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第五章『王妃の日記①』

 城内の軍指令本部から《アラン・エル・ノジエ処刑スケジュール》が、配布された。

 その書類をファングが渋い顔で目を通していると、ルフトが蒼白した面持ちで走ってきた。


「アランが処刑されるというのは本当ですか」

 半泣きになりながら詰め寄ってくる。

「…そうらしいな」

「アランはなぜ否定しなかったのです! 無実ですよね、もちろん」

「──処刑当日に、国王との謁見が予定されている。アランの目的はそれだろう」

「国王の殺害、ですか」

 声を震わせるルフトとは裏腹に、ファングはきわめて冷静な声音を発した。

「アランの頭の中には、最初から《それ》しかないよ」

「信じられない。生死の瀬戸際ですよ。処刑直前の拘束された体で、なにができるというのです?!」

「うまく相打ちに持ち込めれば…」

「ありえない!!」

 細い手に胸倉をつかまれ、ファングはやりきれないように細い息を吐いた。


「アランにはなにか考えがあるのだろう。しかし、その案が図れないことには、手伝うこともできない。…オレの体はどうなっている?」

 ルフトは、目を見開いた。

 ヴァン王太子の亡骸は、いまだベッドで眠ったまま。

 目覚める様子はない。


「…処刑日は何日ですか」

「4日後だ」

「じゃあ、ぜんぜん間に合わない! 風配師の羅針盤も、いまだ直っておりません」

 その瞳から、いまにも涙が零れそうだ。

 幼い少年には、ずいぶんと大きな負担になっているのだろう。

 ファングにすがるように、ルフトがその胸に額を押し付けた。

「プリンシパル・ヴァン…。どうか…アランを助けてください。あの公女は、僕らの希望です」

 祈るような、切実な想いだった。


 トランスフィールドが現れたのは、その時だ。

 大きな羅針盤を掲げ、得意げな風配師の姿が廊下の向こうから近づいてくる。

「できたわよ! 羅針盤が完成したわ。ヴァン王太子殿下。どうぞごらんあれ!」

 珍しく少女のような無邪気さでほほ笑むトランスフィールドに、2人は顔を見合わせた。


「…さすがだな。今まで以上に良い出来だ」

「素晴らしいです、お師匠さま! ヴァン王太子が死の淵から目覚めた暁には、この羅針盤でファミリアの力を存分にコントロールして、華麗なるダリール公国の復活を…と。…なんですか、どうしたのですか」

 これから我らの快進撃が始まるというのに。

 トランスフィールドとファングの2人の表情が、硬直する。

 その様子に、ルフトはきょとんと首を捻った。

 直後──

 ふいに現れたフェルディナンが、しかめっ面でこちらを睨みつけてきた。


「…プルーデンス…殿下」

 その表情が固まったと同時に、フェルディナンは眉をひそめて歩み寄ってきた。

「お前ら、なんの話をしている? …どういうことか説明してもらおうか」

「あの、これはですね。…その、っ」

 風配師の制止を振り切ってファングに近づいたフェルディナンは、蒼白した面持ちで護衛士を見据えた。


「さっきの話は本当か? ──プリンシパル・ヴァン…伝説の花槽卿…か」

「まだ抜け殻ですけれどね。…花槽卿をご存じでしたか」

「先刻亡くなったお前の母君が、そんな話を」

「えっ、母?!」

「そうだ」

 フェルディナンは肩をすくめて、トランスフィールドたちを見回した。


「話の続きを聞きたければ、オレも仲間に入れろ。どうせアラン救出を画策してるんだろ? …代償はなんだ、国王暗殺か? いいだろう、いくらでも協力してやる」

「本気ですか」

 驚愕するファングをよそに、ルフトの表情がぱあっと輝いた。

「ふわぁ! プルーデンス殿下、かっこいい。…まるで王太子のようですね…痛てっ」

「うるさいんだよ」

 褒めたつもりだったのに速攻でげんこつを食らってしまい、ルフトは半泣きでトランスフィールドの陰に隠れてしまった。



                  ■□■□




 アレクシア・クリスタ公女の寝室で眠るヴァンを見下ろし、フェルディナンは驚きに双眸を震わせた。


「驚いたな。…本物か」

「触れてはいけませんよ」

「わかってる」

 ルフトに偉そうに注意されて、フェルディナンは小さく舌を打った。

 前傾姿勢になってベッドを覗き、その変わり果てた姿にさらに驚愕した。

 ──ヴァンの全身は刺青のような模様に覆いつくされ、葉と花の文様がまるで祭壇を飾るかのように取り巻いている。

 別人のように見える。が、その面影は、間違いなく彼の知っているヴァン本人だ。


「…アランもこれを見たのか」

「あぁ」

 ファングは頷くと、フェルディナンはやれやれとばかりに天井を仰いだ。

 そして1冊の本を掲げると、とたんに得意げになってにかりとファングを見つめた。

「王妃の日記だ」

「え?!」

「母親の形見だろ。お前にやるよ、《ヴァン》。…これはお前のものだろう」

「…」

 手渡された日記は、その重さ以上にファングの胸内をざわめかせた。



                  ■□■□



 中庭で日記を読むファングを、フェルとサキソライト、そしてトランスフィールドとルフトの4人は遠くからその様子を眺めた。

 庭先に腰かけて熱心に読みふける姿がどこか悲痛で。

 彼らは、かける言葉すら見当たらなかった。


 バフィト国王の妻・アンティナ。

 一部では「気がふれた」と吹聴されて、ろくな会話もできない印象が強いが。

 そこに書かれた文面は極めて丁寧で、人柄のよさが現れた美しい文字で綴られていた。





『 霧かかる月(10月) 6日目 』

 第一王子ヴァン・テ・ラトュールを出産。

 出産中に呼吸不全と、血中代謝機能障害を併発し、王子の容態は芳しくない。

 生まれてすぐに別室にて隔離。


『雪降り落ちる月(12月) 27日目』

 生まれて2カ月以上過ぎたというのに、いまだ王子を抱くこと叶わず。

 まったく情報が入らない事態に、ただ困惑している。

 思わず侍女に当り散らすも、とにかく命だけは、と祈る日々が続く。


『静かな雨の月(1月) 11日目』

 ようやくヴァン・テ・ラトュール王子と対面。

 生まれた時よりも体重が増え、小さな体を抱き上げると、咆哮するトラのような声で泣き出した。

 元気で可愛らしい。バフィト家の宝石。


『静かな雨の月(1月) 14日目』

 数々の疑問が、頭を巡る。

 生まれた時のヴァンは深い紺色の瞳をしていたと記憶していたのに。

 なぜか目の前で笑う子は、濃い緑色の光を宿している。

 それに生まれた時には、たしか左手の中指と薬指がいびつに曲がっていたように思えたのに。

 なぜかこの子はしっかりとした力で私の指をぎゅっと握り締めてきた。


『翌年。花咲きゆれる月(4月) 12日目』

 ヴァン・テ・ラトュール王子。1歳半の祝賀バーティに、大公妃ダニエラ様がご来訪。

 まさかのご訪問に歓喜。

 ダニエラ様が抱いておられるのは、先日生まれたばかりのアレクシア・クリスタ公女だ。

 その愛らしさに、多くの親戚や貴族が注目している。

 春の盛りに生まれた美しい姫君に、幼いヴァン・テ・ラトュール王子も夢中になった。



 そこまで読み終えて、ファングは思わず目を細めた。

 この時のことは、よく覚えている。

 生まれたばかりのアレクシアはまだ小さな籠の中に入っていて。

 周りの騒がしさなど気に留めずスヤスヤと眠っていた。

 ヴァンが「ボクの妹にする!」と言いだして、大人たちが大爆笑したのだった。

 たしか、近くにアレクシアの従兄プルーデンスもいたんじゃなかったか? と、ふとそんなことを思い出して、懐かしくなった。


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