最強の妖怪
燃え盛る波動炉はどんどん周囲を破壊しながら真っ赤な炎をますます大きくし、どす黒い暗黒波動の噴煙を撒き散らしている。
反応を止めようと急ぐ幻怪衆の前には暗黒帝国参謀のヌラリヒョンとオニの群れが立ちふさがった。
幻翁とヌラリヒョンが一進一退の激しい攻防を続ける中、夫羅はオニの攻撃に倒れて身体を横たえた。
島二郎は刀を折られて絶体絶命の危機に陥ったが、身を挺した弟子の芥子菜組の面々に救われた。
全滅した芥子菜組の亡骸を前に、島二郎は怒りに全身を震わせながら再び立ち上がった。
「てめえら、許さん」
島二郎の身体はうっすらと光を帯びている。まるで立ち上る闘気の如く。
「な、なんだお前…」
オニでさえ後ずさりする気迫。
「俺か…俺は島二郎。お前らを憎む男、だ」
ジリジリと詰め寄る。ひとつ、大きく深呼吸し身体中に力を込めると光は一層大きくなった。
「思い知れ」
電光石火。
折れた刀が眩いほどに輝き、瞬き許さぬ速さでオニの懐へ。
「うっ」
オニは金棒を振り上げる間もなく真っ二つ。動きを止めずに飛び上がる。
「次っ」
呆気にとられるオニを頭上から。
「はあああっ」
十五寸ほどの刀身がギラッと光った。オニは見事に縦裂きに。
「まだまだ」
次から次へ、目で追うのもかなわぬ速さ、流れるような所作。澱んだ空気に閃光が瞬くたびに、千切れたオニの断片が地に転がる。
「どうだ、まだか、まだか…」
飢えた狼のように、オニを見つけては跡形も無くなるほどに斬りつける。
「やったか…」
島二郎の顔は返り血と汗と、あるいは涙か、ぐちゃぐちゃに濡れていた。
見渡す荒野には、愛弟子とオニたちの亡骸がまるで墓標のように連なって物言わず転がっている。
「ハア、ハア…」
血走った目。高揚した心を、呼吸を整えて落ち着けようとする。
「教えてくれ…」
しかし流れる涙と嗚咽は止まりそうにない。
「教えてくれ、師匠。これか、これが戦いというものか。こんなものが、俺たちの戦いだと云うのですか…」
ひざまずく島二郎は、何度も何度も、その拳を血にまみれた地面に叩きつけた。
島二郎の叫び、慟哭が届かぬほど激しい戦いの中に、幻翁はいた。
「やるなジジイ」
舌打ちしながら呟くヌラリヒョンの鎌を、身を屈めて避けた幻翁。
「お前さんがわしをみくびっていた。それだけのことじゃよ」
突き上げる仕込み刃を、今度はヌラリヒョンがしなやかな身のこなしで横にかわす。
「あんたも俺をみくびってたんじゃねえか?」
ヌラリヒョンの左手から繰り出された鞭がしなる。パシッという音、幻翁が身体を支える左脚がガクッと崩れた。
「ぐっ」
倒れた幻翁に鎌を振り下ろすヌラリヒョン。
「ほうら」
「いや」
態勢が崩れようとも、眼の輝きは曇らない。
正確に敵の位置を捉え動きを予測。幻翁は左掌をかざして波動弾を撃ち込んだ。
「ぐあっ」
にわかにこしらえた波動弾とはいえその威力は並じゃない。ヌラリヒョンが吹き飛んだ。
「ほう、だが…」
空中で両手から波動弾を地面に向けて放ったヌラリヒョンは、反動でフワッと身体が持ち上がり急上昇した。幻翁の視界から消えた。
「ぬっ」
死角から放たれた鞭、その先端は真っ直ぐ弾丸の如く、引きずる海蛇のような螺旋の軌跡を残して幻翁の肩口から右腕に巻きついた。
「うっ」
痛みにうずくまる幻翁、右手を絡めとられたままでは仕込み刀が使えない。慌てて解きほぐそうと左手を伸ばした時、前方から強い重圧を感じて前を見た。
「ふふふ…」
両手をかざしたヌラリヒョン、身体の前に暗黒波動の球を膨れ上がらせている。
「死ね」
ぐいと腰をかがめたヌラリヒョンが巨大な波動弾を放った。
速い。
摩擦熱が空気に着火して炎の直線を描きながら迫ってくる。
「ええい」
幻翁は左手一本を前に突き出し、渾身の波動を放った。空中で真っ向衝突する光と闇の波動弾。バシンっと強烈な火花が散り、ぐいと引き込まれるような重力の渦が生じる。
「く、くううっ」
ヌラリヒョンの暗黒波動に押し込まれる幻翁の踏ん張る足は、地面を深くえぐる線条を残しながらジリジリと後退。しかし右腕を鞭に繋がれ逃げることは出来ない。
さらにヌラリヒョンが手に力を込めた。独特の重低音と高周波を放つ暗黒の波動弾が目の前にまで迫る。
「あっ」
パンッと弾ける衝撃が幻翁の右手に走った。ギリギリいっぱい伸びた鞭が、途切れたゴムのように縮みながら宙を舞う。
「師匠っ」
鞭を断ち切ったのは夫羅。
「みんな必死なんだ、俺だって」
意識を取り戻した夫羅が戦線復帰した。匕首で鞭を切断、その勢いのまま襲い掛かる。
「ぬううあっ」
バランスを崩したヌラリヒョンはよろめいた。幻翁が押し戻した波動弾がその胸板を直撃する。
「ぐう…」
バチバチと小さな火の粉を散らして吹き飛んだヌラリヒョンの胸元から黒煙が上がっている。間を置かずに夫羅が駆け込んだ。
「くたばれいっ」
匕首を突き出す。だが一瞬早く振り切られたヌラリヒョンの鎌。まるで紙を裂くように一分の乱れもない切り口で、匕首が切断された。
「ひいっ」
腕ごと切り落とされるのは免れたが、前のめりの夫羅の腹に鋭い蹴りが直撃する。
身体を屈めた夫羅が息つく間もなく、もう一方の足が顎を蹴り上げた。
「ぶあっ」
背骨が折れそうなほどに身体を逸らして倒れた夫羅に、ヌラリヒョンがのしかかった。
「人間ごときが俺を倒そうなど、千年早い」
ぐったりした夫羅の首筋に鎌の刃先を引っ掛ける。うっすらと笑みをこぼしながら。
「その首もぎとってやる」
パッと一筋の光。幻翁が放った波動弾。
「ちっ」
ひょいと身を屈めてやり過ごしたヌラリヒョンの真上に、軽やかに宙を舞った幻翁。
「油断したな」
至近距離。
開いた掌から発せられた波動の光がヌラリヒョンを包んだ。
「ぶああっ」
衝撃に揺さぶられた地面には大きなくぼみが出来るほど。その中ほどにヒクヒクと痙攣して横たわるヌラリヒョンの襟元を掴んで上体を起こした幻翁。
「お前らの野望もここまで」
掲げた仕込み刃、鏡の如く磨き上げられたその刀身には、向こうで燃え盛る神殿の炎が赤々と映りこんでいた。
「トドメだ」
「ふっ」
カッと眼を見開き、ニヤッと笑ったヌラリヒョンは懐から水晶球を取り出すと、幻翁の目の前にかざした。
「な、なんだっ」
水晶球に両手からドクドクと波動を送り込むと、周りの景色がぐにゃぐにゃと歪み出し、黒いオーラを発しはじめた。
「うっ、うううっ」
強力な重力場。総毛逆立ち、内蔵すら浮く
空気が、そこに漂う塵が、幻翁の腕が、頭が、強い重力によって吸い込まれる。光でさえ吸い込まれ水晶球の周囲は暗黒と化す。
「次元の黒孔。この中は次元の狭間だ」
つづく




