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第三章『重なる手①』

けたたましい音を立ててドアが開けられ、ルフトはびくりと身構えた。

大量の血に染まったアランを抱きかかえたファングが、蒼白して寝室に飛び込んでくる。

いまだ眠り続けるヴァンの様子を見守っていたルフトは、何事かと身を翻した。


「ファング?! どうしてあなたがこの部屋の存在を…。まさかアランに聞いたのですか」

「そのアランが撃たれた」

「えっ?」

「風配師はどこだ?!」

呆気に取られたルフトの表情が、みるみるうちに変わっていく。

血の気をなくしたアランはまるで死体のようで…。

ベッドに横たわるヴァンの横顔と重なって、言葉を失った。


「早くしろ! トランスフィールドを連れてこい」

「──でも。それより、お医者さまを」

「ダメだ。風配師を連れてこい。早く!」

「…今、呼んできます」

 言うが早いか、ルフトはすぐさま部屋を飛びだした。



 間もなくしてトランスフィールドが寝室に入って来た時。

 ファングは、アランの蘇生術を試みていたところだった。

 アランが首に巻きつけている王妃からもらった空色のストールをはがして心臓を止血しようとするも、ストールはあっという間に真っ赤な鮮血に染まり、ファングの手のひらを汚していく。

「アラン! アラン、しっかりしろ!!」

 ルフトが脱ぎ散らかしたらしいマントやジャケットで傷口を押さえようとしたが、それすらも無駄なあがきのように、アランはぴくりともしない。

「くそっ」

 その体が、次第に体が冷たくなっていくのが分かり、ますます焦燥の色が濃くなった。


「…もう死んでいます」

 傍らに膝をついたトランスフィールドが、瞳を潤ませて呟いた。

「そんなことは分かっている。ファミリアで蘇生する! 力を貸してくれ」

「なんですって?! なにを言ってるのですか、ファング」

「オレは正気だ。…できるだろう。そこに集まっている大量のファミリアを使えば…」

「いけません。これは王子のための力です」

 トランスフィールドは、蒼白して立ち上がった。


 ベッドに横たわるヴァンの周囲を、きらきらと小さな光が包み込んでいる。

 いまだ目覚めない彼を復活させようと、多くのファミリアたちが尽力しているのだ。


「だから、そのファミリアの力をアランのために使うと言ってる。しつこいぞ!」

 ファングは忌々しげに舌打ちした。

「やめてください! そんなことできません」

「ここでアランを死なせるわけにはいかないだろう!」

「アランには気の毒ですが、どちらか選べと言われれば、私たちは…」

「じゃあオレがやる。お前たちはそこで突っ立って見てろ」

「えっ、」

「──離れていろ」

 唖然とするトランスフィールドとルフトを部屋の脇に追いやり、ファングは全身の力を使って、両手をアランの心臓におしつけた。

「…《ファミリア》」


 いつもとは全然違う。聞きなれないファングの声音に、室内が一瞬で凍り付いた。

「《…天と地を統べる神の御名において、大地の懐より出でし精霊の命と力を。…我がプリンシパルの権限において、すべての光とその源を、ここに、》」

 その瞬間。

 ベッドで眠るヴァンを守り囲んでいたファミリアの光が、いっせいにアランへと向けられ、集まってくる。


 トランスフィールドたちが茫然としている最中。

 ごほっと吐血したアランが、何度も咳込みながら、うっすらと目を開けたのに気付いた。

「アラン。オレが分かるか」

「…、──ファング」

「そうだ」

「本物か…? 本物のファング、なのか…?」

「あぁ」

「…ジェスターにやられた。あいつ、お前に化けて、私を…」

「分かっている。大丈夫だ。アレクシア、無事でよかった」

 そう言ったファングの唇が、アランの唇へと重なる。

 ようやくほっとした顔でアランを抱きしめて、彼は一気に脱力した。


「うそでしょう…?」

 今目にした光景が信じられないとばかりに、トランスフィールドの声が詰まった。

 ルフトにいたっては、喋ることもできないほどショックを受けている。


「──生き返ったのですか」

「もちろんだ。命に別状はない」

 ファングは、笑った。

「なにも問題ない」

「…、」

 大いにある、と風配師はあきれた。


 アランの命を救ったせいで、ヴァンはまたもや虫の息だ。

 せっかくあと少しのところだったのに。もう一度ファミリアを集めるところから始めなければならない。

 …これではいったいダリール公国復活の夢が叶うのはいつになるのやら。

 そしてプリンシパル・ヴァンの目覚めは…と思った直後。

 いや違う──と、即座にその考えを否定した。


 伝説と言われた花槽卿プリンシパルは、目の前にいる。

《我がプリンシパルの権限において…》

 と、彼は今、確かにそう言ったではないか!


 いったいどういう成り行きなのだろう、と不思議に思いながらファングを凝視するトランスフィールドの視線に気づき、ファングは妙な面持ちで片方の眉を上げてみせた。


「お前がなにを考えているのか、聞かなくても手に取るように分かる」

「っ、」

「言っておくが、オレにおかしな期待はするなよ。残念ながら、ご要望には応えられないからな」

「なぜです」

 トランスフィールドはむっとして、睨みつけた。


「だいたい、こういう勝手なことをされては困ります!私たちの努力をなんだと思っているんです!」

「分かっている。でもほかに方法がなかった」

 ファングは、アランをベッドに運ぶと、横たわるヴァンの隣に寝かせた。

 再び意識を失ってしまったアランを見下ろして目を細め、彼はアランの頬を撫で、もう一度唇にキスをした。

「プリンシパルは、ファミリアの力を正しいことにしか使わない。判断は間違っていない」

「…っそれは、そうかもしれませんが!」

「――アランを見殺しにしようとしたことは、生涯黙っておいてやるよ、お前たち」

 彼の言葉に、トランスフィールドはうっと、言葉を詰まらせた。

「ただし、オレの中にヴァンの魂が入っていると、誰にも告げないという条件付だけどな。もちろんフェルにも、だ」

「──」

 風配師は、見習い弟子のルフトと顔を見合せた。

 ルフトはいまだ衝撃から立ち直れず、茫然としたまま状況を見守っている。

 それでも師匠であるトランスフィールドと視線を交わすと、

「…仰せのままに、プリンシパル・ヴァン」

 2人して示し合わせたように、ファングの足元に跪いて、平伏した。




                  ■□■□




(──やはりプリンシパルは存在したのだ!)

 そのことが風配師トランスフィールドの心を高揚させた。


 彼の力があれば、また昔のように生きられる。

 もう地下室に隠れ住む必要はないのだ。

 その事実を、彼女は誰よりも一番に喜んだ。



「でもあれは偽物ですよ。ただファングの体を借りているだけでしょう」

 ルフトは、やたら浮足立つ師匠を案じるように戒めた。

 傍らで、トランスフィールドが、ふふ、と微笑した。

「今はね。でも時間の問題よ」

「やはり、本体が目覚めるのを待つしかないということですね」

 とはいえ、

 誰にも言うなと言われているから、フェルにも報告できない。

 しかも彼のそばには、ここ最近ずっとサキソライトが寄り添っているのだ。

どここから情報がもれるかわからない今は、とにかく隠し続けなければならない。


「それに今、フェルはそれどころじゃありませんしね」

「どういう意味?」

 肩をすくめたルフトを見て、トランスフィールドは首を傾げた。


「彼の婚約者が来たのですよ。お師匠さまはご存じありませんでしたか。…サキソライト・シュガンとかいう、おかしな名前のリトシュタインの女です」

「!」

 とたんに風配師の顔色が変わった。

 大きく見開かれた瞳が、昔の記憶をたどるように遠くへと馳せる。

「まさか、お師匠さまの知り合いなのですか?」

「…私の友人の家族に、確かそんな名前の子がいたわ」

「へぇ、そのご友人とは?」

「マイクロフト・シュヴァルツェン。彼の妹が、確かそんなおかしな名前だったはず」

 その言葉に、ルフトは息をのんだ。

 じっと師匠を見上げた瞳が、かすかに震える。


「…お師匠さま。…それ、リトシュタインの皇帝の名前ですよ」

「えぇ?! そんなはずないわ。私の知り合いは、ただの農夫だったもの」

「──でも、…」

「…、」

「まさかと思うけど、お師匠さま、それって…、皇帝と知り合い、とか言うんじゃ」

「違うって言ってるでしょう?」

 激しく否定しつつ、トランスフィールドは素早くルフトの口を手のひらでふさいだ。

「ふぐぐ…っ」

「これ以上、余計なことを言わないで」

「、っ」

 ルフトは、こくこくと頷いた。

「いいこと? この話は、決して他言無用よ。…大丈夫、たぶん別人だから」

「──」

 そんなわけないだろう、とルフトは主張したかった。


 けれど、

 トランスフィールドの厳しい眼光に気おされて、それ以上喋ることができない。

 口をふさがれたまま、ルフトは硬直した。

 そして、とたんに怖くなった。

 …リトシュタイン皇帝のこと。そして、プリンシパルのこと。

 こんなに重要な秘密を一度に抱え込んだのは、生まれて初めてのことだった。



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