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ニンゲンの娘

 ポーン、ポーンと一定の間隔でまりが放物線を描きながら行ったり来たり。


 「今日も、昨日も、一昨日も…」

 河童王国の王城、水叡殿内の庭園。

 王室侍従たちの蹴鞠けまりのラリーは続く。


 「けっ、つまんねえ」

 「いえ、あの、その…そうやって毎日不満をお言いになられては我々の立場がございません」

 困惑した表情の侍従たち、一斉に視線を上へ。

 「あっ」

 「こんな球遊び、飽きたっての」

 ポーンと毬が高く上がり、萌黄色の絹装束がはらりと舞った。蹴られた毬は鋭く飛び、増設したばかりの白壁にしっかりと跡を残して跳ね返った。

 「あ、あああ」

 毬は再び侍従たちの頭上へ。

 「せっかくの新しい壁に…」

 嘆く侍従たちの間を縫うように毬を操る精悍な顔の少年。

 「俺だってもう十七だぞ」

 成長した王子、ス=スボウジュ。


 「こんな退屈なお遊びが王家の仕事だってのか?」

 「王子様は、とにかくこうやって平穏に構えていてくださればよいのです」


 天保十年。あの戴皿たいべい式から十五年の歳月が流れていた。


 「いつになったら俺は王として国を動かすことが出来るんだ?」

 視線の先には摂政エボノ。大理石のテーブルを前に豪奢な身なりで財界の要人たちと酒宴の真っ最中。

 わざと大声でスボウジュ。彼らの耳に聞こえるように。

 「もう俺はガキじゃない、とっくに元服していい頃だ」


 挿絵(By みてみん)


 「ん?」

 眉間に皺を寄せるエボノ。スボウジュはフッと視線を逸らし大声で呟いてみせた。

 「長過ぎるんだよ。王位継承までの猶予期間が」 

 「あ、ああ…」

 エボノは取り巻きの顔色を窺いつつ、わざとらしいほどに柔和な顔に。

 「王子さま…お苛立ちはごもっともでございますが、ええ、なにせ先代ランタス様の遺言ですもので」

 「親父はもういないんだ。時代は移り変わってゆくんじゃねえのか?」

 「そうは言っても、貴方のお父様は稀に見るご立派な為政者であられましたからなあ。先代の云い付けは守らねば」


 小走りでやって来た役人がエボノに耳打ちした。「わかった」と頷くエボノ。

 「さあ、そんなことより王子様。また新たに美女がいらっしゃいまいたよ。今度こそお逃げにならず、お決めになってください。妃を」

 スボウジュは忌々しそうに唾を吐き捨てた。

 「チッ、またか…前にも言っただろ。俺には妃なんて、まだ早えっての」

 ちょうど、侍従が蹴り上げた毬がスボウジュの真上にゆるく落ちてくる。しならせた右脚がブウンと唸りを上げた。

 「ひいっ」

 蹴られた毬はエボノの顔をかすめながら一直線に飛び、庭園に置かれた石像に命中、横倒しにした。

 

 「よいですか、王子様…」

 頬をピクピクとさせながらエボノはコロコロと転がってきた毬を忌々しげに踏みつけた。

 「今この国を治めているのは他ならぬ、私。誰だろうが、ええ、たとえ王子であっても私の言う通りになさいませ」

 スボウジュが視線を逸らした。

 「チッ…」


 王子には広い専用の居室が与えられていた。

 もっとも、摂政の豪華な執務室に比べれば随分質素で、さらに最近は結露によって内壁が傷み気味ではあったが。

 「暑いな、今日も」

 扇子でパタパタと胸元をあおぐスボウジュ。

 「湿気があるからまだいいが、油断すると干上がっちまう。どうなってんだ最近の王国は」

 吐き捨てるようなスボウジュの言葉に、侍従は柔らかに返答する。

 「近年、地下溶岩の活動がとみに活発なようです。それによる気温の上昇はいたしかたないか、と」

 「仕方なくねえよ、おかしいじゃねえか。急に溶岩が活発に、なんて。絶対おかしいっての。こんなのを大丈夫だ、なんて抜かしてるのは役人だけだぜ」

 苦笑いする侍従。

 「いえいえ政治家の先生がたも役人さま方も、きっちり調べた上で各々の役目を…」

 スボウジュがまくし立てる。

 「いいか俺は飾りもんじゃねえ、仮にも王子だ。いろいろ書物を漁って、な。調べたんだよ。この地殻変動は不自然だ。闇の力だ、って一部の学者は言ってる」

 「そんな不安を煽るだけの三流学者の言うことなんか聞いちゃいけませんよ王子」

 スボウジュは汗まみれの足袋を脱ぐと、ポイと侍従に向かって投げつけた。

 「あ、洗っといてくれよ。しかし、な。エボノたちが取り立てる学者なんか皆、ゴマすりで言いなりの連中じゃねえか」

 「そういう言い方は王子、どうかと…」

 「どうもこうも無えっての」

 絹で仕立てられた分厚い座布団を二つ折り、それを枕にゴロリと寝転がろうとするスボウジュ。

 「バカにしてやがる」

 慌てて侍従が枕を持ってゆく。

 「いえ王子様、摂政さまたちは、先代のお言いつけをきっちり守っております。そしてまだお若い王子様に何の心配もかけたくない、と…」

 「それがバカにしてるっていうんだ。親父がこの歳にはもう一国を背負ってたはずだぜ。それなのに俺は、蹴鞠してお見合いばっかりして。なにが王家の血筋だってんだ」

 「そ、そう言われましても…」


 ふいに居室の扉が開いた。

 「お邪魔いたします」

 侍従とスボウジュがやりあうのを尻目に、真っ白のベールを頭から被った女がおずおずと、うばに連れられて部屋に入ってきた。

 「またか…」

 「ええ。また、です。お決めになるまで続きますよ」

 姥の強い口調に、そっぽを向いて寝転がるスボウジュ。ベールの女はすこし離れて、膝を正して座った。

 「はじめまして」

 「ふん、またどうせ」

 部屋に転がっている毬を、さも退屈そうに転がすスボウジュ。

 「ニンゲンの娘、ってか」

 姥が頷く。

 「ええ、そうです。王国の中だけでは血が濃くなり過ぎていずれ滅ぶ。一代おきに地上の者をめとる、と言うのが慣わし」

 「くだらねえ決まりを作りやがって…」

 机に置かれた饅頭に、汚れたままの手を伸ばすスボウジュ。

 「河童から見たらな、ニンゲンなんて干からびちまってて全く…」

 饅頭を食べようと大きく開けた口は、その「ニンゲンの娘」がベールを脱いだ姿を見て、そのまま開けっぱなしになった。


 「お、お前…美しいじゃねえか…」


 つづく

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