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炉を、止めろ

 穏やかだった河童王国は、国を売った一部の政治家たちの腐敗と暗黒帝国の介入によって野望渦巻く荒野と化した。


 陰謀によって火が入れられた暗黒波動の炉が巻き起こす熱風にしけをたなびかせながら幻翁げんのおきなは、唯一生き残った仲間である島二郎の背を叩いた。

 「見ろ、あれを」

 指差す先には崩れかけた神殿から噴き上がる炎と、濛々と立ち上る黒煙。

 皮膚を焦がすように感じられる異様な熱気が周囲を包む。

 「暗黒の力が牙を剥いて襲ってくる」


 「希望の象徴だったはずなのに…」

 河童王国復興の切り札として存在した波動炉は、今や制御不能な破壊の邪神の象徴。狂気の炎を上げて自らをも破壊しようとしている。

 「止める。止めるしかないでしょう、師匠」

 血と汗にまみれた顔の島二郎の言葉に、同じく満身創痍の幻翁が頷いた。

 「行くぞ」


 だが近づけば近づくほど、炉の圧倒的なパワーに肝が縮む。

 異常な燃焼は最終段階に近づいており、地面に漏れ出した暗黒波動は触れる者みな溶かしながら炎を上げ半径を広げつつあった。

 「もっと近づかなくては…」

 その時、神殿建屋の屋根が大きく弾け飛ぶように吹き飛んだ。内部に鬱積した暗黒波動のエネルギーが飽和して噴出したようだ。

 「うああっ」

 壁面も大きく瓦解、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 大きく地面が揺れ、あちこちに生じた地割れから暗黒波動に満ちた強毒性の真っ黒い液体がブクブクと泡立ちながら漏れ出す。

 「思った以上に酷い…」

 神殿を見上げて島二郎が息を呑んだ。


 幻翁は破けた袖を引きちぎって頭に巻いた。

 「わしの仕事じゃよ。わしがやらねば…」

 普段の温厚で悪戯っぽい笑みは、もうそこには無かった。

 「わしが直接、炉の中心部に光の波動を撃ち込み連鎖反応を止める」

 その間にも神殿はどんどん崩れ、垣間見える炎は魔物のごとくうねりながら巨大化し暗黒波動を撒き散らしている。

 「しかし師匠、あの危険な炉に…」

 「他に選択の余地は無かろう」


 挿絵(By みてみん)


 幻翁の瞳の奥に決死の覚悟を、島二郎は見て取った。


 だが肩で息をするほどにダメージを蓄積させている幻翁を島二郎が案ずる。

 「そのお身体では…」

 「波動の力は身体の力にのみ非ず。そして我一人の力に非ず。この世の森羅万象一切と連続しているものじゃ」

 目を閉じて集中力を高め、両手を広げる。周りに空気の流れが出来、全身にうっすら光を帯びはじめた。

 「自らを一介の無の器とし、流れる気を我がものとすべし」

 見る見る血管が浮き上がり、流れる血に光が透けて見える。


 「さあ、ゆくぞ。わしはあのてっぺんに上る」

 神殿を見上げた。

 「上の穴から炉の中心に波動を撃ち込んで中和させる。その際、強い波動のうねりが生じるに違いない。炉と建屋が一気に崩壊するやも知れぬ」

 「万が一のときは…」

 「ああ、全てが終わる」

 ゴクリと唾を飲んだ島二郎。

 「俺に手伝えることは…」

 「わしがしくじったとき…その時のためにお前が要る。もしドジを踏んだら、お前は直ちに地上に戻って仲間たちに連絡し、すぐに人間たちや動物たちを避難させろ。なるべく遠くに」

 幻翁は言ったあと、微笑んだ。

 「なあに、わしがドジを踏むわけがない」


 鉢巻を強く締めた幻翁は足早に神殿に向かい、建屋の壁を登り始めた。

 「しかし…熱いな」

 炉の炎が作る熱は神殿を極限まで熱していた。幻翁がよじ登るその手、足から煙が立ち上る。

 「だが引き下がるわけにはいかぬ…」

 焼けただれた手を、壁の凹凸に引っ掛けて一歩一歩、よじ登る。

 「師匠っ、大丈夫ですかっ」

 下から見上げる島二郎はもうすっかり小さくなった。

 「ああ、大丈夫だ」


 幻翁は呟いた。

 「ふふ、大丈夫なわけはないだろう」

 全身の火傷だらけ。小刻みに振動する建屋にやっとしがみつきながら、さらに上を目指す。

 「だが、わしにしか出来ん」

 やっとの思いで登り詰めた。

 神殿建屋の屋根は一部吹き飛んでポッカリ穴が。その中に、不規則に振動する真っ赤になった巨大な円柱状の炉。

 「あれか」

 煙突のような炉の最上部から激しく黒煙が噴き上がっていた。

 グラグラ揺れる神殿の屋根を伝って炉の真上に到達すると、幻翁は「ええい」と飛び移った。

 「よしっ、見える。見えるぞ」

 金属をも溶かしてしまうような高温の黒煙の奥に炉の中心部、うっすらと波動石の赤い光が垣間見える。

 どうやら波動石そのものも半分近く融解しグツグツと煮立っているようだ。湧き上がる泡が視界を遮る。

 「どこだ…どこを狙えばいいんだ」


 吹き込んだ風が味方した。

 濛々と立ち込める黒煙と泡が一瞬だけ流され、炉の中心がハッキリと見えた。

 「今だっ」

 全身をぶるっと震わせた幻翁はその手に三尺ほどの光の球を生み出すと、両脚をガッシリと踏ん張って炉内に向けて撃ち放った。

 「はああっ」


 しかし運命は、常に味方するとは限らない。

 「何いっ」

 波動を撃ち込むその瞬間爆発が起こり、幻翁が立つ炉の縁が崩れた。

 「くっ」

 慌てて飛び移った建屋も、爆風で破壊された。

 「あっ、あああっ」

 手で、足でしがみつくものの、あっという間に転げながら地面へ真っ逆さま。

 「ぐはあっ」

 身体を激しく地面に叩きつけた幻翁。


 「ううっ、ぐううっ」

 身体を震わせながら立ち上がるのもやっと。ひきずる足、肩も上がらない。両胸のあばらに軋む痛みが走る。

 「し、師匠っ」

 駆けつけた島二郎が身体を案ずる。


 幻翁の表情は険しい。

 「外した…しくじった…」

 光の波動球を撃つ瞬間に足元が崩れたため狙いが狂った。

 波動は炉の壁に激突し、むしろ衝撃によって炉の反応を早めてしまった。

 「まずい・・・まずいぞ」

 ドスン、と強い地鳴りに続いて地面のあちこちに裂け目が出来、どす黒いマグマが噴出しはじめた。

 「いよいよ、か…」

 神殿建屋はほとんど崩れ落ち、炉が剥き出しに。さらにその炉も中央部で爆発を起こし、辺り一面が火の海に包まれた。

 

 「万事休す、なのか…」


 つづく

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