戴皿の儀
河童の王国の盛大な宴を目の当たりにした夫羅、その豊かな国力の誇示されように驚きの連続であった。
そして、貴賓席で隣り合わせた老河童こそが、河童の国王であるス=ランタスであった。
「ええ、わたしが国王ランタス。地上からのお客さん、びっくりしましたか」
「そ、そりゃあ…」
再び腰を下ろしたランタス。その顔をまじまじと夫羅が覗き込む。
「あ、あの…国王さま、実は…」
小声で言いかけた夫羅。
しかしそれを遮るように、河童の王ランタスは舞台を指差した。
「さあ、始まるぞ」
まだ幼い河童が、摂政エボノに手を引かれ、おぼつかない足取りで舞台の中央へ。
「なんだあのガキは・・・?」
夫羅の呟きをかき消すように派手に鳴り響く盛大なラッパのファンファーレに続いて、衛兵長の高らかな声。
「これより、戴皿の儀を行うっ」
首をかしげた夫羅。
「な、なんだ。た、たい、たいべい?」
舞台に上げられた幼子を温かい目でじっと見つめながら、ランタスが答えた。
「あれは私の一人息子、スボウジュ。母親はあれを産んですぐ身体を悪くして息絶えた…まあそれはいい。戴皿の儀は河童にとって祝いの日なのだよ」
「たいべい? 祝い?」
「河童族の頭上には、波動などの特殊で繊細な感覚を直接脳髄に伝える器官があり、それが様々な能力の源になっている。ゆえに河童の頭は非常に敏感で弱い。だから、こいつが要る」
ランタスは自身の頭上の皿を撫で、コツンコツン、と軽く叩いてみせた。
「王国で生まれた河童は、二歳までは栄養が含まれる特殊な水に入れられて育つ。昔ながらの母乳で育てるやり方では生存率が低かったが、このやり方で各段に向上した」
「人工…いや河童式飼育か…」
「とにかく、王国では河童は生後二年でやっと水を出て肺呼吸を覚え、空気を吸う。そして皿を載せる儀式を以って河童族の一員として認められる。それが戴皿の儀」
「そいつは喜ばしい」
夫羅も遅ればせながら拍手で祝った。ランタスと、その息子、スボウジュを。
「最高の日じゃないですか、国王。まずは王子に乾杯っ」
注がれた胡瓜酒のグラスを持ち、カン、と澄んだ音を響かせた。
「そして国王、さらにこの国の益々の繁栄に…ん、あれ?」
「あ、ああ」
しかし、ランタスの顔はどこか浮かないように見える。
夫羅が顔を覗き込んだ。
「国王さま…あの、俺、何か変なこと言いました?」
「いやいや、大丈夫だ…」
無理に笑っているようにも見えた。
「ところで貴殿、さっき何か言いかけたな?」
思い出したようにランタスは夫羅に尋ねた。
「ああ、そうだそうだ、国王さま。実は…」
夫羅は、何重もの油紙でくるまれた書簡を取り出し、ランタスに手渡した。
「これは、直接あなたに渡すよう幻翁から言われたのです。あなただけに、と」
ん、と首をひねりながらランタス国王は手紙を受け取り、テーブルの下で広げた。
「ふうむ…」
ゆっくりと、何度も文面を読み返す。時折ため息が漏れる。
「夫羅どの…残念だが、ここにあるような申し出は現状ではお受けできない」
肩を落としてランタス国王が小声で呟いた。
「今の私では…」
「えっ、国王さま、どういうなんです?」
「うむ、何も訊かされておらんのだな…」
「そりゃ。だって、こんな式典があることすら俺は…」
やや声のトーンを上げる夫羅に「静かに」とジェスチャーしながらランタスは答えた。
「幻翁は心配しておられるのだよ。冥界の動きが活発になり、閻魔卿を名乗る男が出現したことを。巨大な帝国を築いて現世に攻め込もうとしている兆しがある、と」
「冥界の帝国…」
「恐ろしい妖怪の巣窟。そしてその強大な勢力を束ねることができる者は圧倒的な強さを持つに違いない」
「それが、閻魔卿…」
「名だたる強者を跪かせ冥界を統一し、闇の御前から閻魔卿の名を許された預言者だよ」
夫羅がゴクリと唾を飲み込んだ。
「それらしいことは幻翁から訊いていましたが…」
「事態は深刻だ。だから幻翁は、河童王国の力を借りたいと言っている」
「河童の軍隊を借りるってことです?」
「まあそれもそうだが…もっと重要なのは貴殿が託された鍵、それだ」
「ああ、これか」
桐箱に入った鍵を取り出そうとした夫羅を、ランタスはそっと手で制した。
「気安く人前に出してはいかん、それはただの鍵ではない。河童族の神殿の鍵、だ」
「神殿の鍵?」
つづく




