最後の望み
暗黒波動炉に光の波動を直接ぶつけて中和させ反応を止めるという作戦は失敗に終わった。
もはや体力の限界に達しつつある幻翁と島二郎の目の前で、炉は爆発を起こし一気に辺りは炎に包まれた。
崩れ落ちてゆく炉、辺りを取り囲む猛火。
赤々とした炎を瞳に映しながら島二郎が嘆いた。
「万事休す、なのか…」
「いや…」
よろよろと島二郎の肩を借りて立った幻翁。
「諦めてはいかん。最後の手段に賭ける」
「最後の手段?」
「炉の反応を止める手段はただ一つ。光の波動を直接ぶつけることのみ」
「しかし師匠、どうやって…すでに炉の中心部は神殿建屋の瓦礫に埋まってしまっています。この炎では近づくことは不可能…」
険しい表情で炉を見つめる幻翁。
「わしの今の体力なら、光の波動球を生み出すことが出来るのは、せいぜいあと二回」
「どうしようっていうんです」
島二郎の顔には「無理だ」と書いてある。
ゼエゼエと肩で息しながら幻翁は説明した。
「まず一つ目の波動球」
炉を指差す。
「一つ目で崩れた瓦礫を吹き飛ばし、炉の壁に穴を開ける。波動石の炉心が顔を出す」
「し、しかし、そんな事をしたら…」
「ああ。もちろんその瞬間に、恐ろしい勢いで暗黒波動の炎が暴れながら放出されるじゃろう。だが炉心が見えぬことには絶対に活路は見出せぬ」
「それで一体どうしようと…?」
「炉心が顔を出した瞬間に、二個目の…最後の波動球を撃ち込む」
島二郎が青ざめた。
「至難の技…それに、危険過ぎます」
「ああ、承知よ。だがそれが我らの唯一の道。我らの使命…」
幻翁は数度深呼吸をすると、カッと目を見開いた。
「信じる、信じるんだ」
全身を震わせ、あらゆる気を集める。
光が、手に集まってゆく。
「さあ。まず一つ」
両手を突き出し一喝とともに眩い光の球が放たれた。
シュルシュルと回転しながら速度を上げ、火の手をかいくぐって波動球は瓦礫を吹き飛ばしながら、炉に命中した。
「やったぞっ」
ポッカリと空いた穴。一瞬の無風状態。
ふわっ、と白煙が漂った。
「うっ」
次の瞬間、その白煙の縁取りの中から、真っ赤にうねる炎がまるで生き物ののように一気に飛び出してきた。
あっというまに火の手が広がる。顔が歪むほどの熱風。
「さあ、猶予は無いぞ」
炎が作る渦の中央に、台風の目のように炉心がわずかに見えた。
「あれだっ」
波動石は融解して受け皿まで大きく変形させながら垂れ落ち、濃縮された暗黒波動のエネルギーが次々と連鎖反応を起こしている。
「業火…まさに業火」
かつて河童の国に与えられた究極の火は、波動エネルギーの極意だった。
しかし今、それは一部の政治家の欲望によって世界を滅ぼす災厄の火と化していた。
「撃ち抜く」
「しかし、炉心までは相当の距離が…」
幻翁は辺りを見回すと、窪みに残ったわずかな水を頭からかぶった。
「火の中に飛び込んで、直接ぶつける」
「あまりに危険」
「確実に当てる方法はそれ以外無い」
全身を光らせた幻翁は、両手の間に波動球をこしらえた。
もはや体力の限界に達しつつある幻翁の、最期の切り札。
「ゆくぞ」
「お供します」
島二郎も全身に水を浴びた。
「いざ」
猶予は無い。波動球を抱えて火の中に向かって走る幻翁、その横に島二郎。
「なんだっ」
ふいに走り寄る黒い人影。
同時にシュッと風切り音。
「邪魔をするなっ」
幻翁を狙って飛んできたのは手裏剣。島二郎が折れた刀の柄を伸ばして弾き返す。
「うあっ」
だがもう一投、飛来していた手裏剣は島二郎の右膝に突き刺さった。もんどりうって倒れ込んだ島二郎。
「てめえは…」
「ふふ…エボノも死んだ今、この国を支配するのは俺」
「お前は、近衛兵長のっ」
河童王国近衛兵長・イトリッド=レタウ。
「人間たちの好きにはさせん。あの炉の輝きは俺たちの独立の光、あの火こそが我ら河童族の力」
倒れながらも島二郎がレタウの足にしがみつく。
「バカをいうな、よく見ろ。あの火はすべてを焼き尽くし死の世界に変える…」
残った力を振り絞って島二郎がレタウの胸元に刀を突き立てた。
しかし、レタウが構えたマスケット銃はすでに激しい硝煙を上げて発砲されていた。
「師匠っ」
島二郎の叫びも届かず、幻翁は肩を撃ち抜かれた。
「ああっ」
転げる幻翁。血の飛沫とともに、波動球はその手を離れ、ポーンと宙に漂った。
つづく




