第二章『再会③』
「オレはチェス盤上の駒のようなものだから。今も昔も、オレの運命はいつも誰かの手にゆだねられる」
「…ごめんなさい。言い過ぎたわ。軍人生活が長くて、つい口調が挑発的になるの。悪気はないんだけど」
「その言い方。もしかして、オレのことを調べた?」
「もちろんよ」
サキソライトは、すぐさま肯定した。
その瞳は屈託なく、当然とばかりにフェルへと向けられる。
「未来の夫君のことだもの。うんざりするほど調べつくしたわよ。…その、お母様のこともね」
「あぁ、そっち? オレの母が、未婚のまま誰の子が分からない男児を産み落として、親戚中から非難を浴びた話だな。母がマリオと結婚するまで、オレには父親と呼べる存在はいなかった」
と、彼は肩をすくめた。
…それなのに、まさか実父がバフィト国王だったとは想像もしていなかった。
あの男は当時、一介の子爵だったはず。
身分違いの火遊びの挙句、母は捨てられたも同然だったと考えると本当に苦々しい。
「こんな話を聞いて、よく嫁ぐ気になったよな。ますます不思議だ」
「…心に傷がある人は、誰かに優しくできる人だと思ったのよ。…少なくとも私には、恵まれたヴァン王太子よりは、あなたのほうがずっと親近感を覚えるわ」
「──」
「だから、どんな人なのか会ってみたかったの」
フェルはふとリディナの左腕を見た。
今はドレスで隠れているが、その袖をめくれば、彼女ではないアレクシア・クリスタの腕があるのだと思うと、複雑な心境になる。
「気になる?」
サキソライトが目を細めた。
「触ってもいいのよ」
「そんな、」
「遠慮しないで。あなたは未来の夫君だもの」
フリルのついた袖を肩まで捲り上げ、どうぞ、と彼の方へと伸ばした。
──当たり前だが、なんの変哲もない、女性の腕に見えた。
白く、滑らかで、それでいて細い。
さすがに肩先まで見ることはためらわれたが、普通に暮らしている分には、まったく問題なく生活できていることが不思議だった。
フェルディナンは、アランの話を思い出した。
駐屯地で自分の腕を持った女性を見つけたと、ずいぶんと興奮していたことを思い出す。
(あの時、アランはなんて言ってたんだっけ?)
フェルディナンは、その時の会話を思い出そうと必死になった。
──リディナ・カーマイトという若い女だった。
クーデターの後、志願した戦争で腕を失い、悲嘆にくれていたら知らない人に移植を提案されたらしい──
たしか、そんな話だったような気がして。
フェルディナンがぼんやりとしていると、
「…やっぱり未来の夫君にウソはつけないわ」
と呟き、ふいにサキソライトが視線を落とした。
「本当はね、違うの。…この腕は戦いで失ったのではなく、兄に切られたの」
「えっ?」
兄とは、リトシュタイン帝国の現・皇帝のことだろうか、と疑っていると、まるで心を読んだように彼女が微笑した。
「つまり、私は実験台にされたってわけ。…兄は言ったわ。『ダリール公家の血を引かない者が、公女の腕をつけたらどうなるか。ファミリアが生み出せるんじゃないか』と」
「まさか! 最初からこの腕がアレクシア公女のものだと知って移植したのか?!」
「フィーユの駐屯地で、アランに『これはあなたのものじゃない』と言われて衝撃を受けたわ。…私は」
その時だ。
ばんっと乱暴にドアが開いたかと思うと、アランがノックもなしにフェルの部屋に飛び込んできた。
だが、2人が寄り添っている光景を目にしたとたん、慌ててくるりと反転する。
「…おっと、失礼。ごめん、お取り込み中だった?」
「違う!そんなんじゃない」
サキソライトの腕から手を離し、フェルディナンは真っ赤になって飛び上がった。
「つか、なんだよアラン! なにか話があるんじゃないのか」
「…あー、うん、えと、…忘れた」
「はぁ?!」
出直してくる、とでも言うように逃げ出してしまったアランに呆れ、フェルディナンとサキソライトは、居心地が悪そうに顔を見合わせてしまった。
「…なんだよ、あいつ。なんなんだよ」
■□■□
大きな足音を立てて廊下を走り抜けたアランは、壁に寄り掛かって呼吸を整えた。
たまたま居合わせたファングが、何事かとでも言うように駆け寄ってくる。
「アラン?! どうした、ずいぶんと顔色が悪いようだけど」
「…ファング」
珍しく慌てふためく彼の様子に、アランは思わず苦笑してしまった。
さっきの光景を思い出して、うっかり顔がにやけてしまう。
1人でくすりと笑ってしまうと、ファングはますます訳が分からないというように首を傾げた。
「アラン?」
「…いや、別に。…フェルは幸せそうだなと思ってさ。政略結婚というから、どんなものかと心配してたけど、意外にいい組み合わせかもしれない」
とはいうものの、少しばかり寂しい。
小さい頃からいつも一緒にいた従兄が、少しだけ遠くに行ってしまったような気がしないでもない。
「…なにかあったんですか」
「いや?」
首を振ったとたん、ファングに二の腕を鷲掴みにされた。
「言って」
「…っ、」
有無を言わさぬ迫力に押されて、アランは戸惑いぎみに彼を見上げた。
「──えと、じゃあ、…フェルには内緒にして欲しいんだけど…」
「大丈夫です、なにも言いません。信用してください」
「…ふふ、頼もしいな」
護衛士らしい覚悟を決めたような面持ちに、うっかり笑いがこみ上げてきてしまった。
■□■□
「私の話を聞いてくれるか? どこか2人きりになれるところが良いんだけど」
とリクエストすると、城内に詳しいファングは、
「それなら」
と、王宮内に張り巡らされた秘密の地下道に案内した。
中庭に作られた隠し扉から奥に進んでいくと、その先からいくつもの通路が広がっている。
「こんなところに地下道があったなんて」
アランは呆気に取られて、言葉を失った。
「ここから道が分かれます。…昔、ヴァン殿下と2人で調理場に忍び込んでお菓子を盗み食いしたことが懐かしいです」
「ふふ。目に浮かぶようだ」
「その左は、武器庫と演武場。そしてパティオへ続きます。まっすぐ行くと王太子の部屋がある廊下に出ます」
「すごいな」
細かな説明に、アランは感心した。
「私が住んでいた頃は、こんなのあるなんて知らなかった」
「軍事対策用ですからね、あなたが公女だった頃はなかったかもしれません」
「そうなのか」
「どうぞ。先に行ってください」
ファングに促されて、アランがまず先に細い通路に足を踏み入れた。
細い梯子を伝って地下におりると、とたんに空気がひやりと冷たくなった。
しかも、真っ暗だ。
アランは携帯していた小型ライトをつけて、周囲をぐるりと見回してみた。
──岩壁を掘り崩した秘密基地のような代物。
いかにも男の子が好きそうな作りだ。
地下水はこの下を通っているのだろうか。
どこかで、小さく水音がする。
緩やかな風も吹いているらしく、ここが完全な密室でないことを証明していた。
ファングが追いかけてきたのは、間もなくだった。
「すいません。用心のため入口の穴をふさいでいたら遅くなりました。大丈夫ですか」
「平気だよ。暗いところは得意だ」
「それは良かった。…それで、話とは?」
ファングの問いに、アランはこくりと頷いた。
「王子の遺体を見つけた」
「!」
「いや、あれは遺体じゃない。まるで魂の抜け殻だ。『王子は死んでない』とルフトが教えてくれた。そして彼の存在を利用して、ダリール公国の復活をもくろんでいると」
「王子を利用? そんなことができるのですか。いったい王子は《何》なのです」
「――プリンシパル」
薄闇の中で、ファングが息を飲んだ気配がした。
彼の怪訝そうな表情が、ぼんやりと視界に入ってくる。
思案に暮れているのは、すぐに見て取れた。
「ファング。プリンシパルを知っているか」
「もちろんです。伝説のファミリアの花槽卿。──それが、ヴァン殿下の正体だとルフトが言ったのですか。あなたは、それを信じたのですか」
「ダメか?」
「ダメというわけでは…ただ根拠が分かりません」
「それは、たくさんあるだろう」
アランは壁に寄り掛かって、言葉を選んだ。
「そもそもファミリアが絶滅したのなら、なぜ私は男のままでいる? なぜサキソライト王女の腕は腐敗しない? 銃で撃たれて死んだはずのヴァンが、なんの施術もなくいまだ眠るように寝所に横たわっているのはどういうわけだ? …彼は不死身じゃなかったのか? 死の直前、なぜヴァンの体は光に包まれた? …考えれば考えるほど、信じないわけにはいかない。ヴァンは間違いなくファミリアの所縁の者だと思う」
「国王の子息が花槽卿だなんて、そんなことあり得るでしょうか」
「おそらくヴァンは、国王とはなんの血縁もない。ファミリアと人間のハーフなんて聞いたことないからな」
バフィト国王は、なんらかの情報を得て、生まれたばかりの花槽卿を誘拐したと考えるのが妥当だろう。
そのためファミリアの怒りを買ったのかもしれない。
『花槽卿を復活させるためには、まず国王を殺さなければならない』
というルフトの言葉は、そういう意味なのだろうと理解できる。
「まぁ、あくまで私の推理だけど」
と述べると、ファングが不安そうに距離を寄せてきた。
「…それで、あなたは、なんと返事したのですか」
「えっ」
「風配師とルフトは、プリンシパル・ヴァンが持つファミリアの力を利用して、バフィト王国を失墜させる計画を練っているのでしょう? その話を受けたのですか」
「…前向きに検討すると答えた」
はぁ、とファングがため息をついたのが分かった。
間違いなく呆れているのだろう。
「…フェルに相談しようと思ったけど。よく考えたらこんな話、フェルにはとても言えないと思ってさ。…だからファング。お前も納得できないなら聞き流してくれていいんだ。お前はもともと王太子付きの軍人なんだから、私や風配師に加勢する義務はないだろ」
「アラン、」
「いつか、私は国王暗殺を遂げて、お前やフェルの恨みを買うことになるかもしれない。その時、私は潔く処刑台に上がる覚悟で」
「では、今ここで殺されても文句は言えませんね」
「!」
ふいにファングの声質が変わった。
がちゃりと金属音が響き、暗闇の中で銃口を向けられたアランは、突然のことに身動きができなかった。
「いずれ敵同士になるのなら、ここで道を分かつのも一つの手かもしれません]
「…ファング。…違う、お前、ファングじゃ、ない…?」
ピストルを突き付けられ、驚愕したアランの声が震えた。
「誰だ…。まさか、…ジェスターなのか?!」
「地下の安置室からヴァンの体を盗んだのはルフトですか? ヴァン王太子の体はどこですか」
「そんなの…っ。悪用されると知ってて、答えるわけがないだろ」
「わかりました。では、こちらで探すまでです。…あぁ、ちなみにこのピストルに装てんした弾は、ヴァンを撃ったものと同じものです。ファミリアの力を殺人用に変化させた特殊仕様なのですよ。素晴らしいでしょう? 最後だから覚えておきなさい」
「…ジェスター!」
「もっとも、あなたは今ここで死ぬ運命なのですけどね。──それでは、ごきげんよう。良い夢を」
その声音と共に、心臓を打ち抜かれた。
この誰もいない地下室で。
銃声を聞いたものは、一人もいなかった。
ものすごい一足飛びに書いてる気がしますが。まだまだ続きます。
そして相変わらずのザックリ執筆です、汗。