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第一章『落胤①』

挿絵(By みてみん)


フェルディナンと王宮に向かったアランは、迎賓棟の待機室でずいぶんと待たされることになった。

ふかふかのソファに座ってすっかりリラックスしているアランとは裏腹に、フェルディナンはどこなく緊張している。

部屋の隅っこに張り付き、しかめっ面で外ばかり見つめる彼を案じつつ、アランはテーブルの上にあったクッキーをつまみ食いした。


「国境のマリオ叔父には、王宮に入ることを話したのか?」

「あぁ、」

と、フェルディナンは気のない返事を返した。

「ちゃんと納得してくれたよ。オレは自分の親が誰であっても別に興味はない」

「ずいぶん割り切った親子関係なのだな」

「信用し合っていると言ってくれ。お互い大人なんだし、人の道を外れるような子供でもない」

「確かにね」

「お前こそ、大丈夫か、アラン」

「うん、平気だよ」

 アランは、クッキーを口にくわえたままにこりと笑ってみせた。


 ──子供の頃に住んでいた懐かしい王宮。

 でも、ここにはもう王太子はいない。

 そのことを改めて自覚した今になって、彼の事が好きだと気づくなんて愚かしいにもほどがある。

 もっとたくさん彼と話をしておくべきだったと思いながらも、すべては過ぎたことだと諦めようとした。


 そして、ファングも…ヴァンが死んでからはすっかり毒気がなくなってしまったみたいだ。

 以前のような血気さがないというか…

 ふさぎ込むというより、何かを真剣に考えている様子だ。

 ヴァンがいなくなったせいで、ファングも心もとなく思っているのかもしれなかった。


 窓辺でぼんやりしていたフェルディナンが、ふと、

「こないだルフトが言ってたことだけどさ」

 と、話を切り出した。


 ──『王太子は本当に死んだんですよね? それなのに国葬もなしだなんて。

    国民にはどう伝えるつもりなのでしょうか』


 ルフトの言葉を思い出したアランは、紅茶の入ったティーカップに口をつけて頷いた。

「うん。それは私も気になっていた。…ヴァンの生死に疑問があるわけじゃない。しかし、彼の遺体はちゃんと荼毘に付されたのだろうか。まだ墓標すらないのだろう?」

「オレも、遺体のことはよく分からないな。国王がどこかに隠しているのかもしれない。なにしろ城内では《王太子は遠征に出かけている》らしいからな」

「最悪だな、それ。国王の意思なのか?」

「あれじゃあ王太子の魂はうかばれない。今頃どこかで幽霊になってさまよっているのかもな」「怖いこというなよ」

 フェルディナンのブラックジョークに顔をゆがめ、不謹慎とばかりに首を振ったその時。


 来賓室のドアがノックされて、ファングが入って来た。

「お待たせしました。国王陛下がお会いになるそうです」

 フェルとアランは顔を見合わせた。

「心の準備はいいか」

「もちろんだよ」

「取り乱したりするなよ」

「分かってる。そっちこそ震えないでよ」

 互いにくすりと笑い、仲の良い兄妹のように肩を並べて歩き出した。



            □■□■




 ファングに連れられて謁見室に入った2人は、異様な空気に息をのんだ。

 目の前に立つバフィト国王は、あいかわらず威圧的なオーラを放っていた。

 以前、王宮内でたまたま遭遇した時にも、すぐに切り掛かられそうな眼光で見据えられた記憶があるが。

 今はそれ以上の圧迫感がある。



 そしてなにより、国王の傍らに立つ黒マントの男。

 宮廷道化師ジェスターが控えていることに、アランたちは大いに驚愕した。

 しかし、ここでいきなりもめごとを起こすのはよくないと分かっている。

「ご挨拶を」

 ファングに促されて、フェルディナンは仕方なく深く頭を下げた。


「はじめまして、国王陛下。お会いできて光栄です」

「…はじめまして? 初対面ではないだろう、プルーデンス・ユー・ルノー。子供の頃に何度か会っている」

 もっとも。

 その頃、バフィト国王はまだ陸軍元帥という職にあって。

 プルーデンスは国王の甥という立場だった。

 それが今じゃすっかり逆転して、フェルディナンのほうが頭を下げる身分なんだから、まったく笑えてくる。


「覚えてくださっていて光栄です、閣下」

「お前の身の回りのことは、すべてファングに任せようと思う。もともとヴァンのお付きだったから、いろいろ教えてくれるだろう。…もっとも、この城で育ったお前には余計なお世話かもしれないが。私の後継者として、しっかり勤めを果たすように、プルーデンス王太子」

 フェルディナンがこくりと頷いたのを確かめ、国王はくるりと踵を返して退室しようとした。

 その彼を、アランが慌てて呼び止めた。


「恐れながら、陛下」

 アランが口を開いたことで、ファングがぎょっとした。

 また面倒なことが始まるのかと、懸念しているらしい。

 しかしアランは、丁寧に頭を下げたまま、かすれた声を吐き出した。

「ヴァン王太子が逝去されたことについて、陛下はどのようにお考えなのですか」

「!」

「彼を射殺したのは、そこにいるマント姿の道化師ではないのですか。それなのに、なぜ、なんの処分もなく、国王のそば付きでいる理由をお聞きしたい」

 そのとたん、国王にじろりと見下された。


 異様な雰囲気を感じ取り、ファングは慌ててアランの前に立った。

「彼は、その、ご存じかもしれませんが、フェル…プルーデンス王太子の古い友人です。先日申し上げましたように、アランも今日からここで暮らすことになった男です」

「あぁ、もちろん覚えているさ。確か、ヴァンの友人でもあったな。変な名前の」

 じろじろと見られてしまい、アランは妙な心地悪さを感じた。

 あまつさえ、

「お前はどこの魔術師だ」

 国王からの意外な問いかけに、無意識に

「えっ?!」

 と声を発してしまった。


「私の見間違いでなければ、先日祈祷室にいただろう」

「!」

「女の格好でいきなり飛び出してきたかと思うと、あの騒ぎの中でいつの間にか男に戻っていた気がするが。…おかしな術でも使ってプルーデンスをたぶらかされては困る。彼はもう王家の大事な後継者だからな。お前のような怪しげな輩を城内に引き入れるわけにはいかぬのだ。――王子を射殺した道化師がなぜここにいるのかも、…お前に話す必要はない。出て行け」


 切り捨てるような言葉に、フェルディナンがかっとなった。

「アランが一緒でなければ、オレも出て行く」

「なんだと。そんなことは許さない。お前はもうこの王宮の住人だ。…ジェスター、プルーデンス王子を部屋に連れて行け」

「やめろ、離せ!」

 ジェスターに腕を掴まれ、強引に部屋から連れ出されそうになったのを見て、アランはようやく自分の失態に気が付いた。


「お待ちください、陛下」

 フェルディナンをかばい、国王の前に立ったアランは、拳を胸にあてて軍部の敬礼をまねた。

「大変申し訳ありませんでした。失礼なことを申し上げましたが、私に他意はありません」

「…ほう? その割には、恐ろしいほどの殺意を感じたがな」

「っ!」

「王家に恨みはないと言うか?」

「そんなものございません」

「では、脱げ」

 不意打ちの言葉に、アランは

「は?!」

 と声を上げた。

 その傍らで、ファングとフェルディナンが蒼白して固まっている。

「ぬ、脱ぐとは、服をですか」

「武器は持っていないと証明し、丸腰で国家に忠誠を誓え」

「…」

 一瞬だけ躊躇したものの、アランはすぐさまその場で全裸になり、国王の前に跪いた。

「──私の心と体のすべては、陛下と国家のものでございます」


 いくらこの場をおさめ、国王を納得させるためとはいえ、理不尽な扱いであることは間違いなかった。



 無事に謁見を終えて廊下に出たとたん。

 フェルディナンは長いため息を吐いて、壁に寄り掛かった。

「まったく! 肝が冷えたよ! なんてことしてくれるんだ。もし王太子が生きていたら発狂ものだな」

「…ごめんて」

 すっかり恐縮してしまったそんなアランを、ファングは複雑な表情で見つめている。


「それにしても、よく堪えましたね」

 珍しく褒められて、アランが目を細めた。

「あんなの屈辱でもなんでもないよ。口先でなら何とでも言えるものだからな。…むしろ女の姿でなくて本当に良かったよ」

「アレクシア公女の姿だと、この国では生きにくいのかもしれませんね」

「ヴァンが力を貸してくれたのかな?」

 ふふと嬉しそうに笑うアランに、ファングが呆れた。

「能天気なことですね。もし王太子が生きておられたら、公衆の面前であなたが裸になることをお許しにはならなかったでしょうけどね」

「あせった王子が、天国から戻ってくるかもしれない」

「可愛らしいことをおっしゃる」

 そんなことをファングに言われてしまい、アランはうかつにもかあっと赤面してしまった。




            □■□■





 王宮での生活が始まると、まず手始めにプルーデンスの帝王学教育が計画された。

 王太子として、この国を引き継ぐための教育は、毎日のように行われて、さっそくフェルディナンをうんざりさせている。


 何人もの家庭教師にかこまれ、次から次へと知識を叩きこまれて、彼はすでに疲れ切っているように見えた。

 アランは、そんな彼のサポート役を命じられた。

 ファングの提案だ。

 アランはもともとアレクシア・クリスタ公女として、多少なりの帝王教育を受けていたので、王太子教育には適任だろうと思われたのだ。


「…なんかごめん。お前まで巻き込んで」

 フェルディナンの珍しく殊勝な言葉に、アランが苦笑した。

「別に構わないよ。そっちこそ大丈夫? すでに倒れそうな顔してるけど」

「──オレは、いいんだ。なんでもやる」

「そう?」

「ヴァンはオレのせいで死んだようなものだから、彼の代わりに出来ることはなんでもしたいんだ。まぁ、できることは限られているけどな」

「そうか」

 と頷き、アランは静かに立ち上がった。

「少し休憩しようか。勉強ばかりだと気が滅入るから、お茶を用意してくる」

 そう言うが早いか、アランはすぐに部屋から出て行った。


 タイミングの良いことに、廊下の先でメードに出くわしたアランは、彼女にお茶を運んでくるように頼み、そのまま王宮内の散策へと歩き出した。

 頑張っているフェルディナンには悪いが、たまには1人でのんびりしたい。

 王宮の長い廊下を歩きながら、アランは垣間見える青い空を見つめた。

 …こんな穏やかな気分になったのは、本当に久しぶりだ。


 話し相手ときたらフェルディナンしかいないし。ファングはいつも忙しくて、走り回っている。

 王太子のそば付きとは言うものの、武器やら衣装やらを調達したり、さらに軍部での仕事もあるから、王宮内でも滅多に会うことがない。

 アランたちに構っている余裕はないのだろう。



 ひとり別棟に向かったアランは、長い階段を上がって王宮の屋上へと出た。

 …良い天気だ。

 そして、なにより景色がいい。

 向かいの連峰が遠くまでそびえていて、

(あの先になにがあるのだろう)

 と、久しぶりに、そんな子供めいた感傷にひたった。


 そんな時だ。

 隣の執務棟のテラスが、こちらから丸見えになっていることに気づいた。

「あ、」

 と思ったとたん。

 バフィト国王がテラスに現れ、ひとり物思いに触れるように遠くを見つめている姿に目を見張った。


(…今なら、ここでなら…、彼を討てる…!)

 もちろん、それは考えただけで終わった。

 武器など持ち合わせていないし、そんなことをする気力もない。

 だが、

 アランは、こっそりと国王の横顔を凝視した。

 ──ここで、彼を殺せてしまえたら、どんなに良いだろうか。

 そんな思いにかられ、思わず指先をピストルの形にまねて、人差し指で国王を撃ち殺すようなまねごとをしてみた。


 その時だ。

「ここは、この時期は風が強い。狙うならもう少し左です」

「?!」

 その声にはっとして振り返ると、いつの間にか現れたらしいファングが苦笑した。



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