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第四章『はかりごと②』

 王妃の寝室で。

 フェルは静かに眠る義母を見つめた。

 意識はない。急激にやせ細った王妃は見る影もなく、顔色も悪い。


 そんな中。

 アランは1人で、王妃の部屋を訪れた。

 ふと顔を上げたフェルディナンが、うつろな視線を向けてくる。


「…やぁ、アラン」

「フェル、ひとり?」

「さっき軍医が診てくれて、薬を飲ませてくれた。サキソライトが花を持ってきてくれたけど、部屋に下がらせた。」

「そう」

 アランは、サキソライト王女が持ってきたという花を見つめた。

 派手さはないけど、優しい色づかい。

 軍人である彼女の中にある温かさが、よく伝わってくる。

「優しい婚約者だね」

 と言うと、フェルディナンは少しだけ嬉しそうに目を細めて、

「ここにいると、小さい頃を思い出すな」

 と呟いた。


 1人で眠るのが怖くて、よく母の寝室にもぐりこんだものだった。

 いつも怒られたけれど、最後は必ず「仕方ないわね」と笑いながら、一緒にベッドに入れてくれた。

 ──目の前にいる女性は、自分の母親ではないけれど。

 ヴァンの母親なら同じことだ。

 彼のためにも、自分は最後までこの人についてあげなきゃならないと思える。


「縁起が悪いな」

 と、フェルディナンは自嘲した。

 1人でいたら、ろくなことを考えない。

 ヴァンが見たら、さぞかし怒り狂うことだろう。


「あのさ、」

 フェルディナンの横に座ったアランが、小さなトレイを差し出してきた。

「おかゆ、作ったんだけど」

「へぇ。お前が料理なんて珍しいな。これ、ハーブ粥か。オレの妹から教わったのか」

「だったらよかったんだけど」

 アランは、困ったように肩をすくめた。

「残念ながら違う。…今度、シェノアにおいしいレシピを聞いておくよ。彼女はハーブ知識の達人だからね。彼女のレシピなら、少しは王妃も回復するかもしれないしね」

「伝えておくよ」

 器を受け取ってみたものの、フェルディナンは躊躇したように動かなくなった。


「…食べさせてやりたいけど、いつ目覚めるのか分からないんだ」

 その王妃の姿に、眠り続ける王太子の姿が重なり、アランは涙をこぼした。

 堪えようとするたびに、雫が頬を濡らしていく。


「…アラン」

「死んで欲しくない。生きてて欲しいよ…っ」

 王妃とは数回ほどしか面識がないが、いつも笑顔が絶えない印象だった。

 優しい眼差し、穏やかな口調。

 そして、ヴァンが最も大切にしている人。

 そこに血の繋がりなど関係ないのだ。

 掛けがえのない人を失うのは、誰にとっても辛いことだと、アランにもフェルディナンにも分かっている。


「仕方ないな。お前の気が済むなら、形だけでも食べさせてやってくれよ」

 アランの気持ちを慮ったのだろう。

 フェルディナンの言葉に頷き、アランは眠る王妃の口にそっとスプーンをしのばせた。

 かすかに開いた口から、少しだけ食べさせてみる。

 飲み込んだのかどうか、生気を失った唇から細く白い喉にかけて、かすかに動くのが見て取れた。

 その様子を、フェルディナンが見守っている。


「あの、さ。アラン。…その、サキソライトのことなんだけど」

 フェルディナンの唇が、言いにくそうに動く。

 何を言おうとしているのか、アランが不思議そうに首をかしげて聞き入った瞬間。

 王妃がいきなり苦しみだした。

「えっ」

 と目を見張った2人の前で、発作のような暴れ方でもがき苦しみだした王妃がうめき声を上げる。


「なんだ。なにが起こったんだ?!」

 身を乗り出して王妃の顔を覗き込むと、その直後、彼女は青白い顔をして意識を失ってしまった。

「…っ、なんだよ、これ」

 軍医を呼ぶべきか、と迷っていたその時だった。


 いきなり軍兵が入室してきて、アランを取り押さえた。

「アラン・エル・ノジエ。王妃殺害の罪で逮捕する」

「!」

 ぎょっとしたアランが軍兵に羽交い絞めにされ、フェルディナンは愕然とした。

「ばかな…! 待て、なにかの間違いだ。アランに罪はない。そんなことするやつじゃない。おい!!」

 フェルがわめいている。


 ――謀られた、と思ったものの、アランはすぐさま猿ぐつわをはめられ、言い訳すらできない状況に陥ってしまった。

 罠にハメられたのだ。


 …どこかに、証拠が残っていないか?

 軍人に腕を掴まれて退室する一瞬、アランはちらりと室内を見回した。

 ──王妃の部屋の片隅。

 サキソライト王女が持ってきたという花瓶の横に、小さな監視カメラのレンズが光っていることに気づいた。

「アラン! ウソだよな?! なにかの間違いだよな、そうだろう?」


 しかし、なんの返答もない。

 口をふさがれてしまったアランは、軍兵たちのされるがまま連行されるしかなかった。





                  ■□■□




 まもなくして、王妃の逝去が国民に伝えられた。

 旅行中に伝染病に感染したとされ、同行していたヴァン王太子もまた同様に感染してたと伝えられた。

 隔離して回復につとめたものの、2人とも帰らぬ人となったという訃報に、国民のすべてが嘆き悲しんだ。

 …と、新聞には記載された。


「ふっざけるな!」

 憤ったフェルディナンが、新聞を床に叩きつけた。

 ファングは暗い表情のまま。

 サキソライトもまた、沈んだ面持ちで新聞を拾い上げた。


「もののついでみたいに王太子の死も告知かよ。ちょうど良かったと言わんばかりのネタ扱いだ」

「…フェル」

 顔を歪めたサキソライトが戒め、その視線がファングへと向けられた。


「ファング、あなたは大丈夫なの?」

「え?! なにがですか」

「だって、王太子も王妃も、あなたにとっては身近な人だったでしょう? 気落ちしてるんじゃない? 顔色が悪いけど」

「あぁ、そうですね、…そうかも。お気遣いありがとうございます」

 ファングが抑揚のない声音を吐くと、彼女は困惑したように苦笑した。

「やだ、呼び捨てでいいのよ。あなたには以前、駐屯地で取り押さえられて事情聴取まで受けたんだもの。あの時のことは忘れていないわ。今さらかしこまる間柄でもないでしょ」

「恐れ入ります」

「それに、アランのこともね」

 その瞬間。

 室内にいる誰もが、無言になった。


 もちろん、アランが犯人などとは、誰1人として思ってはいない。

 しかし、アランは今、王宮の地下室にいる。

 立ち入り禁止で、面会謝絶。当然のことながら、誰も会いには行けないのだ。


 窓もなく、今が昼なのか夜なのすら分からない場所で。

 アランはどんな思いで過ごしているのだろう──


「やたらと対応が早すぎた」

 フェルディナンは、納得がいかない顔で親指の爪をぎりっと噛んだ。

「あの部屋は監視されてたんだ。王妃の体調が不安定だからと、軍医が監視カメラを取り付けたのだが…。まさかアランが持参したお粥を、王妃が食べて倒れる現場を押さえられるとは予想もしていなかった」

「…別の誰かがお粥に毒を盛った可能性は?」

「あれはオレがアランに言われて材料を用意した」

 とファングが、険しい顔で伝えた。

「怪しいものは何ひとつ入っていない。オレが保証する」

「それなら、なぜ王妃は、アランのお粥を食べて苦しみだしたの?」

「お粥が原因じゃないからだろ?」

「えっ、それどういう意味?!」

「…城内の全員が容疑者ってことだよ」


 薬を飲ませた軍医。

 お粥を持ってきたアラン。

 花を盛ってきたサキソライト。

 監視カメラを取り付けた側近。

 看病していたフェルディナン。彼のそばにいたファング。


「分かるだけでも、これだけの犯人候補がいる」

「あぁ、」

 フェルとファングが顔を見合わせると、

「あ、私もってこと?」

 その候補に自分が含まれていることに、サキソライトは戸惑っているようだった。





                  ■□■□




 地下室に投獄されたアランは、部屋の隅に置かれた雑な即席ベッドに横になった。

 仰向けに転がり、じっと目を閉じてみる。

 そして、なにもない天井を見つめて、物思いに耽った。

 青い空、澄んだ空気、流れる白い雲、家族の笑い声。

 …忘れかけていた何もかもが、とたんに思い起こされて郷愁をそそる。


 まさか自分がかつて住んでいた城の地下に投獄されるとは、思いもよらないことだった。

(まったく、両親に言い訳がたたないな)

 と苦笑するほどには、少しだけ元気が残っている。


 あれが何日が過ぎたのか、日付すらも定かじゃない。

 これからどうなるのか。

 ただ運命にすがるしかない自分を呪いかけていた、その時。

 ふいに足音が近づき、黒マントの男が姿を現した。


 まさかジェスターが来るとは思わず、アランは慌てて跳ね起きた。

 よく見ると、男にしては、少し背が低いように思える。アランより少し高いくらいか…。

 それに、

 顔はほとんど見えないものの、近くに立つと意外に若い気がして、不躾にも凝視してしまった。


「この過酷な境遇で午睡とは、優雅なものですな」

「…ジェスター」

「おや、この私の名をご存知とは、光栄でございます」

 慇懃無礼な口調で一礼する彼に、アランは眉をひそめた。


「そちらはなんとお呼びしたらよろしいかな。王妃殺しのアラン・エル・ノジエ。その名のとおり、《オモチャの翼》と見まごうべき、ひどく作りのもろい人生ですな」

 下卑た笑いが、地下室にこだました。

「…聞くところによると、王妃殺害を黙秘しているとか。それでは肯定していると捕らえられても仕方がありますまい。…なぜ否定しないのですか」

「私をここに投獄するのがお前の目的だったのではないのか」

「はは。こうも素直になられては、かえって気持ち悪いですな。このまま否認せずに黙秘するなら、数日後には処刑台に上がることになりますよ」

「無論、そのつもりだ。潔く死を迎えよう」

「…アラン・エル・ノジエ」

 小さな嘆息が、かすかに耳に届いた。

「今、ここで私に屈服するなら、助けて差し上げることができますよ」

「そんな気もないくせに。よく言うよ」

 アランは呆れ果てて答えたものの、しばらくしてはたと思い立った。


「いや、それなら一つ、望みがある」

「ほぅ、なんでしょう」

「確か、処刑者への温情として、死ぬ間際に一つだけ願いが聞き入れられるという規則があったな」

「それは、ございます。…あなたが望むなら、一日だけ教皇の椅子に座ることも許されるでしょう」

「国王に謁見したい」

「…なんですと」

 ジェスターは、意外そうにアランに見入った。


「遠くから拝見するだけでも構わない」

「…なぜ」

「フェルとこの城に来たとき、私は国王に忠誠を誓ったのだ。王妃殺しは否定しないが、せめて国王には拝顔しておかなれければ、死んでも死に切れない」

「──検討しておきます」

「検討?!」

 アランは思わず身を乗り出して、地下牢の柵を握りしめた。

「罪人とはいえ、最後の願いは絶対のはず! 承服しかねるというのは、ありえないぞ、ジェスター!」

「…分かりました」

 仕方なくとばかりに、ジェスターが頷いた。


「では、処刑日当日。バフィト国王に見守られて死んでいくがいい。アラン・エル・ノジエ」

「──当日、」

 鉄製の柵を強く握り、アランは茫然とした表情でそう呟いた。



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