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血よりも深き絆

 スボウジュが起動した波動炉は巨大な炎を上げて地殻を揺るがしながら、すべてを死に追いやる暗黒波動を撒き散らし始めた。

 食い止めようとする幻怪衆たちに立ちはだかったのは、強靭な肉体を持つオニの軍団とそれを率いる暗黒参謀ヌラリヒョン。

 幻翁げんのおきながヌラリヒョンと対峙する間、幻怪衆を名乗る夫羅ふらと島二郎、そしてその弟子・芥子菜からしな組の面々。


 「ええいっ」

 群がるオニに飛び込んでゆく島二郎。オニの金棒の合間を縫って切っ先の閃光が駆け抜ける。

 「さあ、こっちもいくぜ」

 夫羅が鋼弦を投じる。熱い空気を裂くように弦はシュウッと白煙の軌跡を残しながら波打ってオニを捉える。

 「引っかかったな、ウスノロ」

 オニが脚を絡めとられて前のめりに倒れた瞬間、すでに飛び上がっていた夫羅がオニの背中に馬乗りに。

 「一丁あがり」

 後ろから首筋をえぐるように突き立てた匕首に力を込める。


 「いくぞっ、型は山櫓やまやぐらっ」

 芥子菜組の兆次が叫んだ。彼らの十八番、立体フォーメーション殺法がオニの巨体を切り裂く。訓練された動きに翻弄されるオニたちは、予測しえない攻撃に戸惑いながら倒れてゆく。

 炉の炎が勢いを増し気温が上昇する中、激しい戦いが続く。


 「老い、か。老いとはそういうものか」

 ヌラリヒョンの言葉には憐れみさえ感じられた。

 徐々に呼吸が荒くなる幻翁は「フッ」と鼻で笑いながら両脚を開いて構えた。

 「老い、だと?」

 小さいモーションから波動弾を繰り出す。

 「そんな言葉、聞いた事が無いのう」

 ヌラリヒョンは顔面めがけて飛来した光の球を、身体を屈めて避ける。

 幻翁はいち早く駆け込んでいた。居合いよろしく仕込み杖を抜きざまに斬り上げる。

 身体をよじりつつ、腰に下げた鎌を反射的に突き出して仕込み刃に合わせたヌラリヒョン。

 キン、という金属音。つづいてバチッと火花が散る。

 すぐさま態勢を立て直したてヌラリヒョンが飛び上がる。

 「ならば、改めて教えてやろう。老い、というものを」

 鋭い蹴りが幻翁の右側頭部に迫る。暗黒波動を含んだ重い風圧と共に。

 「ぬっ」

 幻翁は慌てて左手を上げ前腕でガード、鈍い音。骨までひん曲がりそうな圧力は幻翁の体ごと横倒しにしてしまう。

 「老体はもう、お寝んねの時間だ」

 覆いかぶさるように迫るヌラリヒョン、その鎌の刃は幻翁の首筋に。

 「ふんっ」

 倒れながらも目は死んでいない。

 仕込み杖を合わせ、弾いた瞬間に刃の角度を変えると、勢いあまってヌラリヒョンが転げた。

 「寝るのはお前さんの方だな」

 起き上がった幻翁が刃を振り下ろす。

 ヌラリヒョンとてただで転がったりはしない。小さく至近距離から放たれた暗黒波動が幻翁に迫る。

 「ううっ」

 もう少し踏み込みが深ければまともに顔面を直撃していたに違いない。ギリギリでかわした幻翁、その顔に垂れるしけが焦げて鼻を突く匂いを出す。

 「ジジイめ」

 さらにヌラリヒョン、滑り込むように距離を詰め幻翁の腹を激しく蹴り抜いた。

 「ぐうっ」

 ふわっと幻翁の身体が持ち上がった。

 吐き散らされる反吐をかいくぐるように、ヌラリヒョンが逆手に持った鎌を振り上げる。

 ひゅん、という音を鼻先一寸で聞く。

 さらに迫るヌラリヒョン。幻翁は杖を地面に突き立て、それを支点にくるりと後方宙返り。

 「たあっ」

 回転の勢いを得て、近づくヌラリヒョンのアゴを真下から思いっきり蹴り上げた。

 「うがあっ」

 カウンターで喉元をえぐられたヌラリヒョンは口から血を吐いて錐揉きりもみしながら倒れこんだ。

 着地した幻翁が駆け込みながら右掌をかざす。にわかに膨らむ波動の球。

 「うっ」

 脚を止めた幻翁。

 視線の先で、態勢を立て直し低く構えたヌラリヒョン。同様に前に突き出した掌には黒い波動の球が脈打つ。

 「ジジイ…やるじゃねえか。面白い」


 夫羅は三匹のオニに囲まれていた。

 「っくしょう、正々堂々と一対一で戦えってんだ、男らしくな。ん、オニって性別あったか?」

 突進するオニたち。

 「ええいっ」

 飛び上がる夫羅。

 しかし高さが足りない、いやオニの背が高いのか。脚を掴まれ地面に叩きつけられた。

 「痛ええっ」

 衝撃で身体がバウンドする。

 エサに群がる野獣のようにオニが迫ってくる。

 「これだから野蛮な連中は」

 脚を執拗に掴むオニの手を匕首で払うと夫羅は寝転がったままで地面すれすれに鋼弦を這わす。

 「そうれっ」

 生き物のようにうねる弦が土煙を上げながら次々にオニの足を絡めてゆく。

 「ぐあっ、あっ」

 巨体を制御できないままつんのめったオニ同士三匹、頭をぶつけてよろめいた。

 「もらった」

 夫羅の匕首がオニの喉元を切り裂く。一匹、二匹、そして三匹目…。

 「あ、あれっ」

 思ったよりも機敏なオニにかわされてしまった。

 「ちょ、ちょっと…」

 ブウン、と唸る音が後ろから迫る。「あっ」と気付いて急所は外したものの、背中から肩口にかけてしこたま打ち据えられた夫羅は半ば意識を失って吹き飛んだ。

 「う、うう…」

 ぐったりと横たえた夫羅は眼を上転させて泡を吹いてしまった。

 「ぐあああ」

 トドメの一撃を振り下ろさんと近づくオニ。

 のっしのっしと重い足音が地響きの如く。

 「させんっ」

 黒い影のように、オニの前を交差した忍者装束二つ。

 「ええいっ」

 芥子菜組、一瞬の技。一人は金棒を掲げるオニの腕を切り落とし、もう一人が地に踏ん張るオニの足を断った。

 「ぐがっ」

 倒れたオニが天地不覚の隙に、一気に二人がかりで急所に刃を突き立てた。

 「た、助かったぜ…」

 横たわったまま安堵の息を漏らした夫羅。


 「邪魔だあっ、コラ」

 崩壊が進む波動炉に向かおうとする島二郎。立ちはだかるオニの群れ。

 「なら葬ってやる」

 猛然とダッシュ。右へ左へ長い刀がひらひらと舞う。次々に血飛沫を上げオニの身体を切り裂いてゆく。


挿絵(By みてみん)


 「今度はっ」

 腰を下ろして構える島二郎。

 正面からは突進してくるオニ。横殴りに金棒を振る、左から右へ。

 「ふっ」

 軌道を読む。

 右脚を踏ん張って飛び、金棒の先端が描く弧が目の前に来た瞬間、左脚を掛けて踏ん張りさらに上へ。

 「ほうら」

 金棒の加速度によって右に流される身体。逆らうことなくむしろその力を身体の捻りに変えて勢いをつけ、抜いた刀でオニを袈裟に斬る。

 「ふんっ」

 着地した島二郎、その横に、二つに裂かれて転がるオニの亡骸。

 「まだまだ」

 さらに群がるオニ。汗を散らしながら島二郎が走る。

 「来いっ」

 思い切り振りかぶったオニの金棒が唸ってくる。

 見切って右へひょいとかわし、振り返りながらその背を斬りつける。

 ガキッという手応え。

 「うっ?」

 オニの硬い背骨に刃が食い込んだ。よろめく島二郎。

 そこへ新手のオニが襲い掛かる。「ええい」と刀を引っこ抜いて斜めに斬り上げる。

 振った刀の円の軌道と、オニが振り下ろした金棒の円の軌道がちょうど中央で直交した。


 「何いっ」

 島二郎の全身から汗が噴き出した。暑いから、ではない。

 その狼狽した表情には玉のような冷や汗の雫が浮き出した。

 「鋼切丸かねきりまるが…」

 刀身の真ん中でポッキリ二つになった愛刀。

 先端は折れた勢いで弾かれたようにクルクルっと回転しながら飛んでいった。

 一瞬、動きが止まる。

 その隙を、ガラ空きになった体幹部をオニは見逃さなかった。

 「しまった」

 気付いたときには腹の真ん中に金棒の突きを食らって宙に浮いていた。

 「ぐふえええっ」

 血反吐のシャワーの中、さらにオニが迫る。

 強烈な頭突き。

 「ぐあ」

 衝撃で骨が外れそうなほど首をガクガクさせて島二郎は地に伏した。

 ぼやける視界、うつ伏せの島二郎の周りに次々と集まってくるオニたちの足。

 囲まれた。

 「動け、動け俺の身体…」

 全身が痺れたように力が入らない。

 「起き上がらなくては、逃げなくては…」

 ただ全身が小刻みに震えるだけ。

 びゅうっ、と、頭上で金棒が振り上げられる音。

 「もう、ダメか…」

 加速度を上げ振り下ろされる何本もの金棒が奏でる不協和音に続いて、ぐしゃっ、という破裂音。

 鮮血が噴水の如く噴き上がった。

 「うがああっ」

 「うああっ」

 「ぐええっ」

 重なり合う悲鳴を聞いた島二郎。

 「えっ?」

 背中にのしかかる重み。

 生温かい液体がドクドクと流れて島二郎の身体に伝う。

 「お、お前たちっ」

 一斉に弟子、芥子菜組の面々が駆けつけ、その幾人かは身を挺して島二郎を守っていた。


 「兆次っ、光平っ。なぜ、なぜ…」

 弟子たちは背中に深々と金棒のトゲを食い込ませ血の気が失せた顔でなお、微笑みかけた。

 「先生の教えを請うことが出来て誇りに思っています。こんなとこで先生に倒れてもらっちゃ困りますから…」

 「先生は最後の砦…」

 息絶えた後も穏やかな表情のまま。

 「お前たち…お前たちはっ」

 オニに切りかかった弟子たちも次々に金棒の餌食になってズタズタになりながら倒れ、動かなくなっていった。


 「お前たちは、俺に力をくれた…」

 弟子たちの亡骸の中から、最早ピクリとも動けなかったはずの島二郎が立ち上がった。

 「てめえら、許さん」


 つづく

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