忌避された血
戴皿式から十五年。王位継承を許されぬまま悶々と暮らす十七歳のスボウジュのもとに連れてこられたのは人間の娘。
乗り気になれないスボウジュだったが、その娘の美しさに目を奪われた。
「う、美しいじゃねえか…お前」
「お初にお目通りかないました…わたくし」
光沢のある艶やかな亜麻色の長い髪がサラリと垂れる合間から、少し潤んだ大きな瞳が白い肌に光っている。
「凛と申します」
か細くしなやかな指を揃え、ゆっくり頭を垂れた。
居合わせた侍従もすっかり見惚れているようす。
スボウジュは「お前がじろじろ見るんじゃねえよ」とばかりに手で払うようにしながら侍従を睨んだ。
「いつまでも頭下げてる必要は無えぜ」
言われるまま、凛は顔を上げた。澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。
「確かに美しいな、お前さん。だが…」
ニヤニヤしている姥を横目でちらっと見たスボウジュは、再びお凛に背を向けた。
「これまで連れてこられた娘たち同様、帰ってもらうよ。俺の考えは変わらねえんだよ」
眉をひそめる姥。
「もう。王子さま、いい加減に…」
スボウジュが言葉を遮る。
「王子といっても俺は蹴鞠くらいしか取り柄が無え。国の事も知らなきゃ、何の力も無え。こんな俺が妃を娶ってどうするってんだ」
まるで念を押すように語気を強めて。
「王位継承が先。そこは譲らんぞ」
少しの沈黙を置き、姥はふう、とため息をつきながら立ち上がった。
「さ、あたしゃこれで失礼するよ。ほら、侍従さんも見惚れてないで、ここは外しなされ」
「あ、ああ…」
無理やり手を引かれ侍従は姥とともに部屋を出た。
「はあ…」
そっぽを向いたままのスボウジュ。頭を垂れたままの凛。
外から聞こえてくるサーっという水のせせらぎだけが、やけに大きく聞こえる。
「あっ」
「あの…」
振り向きざまにスボウジュ、同時に凛。互いに声を掛け一瞬目があったものの、言葉は途切れ、再び空気は重くなる。
やたら何度も扇子で顔を扇ぎながら大きな息をするスボウジュ。
うつむいて無言のまま、着物の袖をいじってこねくりまわす凛。
「お、おま…」
「あ、あな…」
なぜか同時に、またしても。
「ふう」
目が合った二人は呆れたように表情を崩し、互いの笑顔が見えた。
「凛…お凛と言ったな、お前」
「は、はい」
身を乗り出したスボウジュ。
「俺のとこへ嫁入りに来た、と言うが。なんでニンゲンが河童なんぞのところに来ようってんだ?」
凛の顔、透き通るような目をを覗き込んで。
「だいたい、ニンゲンってのは河童を忌み嫌ってるって言うじゃねえか。気持ち悪いと言っては遠ざける。そう聞いてるが」
にっこりと微笑んだ凛。
「ええ、そうです。人間は皆、河童のことが大嫌い」
「はあ?」
扇子をポーンと投げ出し、クルッと背を向けたスボウジュ。
「バカにしてんのか、お前。さっさと帰れ」
苦虫を噛み潰したように。
「おれはそういう気取ったニンゲンが大嫌いだ」
苛立った様子で皿の横の頭を掻きむしるスボウジュをみて凛がクスッと笑みを漏らした。それがさらにスボウジュの頭に血を上らせる。
「てめえ、気に喰わねえんだよ。さっさと帰れっ、嫌いなんだろ、河童が」
「ええ、確かに言いました。河童を嫌ってる、と」
凛はスッと脚を横に崩し、着物の裾をまくり上げた。すこし汗ばんだ真っ白な柔肌が露わになる。
スボウジュが息を呑んだ。
「な、何を…」
少しばかりあたふたした様子のスボウジュを尻目に凛は、その美しい脚にしなやかな指を滑らせるように伸ばし、絹の足袋を脱ぎ捨てた。
「私は、河童を嫌ってるのはニンゲンだ、と言ったのです。さあ、見て」
「え、えっ…」
スボウジュの前に差し出された凛の足、そのゆびの間は、立派な水かきに覆われていた。
「これは…」
「私の父は河童、母はニンゲン。地上では忌み嫌われるのよ、私のような人外の混血は」
落ち着いた様子で淡々と離す凛。
スボウジュは、河童の血を引く証である凛の足をじっと眺めていた。あるいは、その美しさに目が釘付けになっているようにも見えた。
「だが…そんなお前が何故、ここに嫁入りを?」
「わたしが望んだんじゃない」
凛は少し、目を伏せた。
「母が誰かから訊いたらしいの、あなたの事を。優秀な河童の血筋の王子って。なのに、お城にこもってばかり、って」
「そ、その通りさ。俺はこんなちっぽけな王宮で一生を終えたくなんかない」
間を置いて、凛は虚空を見上げるように言った。
「私は地上にいても河童の血が忌み嫌われるばかり。母は私にあなたとの縁談を勧めたわ」
スボウジュは首をひねる。
「河童の嫁になれ、だなんて…けったいな母親だ」
「母だって河童に嫁いだ女。横柄なニンゲンなんかよりずっと」
「それは間違いない」
「そして…」
凛は丸く大きな瞳でスボウジュをじっと見つめた。
「河童とニンゲン、いろんな物の見方、いろんな世界を知ってる私なら、王子の心を開いてやれるんじゃないか、そうも言われた…」
「ちょっと待て」
スボウジュは身を乗り出した。
「心を開いてやる、だって?」
眉をひそめ、頭をガリガリと掻きむしるような仕草のスボウジュ。
「違うな。俺が心を閉ざしてるんじゃない。奴らに閉じ込めてられるんだ、俺は。摂政のエボノ、その取り巻き、政治家や役人連中に、な」
「閉じ込められてる…?」
「そうだ。俺はいつか広い世界に出て、あいつらを見返してやる。親父も出来なかったことをやって河童の国をもっと…」
「うふふ…」
「何が可笑しい?」
唾を飛ばしながら語るスボウジュを見ながら、凛はいたずらっぽく微笑んだ。
「あ、ああ、ごめんなさい。噂でね、王子さまはアツいお方だ、子供みたいに、って。なるほどその通り…」
「子供みたい、は余計だ」
「ふふふ」
「あ…あはは」
スボウジュが眉間に込めた力も自然に抜け、互いに屈託のない笑顔を見せあっていた。
「ようし。面白れえ」
急に真顔になったスボウジュを見て凛は、そのなまめかしい脚をそっと着物にしまいこんだ。
「凛、お前を今日からこの屋敷住まいにしてやる」
「えっ」
「勘違いするな。王妃にするなどとは言っていない。住み込み女中として、だ」
スボウジュが立ち上がって部屋を立ち去ろうと戸を開けると、聞き耳を立てていた姥と侍従が。
「あっ…王子さま、あの」
「チッ、聞いたとおりだ。着替えと部屋をあてがってやれ」
凛は深々と頭を下げた。
「あらためて、よろしくお願い申し上げます。凜、でございます」
つづく




