冥界の将軍来る
スボウジュが起動した神殿の炉は、閻魔卿にそそのかされた摂政エボノの一派によって暗黒波動発生装置に改造されていた。
愛する凛が暗黒帝国から自分を殺すよう命を受けた殺し屋だったという事実に茫然としながらも、スボウジュは波動炉のある神殿に向かった。
「これは…」
神殿に駆けつけたスボウジュは息を呑んだ。神殿からは濛々と黒煙が巻き上がり、暗黒波動が作る空間の歪みに重力さえ不安定になりつつある。
「ぎゃああっ」
あちこちから聞こえる悲鳴が耳をつんざく。神殿の屋根に一部穴が空き、中の波動炉から赤黒い炎が噴き上がっている。
「スボウジュ、あれを見ろっ」
夫羅が、すでに神殿の前に立っていた。凛を殺そうとした刺客を追ってここに辿り着いていたのだ。
「あいつが黒幕…」
指差す先にはエボノ。炉から立ち上る炎を見上げ、甲高い笑い声を響かせている。
「イッヒヒ、ヒヒッ。でっかい花火が上がる。暗黒の時代が来るぞう、ウヒヒ」
取り巻きの衛兵たちをはべらせて奇声を上げて悦に入るエボノは、もはや何かに取り憑かれたような目をしていた。
スボウジュは衛兵たちをかき分けてエボノに近づいた。
「お前の企みは全部聞いたぞ、凛の口から直接、な」
まるで気にも留めない様子で見下すエボノ。
「あん? 来たのか、道化役」
「道化だとっ」
ニヤニヤと卑しい笑いを浮かべて答える。
「騙されてるとも知らず女に入れあげるとはな…坊ちゃん。挙句に暗黒の炉に自ら火を入れ、国を滅ぼすバカ。これを道化と言わず何と言う?」
取り囲む衛兵たちの失笑が聞こえる。
「くっ」
身を乗り出すスボウジュ。
エボノの言葉は彼の怒りにさらに火をつけた。
「お前の親父もなあ…毎日食事に毒を盛られていたとは知らずに、この俺に国政全権を任せて死におった。バカは血筋か?」
「親父まで…て、てめええっ」
拳を振り上げて殴り掛かろうとするスボウジュを、夫羅が制止した。
「やめろ、殺られるぞ」
衛兵たちが一斉に槍を身構えていた。刃先を向けてジリジリとにじり寄ってくる。
夫羅はスボウジュに耳打ちした。
「国王は命を粗末にしちゃいけねえ」
島二郎と芥子菜組も駆けつけた。
「こいつらは俺たちがケジメをつけてやる。坊ちゃんは引っ込んでな」
衛兵たちが一気に襲ってきた。扇状の陣形を組んで歩を詰め、長い槍先を突き出す。
「ちっ、王宮暮らしの兵隊ごとき」
難なくかわした夫羅、島二郎。そして芥子菜組は一斉に飛び上がって上空から衛兵たちに手裏剣をお見舞いした。
「うがあっ」
陣形はあっという間に崩れ、衛兵たちは右往左往しながら一人、また一人と倒されてゆく。
「人呼んで幻怪衆」
力強く言い放つ島二郎。抜いた刀のギラリとした輝きがエボノの顔に反射する。
「うっ、ううっ」
思わず後ずさりしたのは眩しかったからではない。気迫に圧倒されたエボノは、顔面真っ青になりながらその場から逃げ出した。
「こら衛兵っ、働けっ、戦えっ」
「えっ、ええっ?」
大将が逃げ出したとあっては衛兵もすっかり戦意を喪失してしまったようだ。
「けっ、志の低い連中め…ん?」
エボノたちが逃げた、その先に妖しく黒煙が立ち始めた。
「いや、煙じゃねえな」
黒く渦巻く妖気がだんだん近づいてくる。
中から次第に姿が露わになる巨大なオニたち。
一匹、二匹、いや十匹以上いる。
「や、やった、イヒヒヒ」
隊列を組んで早足に近づくオニの軍団を見て狂喜したのはエボノ。
「待ってました」
エボノは勝ち誇ったように目を輝かせて夫羅、島二郎と芥子菜組を指差した。
「あいつら八つ裂きにでもしちゃってください、イヒヒっ」
どんどん早足になって迫り来るオニたち。
中央には漆黒のローブの裾をたなびかせる一人の男。
「ふっ。相変わらず下品な物言いだな、お前」
やや小柄だが、強い暗黒のオーラを放つその男に、エボノがにじり寄った。
「へへ、よくぞおいで下さいました。ヌラリヒョン閣下」
にやけ顔、腰をひたすら低くしてすり寄る。
「わたくしども、帝国には忠誠を誓っておりまして…」
「わかっておる」
「ウヒヒヒっ」
エボノが小躍りした。
「へっ、何が幻怪衆だ。ヌラリヒョン閣下がお出ましとあってはお終いだなっ、イーッヒヒヒヒ」
苦々しくエボノを横目で見たヌラリヒョン。
「下賤なやつ…お前も用済みだ。消えろ」
その手からポンと小さな暗黒の波動弾を投げつけると、エボノは真っ黒な炎に包まれた。
「あ、ひいいっ」
立ったまま一瞬のうちに焼け焦げた炭と化した。
「あわわっ、エボノ様が、エボノ様がっ」
無残な光景を目の当たりにした衛兵たち。
気を失って倒れる者、嘔吐してうずくまる者、一目散に走って逃げ出す者。
追いかけようとするオニたちを制するヌラリヒョン。
「捨て置け、所詮は雑魚。我らが対峙すべきは、あれだ」
ローブの奥に光る眼が、幻怪衆をしっかりと見据えていた。
ふうっ、と軽いため息
「さて」
ヌラリヒョンが指をパチンと鳴らすと、オニたちは一斉に飛び上がって襲い掛かってきた。
つづく




