・
ギルメンがただ作っただけかも・・・
あたし達のギルドの名前を知ってるだけのカタリなのかもしれない・・・
でも、ゼノアなのかも知れない・・・違うと言うだけの根拠なんかない
グルグルと頭の中で考えが回る
どちらにしてもあと1週間でカタリなのかギルメンなのかゼノアなのかわからないけど、あの萬屋に答えの人物は来る
あたしがそれまでの間にしておかなきゃならない事は、借金を減らしておく事
出て行かれたら困る、出て行くなら金を全部返してからにおし!!ぐらいは言われてしまいそうだ
明日からは働き者だと印象操作をしておかないといけないだろう
上手くいけばお給料だってくれるかも知れない
それであの薬代が払えれば、あたしはゼノアの所に行ける!
そんな事を考えて居ると、突然宿屋のドアが乱暴に開いた
「レティウスさん、済まねえ、また召喚戦士の奴らが倒れてたもんだからよー、ベットに空きはあるかい?」
ゴツイ二人組が重そうな台車イッパイに人を乗せてドアの外に立っていた
あたしもきっとああやって運ばれて来たんだろうな・・・
レティウスなんて洒落た名前の人は誰だろう?と思ったら、おばさんがエプロンで手を拭き拭き出て来た
「ああ、ご苦労様だったねぇ、何人連れて来たんだい?」
「8人だな、最近メッキリ数が減ったよなぁ」
「そうだねぇ、前は一晩に30人なんて時もあったからねぇ、ベットは空いてるよ、申し訳ないけど、二階に運んでくれるかい?」
おばさんの号令で召喚戦士と呼ばれたあたしの御同輩は二階の部屋に次々運ばれて行った