表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

第四章『はかりごと①』

 ルフトが寝室のドアを開けると、ベッド脇に座ったアランが疲れた様子で顔を上げた。

 ここのところ、アランは毎日のようにこの部屋を訪れている。

 心配なのは分からないでもないが、そばにいるからといって早く目覚めるというものでもない。

 ルフトは静かに歩み寄った。


「あまり頻繁にこの部屋に出入りするのはどうかと思いますよ。ほかの人に怪しまれます。特にフェルに気づかれるとマズイのでは?」

「…トランスフィールドはどうしている?」

 質問に答えず、アランはベッドに視線を向けたまま尋ねた。


「今は壊れた羅針盤を修復しています。あれが動かないことには何もできないので…それに」

 とルフトは言いよどんだ。

 風配師とリトシュタインの皇帝が知り合いかもしれないなんて、口が裂けてもいえない。

 アランを励まそうと、うっかり口を滑らせる気がして、内心は気が気ではない。

 ルフトは、アランの横に立つと、身を乗り出して眠り続けるヴァンを見つめた。


 ヴァンの体に、少しずつプリンシパルとしての兆しが見え始めている。

 体中につる草のようなあざが広がり、風花に似た模様が顔にも浮き出ている。

 ──まさしく、ファミリアを生み出す花槽卿のしるし。


「次に目覚めた時、ヴァンはもう元の彼ではないのかもしれないな」

 そんな予感が、アランの脳裏をよぎった。


 そもそも、目覚める日など本当に来るのだろうか。

 ファミリアの力が、ヴァンの体に充満するのを待ち続けるなんて。

 永遠にこない目覚めの日を、気が遠くなるほど待っているだけかもしれない、と思うと辛くなってくる。


「僕らの知っている王太子とは別人のようですね。ここまで来ると、バフィトの息子ではないという話を、信じないわけにはいきません」

「…プリンシパルは、露桟敷つゆさじきの木から生まれる。それが真実なら、ヴァンもそうやって、この世界に現れたのだろ?」

「花槽卿の存在はずっと伝説だとされていましたから、誰も信じちゃいなかったんです。僕ら風配師だって、ほとんど信仰のように崇めていたぐらいですから。…ヴァン王子が撃たれる前はね」

「その割には、」

 と、アランが珍しく子供のようにくすりと笑った。

「いつだったか、私を花槽卿だと疑って、私の服を脱がせようとしたくせに」

「それは、ちょっと確認したかっただけですよ。根に持たないでくださいよ」

「ふふふ」


 風配師ですら半信半疑だった花槽卿の存在を、バフィト国王は確信していた。

 …でなけりゃ、あの道化師ジェスターが、口添えでもしたのか。

 どんな理由で?

 あの道化師は、いったいいつから国王に仕えている?

 やはりあの時、道化師はフェルディナンではなく、アランではなく、確実にヴァンを狙って銃口を向けたのだとしたら…


「そりゃもちろん。花槽卿をよみがえらせるには、まずヴァン王太子に一度死んでもらう必要があったから、でしょうね」

「…となると、道化師はファミリア推進派ということになる。…もしかして味方じゃないのか?」

 アランの言葉に、ルフトは大きく目を開いた。

 ヴァンを殺した相手をつかまえて、味方だなんて──

 アランはどこまで広い見方をするのだろう、と半ばあきれてしまう」


「ものすごい破天荒な推察ですが、面白い見解ですね。しかし、そんな男が国王の側近になって、なんのメリットがあるのです? 国王は大のファミリア嫌いで有名ですよ」

「王子を監視する必要があったから、とか? 勝手に死なれては困るから」

「ははは。王子は不死身なんじゃなかったんですか」

 さらりと聞き流されるかと思ったのに、アランは意外にも食い入るようにルフトを見つめた。


「その話って、有名なのか?」

「え…不死身の話ですか? そりゃまぁ…諸外国との軍事抗争の際には、毎回傷ひとつ負わない猛者だというのは言われています。ヴァン王太子が殺しても死なない男というのは、知る人ぞ知る周知の事実です」

「道化師は、そんな王子を殺す術を知っていた」

「狙撃のターゲットが、王子であるならね。この話をすると堂々巡りですよ」

「間違いない。もし私やフェルを狙っていたのなら、弾丸は普通のものでいいはずだ。そんな流れ弾に当たった程度なら、ヴァンは死んだりしなかった」

「…あの男は、未来予知ができるんですかね? あなたがフェルをかばうのを、さらに王太子があなたをかばうのを、彼は予期していたってことでしょう?」

「道化師は、どこでそんな情報を手に入れたんだ…?」

 うーん、と考え込んでしまったアランは、ベッド脇から動かないまま思考を巡らせている。

 あぁ、この人は、今日もここで日暮れまでを過ごすつもりらしい。

 夕食を運んでこなくてはならないな、などと思っていると、ふいに身を起こしたアランが、ぐっとシーツを握りしめた。


「…アラン?」

「いくら考えても、最終的にはあの道化師の存在にたどり着く。まったく気になって仕方がない」


そういえば、

『彼を探るのは容易ではない。まるで強固な鉄壁だ。銃の腕が立つ上に、彼は国王の保護下にある。簡単には尻尾を出さないだろう』

 と言っていたファングの言葉を思い出した。


 となるとジェスターの罪を暴くのは容易ではないだろう、と思案にくれていると、

「ところで、ファングとキスをしたんですか」

 ふいにルフトに尋ねられ、アランは

「うぇっ?!」

 と、妙な声を発した。

 とたんにあわあわと取り乱し、その顔が真っ赤に染まっていく。

「はっ? えっ、何だって? 今なんてっ!」

「そんなに驚くことですか。つまりファングの《中身》と、両思いになったのかと、聞いたのですが」

「…っ。キスなんかしていない! 想いはちょっと、通じたかもしれないけど、」

「ちょっと?」

「付き合ってはいない! …って、なんだよ、その顔」

「別に。…まぁ今は男同士ですしね、仕方ないですよね。お互い、本当の姿が戻らないうちは、ちゃんとお付き合いできないし、告白もできないでしょう。本当の恋仲になるのは、いつになるやら。厄介な話ですね、」

「ものすごく余計なお世話なんだけれども!」

「そんなことありませんよ」

 があっと、今にもかみつきそうな形相のアランのうろたえぶりに反して、ルフトの方が大人びて見える。


 ふむ、と視線を落とし、彼は神妙な面持ちで子供らしくない声音を発した。

「あなた方の成り行きによっては、この国の存続にも関わる話ですよ。だいたい、この話をフェルが聞いたら」

「フェル? なんであいつが関係ある?」

「うわ、この人…本気でそんなこと言ってんですかっ。最悪」

「…なんで最悪だよ」

「人の心に疎い人間は、ヒエラルキーの頂上に立つべきではないと、ボクは常々思っているからです。サキソライト王女と婚約させられたフェルの気持ちを考えたことがあるのですか」

 アランは、きょとんと目を開いた。

 なんのことだか理解できないというように、その眼差しが揺れる。


「フェルとは従兄弟で幼馴染だ。私と彼は、幼い頃からなんでも話し合ってきて、心の底から分かり合っている。今のフェルは、とても幸せそうだ」

「鈍いにもほどがありますね。傲慢のきわみですね」

「お前は私にケンカを売っているのかな、ルフト」

 剣を常備していないアランは、おもむろに彼に近づくと、彼が腰に携帯している懐刀を引き抜いて、ルフトの首に押し当てた。

「わあっ、暴力反対!」

「うるさい」

「人の心など、読めなくて当然です。フェルの本心が、あなたに分かると言うのですか!」

「慮ることはできる」

「思い込みかもしれないじゃないですか! …道化師は実は味方かもしれないと、今あなたが言ったんですよ。似たようなものです」

 驚愕に目を開いてルフトを凝視したアランは、ふいに視野が開けたような面持ちになり、剣を下ろしてルフトから身を引いた。


「分かった。では、フェルに直接聞いてくる」

「えええええ?! ちょっとやめてくださいよ、なに言ってんですか、アラン?!」

 だが、ルフトが引き留めるのも聞かずに、アランはすたすたと寝室を飛び出していく。

「アラン、待って!! うわあああ、まずい、フェルに怒られる!! 僕が死刑になったらどうするんですかっ!」


 慌てるルフトをよそに、アランは知ったことかとでも言うように、振り返ることすらしなかった。




                  ■□■□






 秘密の部屋を飛び出したアランは、その足でフェルディナンを探した。

 この時間なら、たぶんサキソライトと一緒にいるはずだ。

 城内のどこかにいるはずなんだけど──と思いながら、王宮の長い廊下を歩いていた、その時。


 ちょうど王妃の寝室から出てきたファングと鉢合わせして、アランははっとした。

 ずいぶんと顔色が悪い。

 なにかあったのかと訝しむアランに、ファングは小さなため息をついた。

「王妃が倒れた」

「え?!」

「具合が芳しくない。そろそろ死期が近いのだろう。今はプルーデンス王太子が付き添っている」

「…」

 ファングの口調はずいぶんと淡々としたものだったけれど。

 …本当なら、一番そばにいてやりたいのはファングのはずだ。

 だが今は家臣の姿で、血縁でも何でもないのだから、彼が付き添えば余計に怪しまれる。


 そしてフェルディナンも…

 本来、なんの縁も所縁もない義母のために、寝たきりの王妃のベッドに添っているのだ。

 息子の顔をして…。

 そう考えると、2人の王太子に与えられた試練は、なんと苦しいものだろう。


「…大丈夫か、ファング」

 そうは言ったものの、なんの慰めにもならない言葉だ。

「オレは平気ですよ」

 もちろん、そんなはずがない。

 この状況で一番つらいのはファング自身だ。

 それが分かるだけに、アランは思わず両手を伸ばして彼を抱きしめた。

「男に抱きしめられるなんて心外だろうが、しばらく我慢してくれ。こうしてやりたい心境なんだ」

「…アラン、」

「なんとかして王妃を元気にできないものだろうか」

「ムリだろうな。軍医も必死にがんばってくれているが、あとは本人の気力しだいというところか」

「…うまくいかないものだな。せめてなにか美味しいものでも…」

 と考えて、アランははたと思い出した。

「なぁ、ファング。取り寄せて欲しいものがあるのだが…」

「?」

 ファングが不思議そうに首を傾けるのを見て、アランは名案とばかりににこりと笑ってみせた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ